僕はそれで良いと思います

さくらみお

僕はそれで良いと思います



 ――その先生は、一言で僕を救ってくれた。




 今はインターネットが普及した便利な世の中。

 僕が何十年も分からなくて、疑問に思っていた事をパソコンはいとも容易く、答えを導いてくれた。




 コミュニケーション障害。




 よくコミュ障と略されているが、まさに僕はそれだった。



 幼い時は、いつも思っていた。


 何故こんなに自分は臆病なんだろう。

 何故こんなに人前で話すのに震えるほど緊張するのだろう。

 小声になってしまうのは何故なんだろう。

 言いたい事が言えなくて、頭が真っ白になって詰まってしまうのは何故なんだろう。

 家族や親しい人なら平気なのに……。



 大人になった今は、経験値を積んでだいぶ改善されているが、それでも家族以外の人の中に居ると、とても疲れる。



 だから子供の時の僕は「大人しくて人見知りの酷い子」として見られていた。



 そして、そんな僕とは対象的に、母親は明るく社交的な人だった。



 どこへ行っても、母はコミュニティの中心で、取り仕切るのが上手くて面倒見も良く、話も上手だった。

 そんな母から生まれたとは思えない大人しい僕。


 母は僕の学校の面談に来ると、いつも同じ話を先生にしていた。


 僕は大人しくて、積極性が足りない。友達もろくに作れない。もっと友達を増やして明るくなって欲しい、と。


 その母親の言葉に、先生達は「そうですね、大海ひろみ君、もっと頑張って友達を作ってみようか」と僕に頑張れと言う。



 しかし、僕は頑張れない。

 だって、僕はそれが出来ないから、悩んでいるのに。



 緊張した僕はいつも真面目な返答しか出来なくて……せっかくふざけて話しかけてくれた子も僕の返事に白けたり、気を使って同じ様に真面目に返事を返して、その後は遠巻きにされるんだ。



 あいつはつまんない奴だって。



 でも、そんなつまんない奴にも少しだけ友達が居た。

 同じ様に、大人しい子。

 優しくて、僕の事を理解してくれる子。


 僕はその子達が居れば十分だった。


 それなのに、母親と先生大人は「もっと頑張れ」と言う。


 何故だろう。

 僕は何故、頑張らなければいけないのだろう……。






 そんな疑問を持ったまま、僕はどんどんと成長し中学二年生になる。



 中学二年生の夏の三者面談。

 クーラーなんて無い蒸し暑い教室の中、僕は母の隣に座り、担任の永田ながた先生と対峙する。



 永田ながた先生は、一言で言うと冴えない先生だった。



 穏やかだけど、猫背で覇気も無く、いつも言う親父ギャクは凄くつまんないし、いつも着ているジャージもすこぶるダサい。そして、三十八歳独身。

 中学生という、心身共にとても難しい年ごろの子供達にとって、永田先生は多数の生徒にバカにされる対象の先生であった。


 正直、僕も少し永田先生の事は少し軽く見て居た。


 いつも生徒たちに軽口を叩かれても、大して怒らず、いつも情けなく眉毛が下がっている姿は、威厳の微塵も無かった。そんな姿は可哀想なオジサンだなと同情すらしていた。



 そして、そんな永田先生に勧められて席に座るや否や、母はマシンガンの様に定番の話をし始めた。


 僕は大人しくて、積極性が足りない。友達もろくに作れない。もっと友達を増やして明るくなって欲しい、と。


 その頃の僕は定番の話に、ある意味耐性が出来ていて(あーはいはい。もうその話はお腹いっぱいですよ)とばかりに卑屈に心で思いながら、歴代の先生達同様の答えもっと頑張りましょうを聞く準備をしていた。



 しかし。



 永田先生は母親の話を聞きながら、黙り込んで腕を組んだ。



 そして、顔を上げて言った。



「僕は、それで良いと思います」



「――えっ?」



 思わぬ先生の言葉に、母親の言葉が止まった。



大海ひろみ君は、そのままで良いと思います。狭く、深く人生を歩けば良いと思います」



 僕は驚いた。

 だって、今までの学校生活で八年間。

 今のままで良いと言われた事なんて、一度も無かったんだから。



 そうだよ、一度も。

 みんな、今のままじゃダメだと言うんだ。



 でも、永田先生は違った。



 僕は頑張らなくて良いと言われて、凄くほっとした。



 ――うん、凄くほっとしたんだ。



 僕は、初めて許されたんだ。

 僕は、僕のままで良いという事を。




 ――僕は、先生にありのままの自分を大切にする事を教わった。



 先生が正にそれを体現していたと思う。

 先生はマイペースだった。それは常に自分らしく居るということだ。



 大人になった今でも、この性格は厄介で生きる事に苦労するけれど、僕は僕が許す限り僕を許す事にした。

 自分に優しくする事を。


 そして癒された僕は、また明日に挑んで厄介な自分の性格に苦労するのだ。



 その繰り返し。繰り返し。



 まだまだ人生は永くて、もっと辛い困難が待ち受けているかもしれない。



 でも僕は、僕らしく生きていく。



 ――僕は、その恩師の事を一生忘れる事は無いだろう。



 ありがとう、先生。


 僕は、今も自分らしく生きているよ。


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