第2話
文化祭当日。午前中から続いていたクラス展示のシフトがひと段落つき、私にもようやく自由に過ごせる時間が与えられた。断らずにいたら、いいようにたくさんシフトを入れられてしまった。真冬なんて最初の一時間くらいしかシフト入ってなかったのに。
うちのクラスはタピオカ屋をやっていた。100円均一のプラカップに業務用のタピオカとリプトンのミルクティーを入れて一杯300円。テーマパーク価格も真っ青な強気の値段設定だったが、思いのほか売り上げは上々で、幸か不幸か多忙な時間を過ごさせていただいた。
あの日――放課後の教室で、真冬に永野のことをどう思っているのか問われた日――以降、今日のこの文化祭という日を迎えるにあたって、私は心を整理することにかなりの時間を割いてきた。
あのタイミングで話題に出た「
真冬が今日、永野に告白しようとしていることは、想像に容易い。
真冬の親友だと自負があるのなら、私は彼女の恋路を応援するべきだろう。
だけど何日たっても、彼女が永野と結ばれる姿を想像すると、どうしても、どうしても、どうしても。
胸が痛くなってしまう。
私は、永野のことが好きなのだろうか。
小さい頃から知っている間柄で、唯一話せる男子で、どんな時でも私の味方でいてくれた、そんな永野のことを、嫌いなわけがない。
でもこの胸の痛みは、たぶんそれが理由じゃない。
真冬との時間が奪われてしまうのじゃないかって、そういう気がして、こんなにも心がざわざわしているんだ。
永野も進学希望で、志望校は地元の大学だと言っていた。
だから半年後には、真冬と永野は地元に残り、上京する私はひとりぼっちになる。
どうせ私はあと半年で、二人とは疎遠になる。自分の性格は自分が一番わかっているつもりだ。
それなら、二人の向こう四年間の……、もしかするとそれ以上の期間の幸せを、私は尊重するべきなんじゃないか。
そう決心すると、ようやく心の騒めきが収まった。
よし。
告白する前の親友を応援することくらいなら、私にだってできる。
きっと真冬は今、緊張しているはずだ。私が背中を後押ししてあげなくちゃ。
この二年半、女子の友達が一人もできないこんな私と、真冬は嫌な顔一つせずに遊んでくれた。私のその甘えを、彼女は二年半受け止めてくれた。ようやく、彼女から巣立つ時が来たんだ。
私は
友達の多い真冬のことだからきっと他のクラス展示を見に行っているのだろうと思い、最初は三年のブースにあたりをつけて探したがどこにもおらず、そのまま階段を下って二年、一年のブースもしらみつぶしに探したが、彼女の姿は見当たらなかった。
ならばと思い視聴覚室や家庭科室、理科室や図書館まで足を運んだけれど、やはり見当たらず、最後に体育館へと向かった。
結局体育館にも真冬はいなかった。背中を押してあげるんだーなんて息巻いていたけれど、姿すら拝むことができなかった。
珍しく歩き回った所為ですっかり体力が削られ、体育館裏のベンチに腰を掛けて疲れを癒していると、はす向かいから男女二人の人影が現れた。
真冬と永野だった。
「あれ、彩夏じゃん。こんな所で何してるの?」
永野は私を見つけるやいなや話しかけてきた。
こんな所。そういえば、ここだったっけ。体育館裏。あの「
「そうだよね、こんな所に女子一人でいたら変だよね。あはは。私、邪魔かな? 邪魔だよね。帰るね」
「彩夏……別に邪魔なんかじゃないよ。むしろ……」
いつもの威勢のよさを忘れさせる程、真冬は弱々しく私に語りかける。そんな彼女の姿を見てられず、私は食い気味に返事をする。
「ううん、いいの。今から二人がすること、分かっちゃったから」
言わなきゃ。
「真冬、頑張ってね。私、応援してるから」
手元で小さなガッツポーズを掲げて、今から告白する真冬にエールを送ると、私は彼女の返事を待たずに
これで、良いんだよね。
これで、私は真冬への依存から抜け出せる。
これで、真冬は私に罪悪感を抱くこともないよね。
そう自分に言い聞かせながらも、私の頬には、一筋の涙が流れていた。
* * *
「彩夏、お前、何か盛大な勘違いしてないか?」
「そうだよ、ちょっと待って、彩夏!」
校舎へと向かう私に、背後から二人が声をかけてきた。私は思わず振り返ってしまう。
「え、それって……どういう意味?」
「あーそうだな。俺がいると話ややこしくなるよな。真冬、ちゃんと言えるか?」
「大丈夫だと思う……」
真冬は永野の質問に答えると、途端に顔を紅潮させる。
「それじゃ俺はこの辺でお
そう言うと永野は、私が歩いていた道の先へと歩を進めていってしまった。
え、どうして。何で永野が真冬を応援するのよ。全然意味分かんないんだけど。
「ちょっとこっち来て……」
真冬は私の手首を
「どうしたの真冬、永野に告白するんじゃなかったの?」
「私が秋に告白するなんて、そんなこと一言も言ってないでしょ。早とちりしないでよね、もう」
真冬は少しだけふくれっ面を掲げて、私に反駁する。
「だってこの前私に聞いたじゃん。永野のことどう思ってるのって。私てっきり、真冬は永野のことが好きなんだと思ってた。考えてみればいつも昼休みは永野に会いに行ってるし、LINEだって頻繁にしてるみたいだし」
「あーごめんごめん。勘違いさせちゃって」
真冬はそう呟くと、一呼吸おいて、私に目を合わせた。
「私が告白したい相手はね、彩夏なの」
真冬の衝撃的な発言に、私は口を開けなかった。
「だからね、秋には相談に乗ってもらっていたのよ。恋愛相談。高校からの付き合いの私より、幼馴染の彼のほうが知っていることもあるから」
「そう……だったんだ……」
「私、彩夏のことが好き。だから、この先も、ずっとずっと一緒にいたい」
真冬は、私の手首から手のひらに握り替えて、そう伝えた。
「……だめかな?」
だめなわけがない。私だって、私だって。
「私も、真冬とこの先も一緒にいたい。だから、もちろん――」
迷いなんて一つもなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私がそう答えた瞬間、校舎側から強い秋風が吹いた。二人のスカートが揺れ、足元の落ち葉が舞った。
「えへへ。じゃあこれからは友達としてじゃなくて、恋人として、よろしくね」
そう言う彼女の細くて長い右手を、私はぎゅっと両手で握り返した。
三年最後の文化祭で、体育館裏にある
この都市伝説は、どうやら同性とでも適用されるみたいだ。
私の一番好きな人。 @Iyayo184
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