手に入れた花

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【手記】


D.1356年 深雪の月1


 薔薇の魔女、アルベルティーネをついに倒した。


 ティリスの呪いが解けてからこの手記に記すまでに少し時間が経ってしまった。

魔女との死闘の際に無茶をし、酷い怪我を負ったが、ガクが治療してくれたようだ。


 おそらく、この手記に記載するのはこれが最後だ。

 世界が平和になった時に、これをどうするかは考えることにしよう。


 私は孤独な旅の中、沢山の人に支えられて目的を達成した。

 今度は闇の王の復活が迫ったこの世界を守ることが目的だ。

 私とティリスが平和の中で幸せに暮らす未来はまた先のことだろう。

 しかし、命を懸けて救った彼女を簡単に手放すことはしない、私は何があっても彼女を幸福にして見せる。


 そう、この長かった九年のように、何があっても。



Dylan Stalin


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【旅の記憶】


 風に揺れる蒼い髪。

 混じりけのないその蒼に僕はひどく安心する。

 さわやかな空気が辺りを包み、日光がキラキラと輝いている。

 後ろを向いていたその女性がこちらに振り向く。

 眩しすぎるほどの笑顔。


 それを目に焼き付ける前に辺りがまばゆい光に包まれていった。


──待って、まだ……。





 目を開けると、見知った天井だった。

 ナタリーの家。そうか僕は……。

 ふと、左手に温もりを感じた。

 ベッドの脇に置いた椅子に座るその女性は静かに寝息を立てていた。

「ティ……リス…………」

 僕は彼女の温かい手を握り締めた。

「ん……」

 眠そうな目をこすって彼女が顔を上げる。美しい常盤色の瞳。吸い込まれそうなその瞳と目が合った。髪の色は、そう。元の彼女の美しい青色だ。

 僕は、僕はついにやったのだ。彼女を救うことが……。

「ディラン? ああ、目を覚ましたのね! ……私……!」

 彼女の宝石のような瞳が揺れ、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ始める。

「私、みんなからすべて聞いたの。あなたが私のためにどんなつらい思いをしてきたか。あの朝の私、何もわかってなかった。なのに私、あなたを傷つけてしまうようなことばかり。本当に、本当にごめんなさい……!」

「ティリス……」

 せきを切った水溜のように涙を流し続ける彼女のことを僕は抱きしめた。

 まだ体は痛む。でも…… 。

「ティリス、謝らないで。これはすべて僕が決めてやったことだ。僕がどうしても君を失いたくなかったから、一番先に相談するべき君に何も言えないで城下町を出た。君がこんなに長い間僕を思って待っていてくれたのに、あの朝酷い嘘をついて君を傷つけたのは僕だ。謝らなければならないのは、僕のほうだよ」

 僕の言葉が終わる前に、彼女はふふ、と笑った。

「?」

 何も変なことは言っていないはずと首を傾げた僕に、彼女はまた笑った。

「それならわたしたち、おあいこね」

──おあいこ。

 幼いころ。喧嘩をするときは大抵どちらも意地を張りあって終わらないことがほとんどだった。きっかけは何にせよ、そんなときはどっちかが折れないと終わらない。

 そんなときに、母がこう提案してくれたのだ。それならおあいこにしてしまいましょう、と。どっちも悪くて、どっちも悪くない。それからはどんなにひどい喧嘩をしていても僕も悪かったしな、とその言葉で終わりにすることができていたのだ。

「でも、今のは喧嘩じゃないよ」

「ふふ……そうね。でも、おあいこよ」

 続けて笑う彼女に僕もつられて笑う。笑い声が部屋に響く。ひとしきり笑った後、彼女が僕をじっと見つめた。

 まっすぐなその瞳に、僕はいつだって魅入られてしまいそうになる。

 そして、彼女が口を開いた。

「おかえり、ディラン」

 満開の花が咲いたような笑顔を見せてくれた彼女は、この世界で最も愛する女性だ。

 その愛しい人を僕は抱きしめ、そして笑った。

「……ただいま!」







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【手記:挟まれたメモ】


 お父さんの書庫を漁っていたら、こんな手記が出てきたの。

 私のお父さん、本当にお母さんのことを大事にしているけど、こんなことがあったのね。

 思い出して処分されちゃったら困るから、この手記は私が保管することにするわ。

 もうすぐお父さんとお母さんの婚姻の儀の記念日だし、私も何かお祝いしよっと。


D.1370 深雪の月15


Lily Stalin




END

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【ZAW1.5期】ディラン・スターリンの手記 風詠溜歌(かざよみるぅか) @ryuka_k_rii

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