第10話 恋はするものではなく、落ちるもの
「笑顔ですか?」
作り笑いだけは崩さず、もう一度問いかける。
「その笑顔ではないですよ? あの可愛らしく声を出して笑っている顔の方です。いえそれだけではなく、あの小さな令嬢のためにドレスが汚れるのも気にせず膝を折り目線を合わせるところや、従者たちへの心配り、また嫌味を言う令嬢たちをあしらう姿など全て……」
「も、もう、それぐらいにしてください、グランツ様」
思わず自分の両手で、グランツ様の口をふさいだ。心のどこかがこそばゆいのと同時に、自分の中の熱が顔に集まってくるのが分かった。
ああ、この人は私の仮面の笑顔と本当の笑顔の区別がついていたんだ……。この貴族社会の中でおいて、今までそれを見破られたコトなどなかったというのに。
「ああ、そんな風に赤くなる貴女も可愛らしい」
恋はするものではなく落ちるものだと今日言われたばかりだが、こんな急に、しかも自分の身に起こるなど、どうして思えるだろうか。でもそれを嬉しく思う自分がいるのも確かだ。あの作り笑いでも、地位でも、商会としての財力でもない。ただの私を好きになってくれていることが、ヒシヒシと伝わってくるから。
「コホン。この求婚も結婚も、モドリス嬢さえ良ければ王家が全面的に協力をしよう。ただ、今求婚されたばかりで令嬢も困惑しているに違いないだろう。しばらく二人でよく話し合うといい」
「……身にあまるお言葉をいただき恐縮です」
陛下の言葉は助け船のようにさえ思えた。今すぐにどうと言われてもこんなことは初めてで、対処の仕方も分からない。
「では、私は、今日はこれで」
そう言いかけたにも関わらず、グランツ様は私の手を掴んだ。そしてそのまま立ち上がり、エスコートするよう歩き出す。
「あ、あのう。私一人で帰れますので」
「いや、先ほど帰らせた馬車がまだ戻っては来ていないはずです。それに貴女は膝も肩も、怪我をしているではないですか。まず手当をしてから、うちの馬車で送ります」
「いえ、そこまでお気遣いしていただかなくても大丈夫ですグランツ様」
「わたしのことは、どうかエリオットと。これでも遠慮しているのですよ? 本当は今すぐ貴女を抱き抱えたいのですから」
「え?」
立ち止まってくれたかと思うと、顔を覗き込まれる。
「グランツ様? きゃ、ちょ、ちょっとこれは……」
彼の手が肩にかかったかと思うと、そのまま私の体は宙に浮いた。すぐに自分が横抱きされているのだと理解する。歩かせないというのは、こういう意味なのか。それにしても、これはさすがに恥ずかしい。
「降ろして下さい、グランツ様。私、重いですし」
「いえいえ。貴女はまるで羽根のように軽いですよ。それに、エリオットと」
意地わるそうな顔をして、私が身動ぎしても全く動じない。
「……エリオット様、降ろして下さいませ。これでは恥ずかしくて」
「……」
「エリオット様?」
「やはり、降ろせないな。そんな可愛らしい顔は、誰にも見せたくない」
恥ずかしくてもちゃんと名前を呼んだというのに、私の願いは聞き届けられなかった。しかし私は今、どんな顔をしているのだろう。鏡がないから、自分ではまったく分からない。ただ彼を見ているうちに、あの仮面がどこかに消えてしまっていることだけは分かった。彼といれば、もう私にはあんなものは必要がないのかもしれない。
夜風など気にならないほど温かな腕の中で私も恋に落ちたのは、まだ秘密だ。
猫かぶり令嬢は溺愛される。騎士団長様、これは営業スマイルなので困ります。 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi
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