私の一番好きな人。

@Iyayo184

第1話

彩夏あやかは秋のこと、どう思ってるの?」

 柔らかな西日が窓から注ぐ二人きりの教室で、親友――私の唯一の友達――である真冬まふゆは、忽然と問いかけてきた。

「秋? うーん、別に嫌いじゃないかなあ。とりわけ好きってわけでもないけど。過ごしやすいし、お魚美味しいし、その、文化祭もあるし。ブタクサの花粉は嫌だけど」

 私の答えに不満があるのか、真冬は呆れたように目を細める。

「あのさ、話の流れ的にどう考えても季節の秋のことじゃないってわかるでしょ」

「どう考えても秋って季節のことを指す方が一般的な解釈だと思うのだけど……」

 真冬の言う「話の流れ」というのも、さっきまで私たちはうちの学校にまつわる、ある噂について喋っていたのだ。


 三年最後の文化祭で、体育館裏にある銀杏イチョウの木の下で告白すると、その恋は成就する。


 そんなひと昔前の恋愛シミュレーションゲームに出てくる設定のような、所謂「学校の七不思議」的な都市伝説が、この高校ではまことしやかに囁かれていた。

 入学当初にその噂をクラスの誰かしらが仕入れては、皆最初は鼻で笑って馬鹿にしていたけれど、こうして最後の文化祭が数日後に控えている今、私たち三年生にはどこか浮ついた空気が流れていた。


「あーはいはいそうだねその通りだね。でもね、私が聞きたいのは、秋くんのこと。五組の、彩夏の幼馴染の永野秋ながのあきくん」

 永野秋。小学生の頃からの幼馴染で、私がこの学校で唯一まともに話すことのできる男子。

 一年の頃、私と真冬と永野は三人とも同じクラスで、私を通じて二人は顔見知りになった。二年も皆同じクラスだったのだけれど、三年でついに永野だけ違うクラスになってしまった。

 私は違うクラスの男子と話すほどの社交性を持ち合わせていないから、彼とは三年になってからは殆ど話していないのだけれど、真冬は違う。

 昼休みの度に、教室を抜け出し五組に向かう彼女を見ていたし(その都度私はぼっち飯を強いられていた)、彼女のスマホに永野からのLINEの通知が来ることも何度も確認している。

 私だって、真冬の口から“秋”という言葉が出てきたら、永野のことを指すことくらい分かっていた。

 だけれど、唐突な問に、ついつい誤魔化してしまった。


「別に……何とも思ってないけど……。幼馴染って言ったって、クラス違えば話すこともないし」

「ふーん、そう。それならいいんだけどね」

 私の言葉に訝し気な眼差しを向けながらも、真冬は手元のスケッチブックに筆を落とし、元の作業に戻った。

 私も負けじと、英単語帳のページを繰る。


 真冬は、地元の美大への推薦が決まっていた。

 私も幸い内申点がそこそこ良かったから(と言うより、勉強くらいしか取り柄がないのだけれど)、すんなりと東京の私立大学への指定校推薦がほぼ内定していた。


 だから放課後、こうして二人で教室に残って、お互い進学まで気を緩めないようにと毎日各々の課題を消費していた。ほとんど駄弁ってばかりな気もするけど。


 私は、この時間が何よりも好きだ。

 田舎の高校ということもあり、推薦はクラスに一人分ほどの枠しかなく、多くのクラスメイトが入試組だ。だから放課後勉強したい人は皆自習室に缶詰になっており、教室は殆ど私と真冬の貸切状態になっている。

 私にとって、放課後の教室で真冬と二人きりで過ごすこの時間は、何よりも尊くて、代えがたい幸せな時間だった。

 この時間が、永遠と続けばいいのに、とさえ思う程に。


 けれど私の願望とは裏腹に、この時間は、もしかすると直ぐにでも、消えてなくなってしまうかもしれない。


 だってそうでしょ。


 「銀杏イチョウの木伝説」の話をした後に、真冬の口から永野の話題が出てくるなんて。

 もう、そういうことだって、言ってるようなもんじゃない。


 真冬はきっと、永野のことが好きだ。

 今まで、それは私の邪推のような気もしていたけれど、さっきの質問の所為でより一層疑いが深まってしまった。

 永野のことをどう思っているのか聞いたのは、私が永野のことを好きなのかどうかを確認したかったからだと思う。

 その気持ちは汲み取れる。私だって、仮に真冬と同じ人を好きになったとしたら、多分遠慮してしまうだろうから。罪悪感を抱いてしまうだろうから。


 真冬は女子の私から見ても十二分なほど可愛い。

 ここら辺の女子高生にしては珍しく髪は脱色しているし、ナチュラルメイクでもかなり垢抜けている。スタイルもいいしコミュニケーション能力も高ければ、絵も上手くて芸術的センスにも富んでいる。

 客観的に見て、こんな根暗女子である私といつも行動を共にしてくれることに疑問が湧く。自分で言ってて悲しいけど。

 そんな真冬に告白されたら、誰だって喜んで受け入れるだろう。

 永野だって、きっとそのうちの一人だ。

 もし真冬と永野が結ばれてしまったら、私はその日以降、彼女とこうして放課後を共に過ごすことも叶わなくなるだろう。


 真冬のさっきの質問をもう一度、心の中で反芻する。

 私は永野のことをどう思っているのだろう。

 思えばこの三年間、およそJKらしいことなんて一つもしてこなかった私には、愛だの恋だの、惚れた晴れただの、そんな言ってて歯が浮くようなイベントは無縁のものだと思っていた。

 世界に一人だけしか異性がいなかったらとか、強制的に誰かと付き合わなければ殺されますとか、そんな小学生並の妄想をするなら、私は多分永野を選ぶ。私は永野しかまともに話せる男子がいないから。

 それを恋心と呼ぶには、あまりにチープな気がした。


 でも、どうしてだろう。

 真冬は永野のことが好き。それを考え始めると、何故か胸が苦しくなってしまう。

 その胸の騒めきを誤魔化すように、私は手元の英単語帳を一度閉じた。




 





 

 




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