第9話 まさかの求婚

「して、誰だ。どの令嬢なのだ?」


 国王陛下がやや急かしたように尋ねると、彼は急にこちらを向いた。二人のやり取りをただぼんやりと見ていた私の意識が浮上する。


「?」


 真っすぐに私を見据えたまま歩き出すグランツ様に驚きつつ、私は後ろを振り返る。しかしそこには壁があるだけで誰もいない。その事実が怖くなり隣に視線を移しても、両脇にいるのは既婚者の男性だ。彼が向かう先にいる女性は私だけ。きっと何かの間違いだろうと、数歩下がるもののすでに壁まで来てしまっている。


 ゆっくりと流れていたはずの音楽も聞こえない。そしてただ真っすぐに見つめられた彼の顔以外、目に入らない。こんな時はどんな顔をすればいいのだろう。見当もつかない私には、いつもの笑顔を浮かべる以外の術はなかった。


「アルフィーナ嬢、どうかわたしと結婚して欲しい」


 彼が言葉をそう発した瞬間、キーキーとまるで動物園にでも来たような甲高い声が王宮の会場内にこだまする。しかしそんなことなど気にする様子もなく彼は私に片膝をつき、手の甲に口づけをした。


「えっと、グランツ様、今なんと……。私、何かを聞き間違えてしまったようなのですが」


 私は全く状況が呑み込めず、聞き返す。


「どうか、わたしのことはエリオットとお呼び下さい、アルフィーナ嬢」


 熱を帯びた目で私を見上げた。確か私とこの方はほぼ初対面だったはず。それなのにいきなり下の名前で、しかも呼び捨てにしろというのはどういうことだろうか。


「ああ、アルフィーナ嬢、いくらでも言わせてくれ。どうか、わたしと結婚して欲しい」


 私の笑みが引きつる。このキラキラした青い瞳の人はどこの誰だろう。


「あの、どなたかと勘違いなさってはおりませんか? 私とは今ここでお会いするのが初めてではないですか。確かに仕事上、何度かお会いしたことはありましたが、お話させていただくのは今日が初めてですよね?」

「ええ。きちんと会話させていただくのは、今日が初めてです。先ほどの庭園でのやりとりを、失礼だと思いながら見ていたのです。あなたの笑顔はここにいるどの貴族の令嬢たちよりも美しく、尊いと思ったのです」


 まさか、ミントとのやり取りを誰かに見られていたなんて思ってもみなかった。でも、よりによって笑顔を褒められるなんて……。私は自分の笑顔が好きではない。だってこれは自分を守るためのモノでしかないから。

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