〇〇な女たち

飛鳥

結婚したい女

「え? 上田うえだくんと付き合ってたんじゃないの?」

「もう別れたよ。それも結構前に。去年の冬くらいだったかな……」


 五年ぶりに高校の友達と会った。彼女の名前は小林 優佳ゆうか。高校の時に初めて出会い、三年間ずっと仲が良かった女の子。

 高校を卒業してからはお互い忙しかったからという理由もあり、ちょっぴり疎遠になっていた。


 再会することになったのは一件のメッセージがきっかけだった。


『アパート暮らし始めたんだ。良かったら遊びに来ない?』


 もちろん私はそれを快諾した。

 久々に優佳に会いたかったし、優佳の住む部屋にも興味があった。まさか一人暮らしじゃなくて、二人暮らしとは思わなかったけど。


「じゃあ今、同棲してる人って……」

「同じ会社の人! 二個年上なんだけど、今年の春から付き合い始めたんだぁ」


 嬉しそうにスマホの写真を見せてくれる。二人で旅行に行った時の写真らしい。きれいな花畑をバックに眩しい笑顔が二つ。幸せの絶頂期なんだろうな。

 今日はその新しい彼氏がいないらしく、リビングで二人でお茶している。

 楽しそうに見せてくれる新しい彼氏との写真。もう写真フォルダに上田くんが写った写真は残っていない。

 上田くんと別れたのが本当に意外だった。

 だって高校二年生の頃からの彼氏だったし、傍から見ても相思相愛のバカップルだった。それが何故、別れることになってしまったんだろう……。


「その、上田くんとは……なんで?」

「好きだったんだけどね……翔平しょうへいくんはまだ結婚願望がないんだって」

「……どういうこと?」


 優佳の表情は苦々しい。どうにもやるせない、そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。

 思わずゴクリと喉を鳴らし、次の言葉を待った。


「だって……結婚したいじゃん。私たちもう二十四歳だよ? あと少しでアラサーの仲間入りなんだよ?」

「四捨五入したらそうだけど……そんな焦ることなくない?」

「会社の同期が次々と寿退社していくんだよぉ」


 優佳は両手で顔を覆い、悲痛な声を上げた。

 私だって既に何人かの友達や同期から結婚報告を貰っている。中には出産報告も。

 でも優佳と違って焦りはない。自分は自分、他人は他人だから。特に気にしたことは無かった。


「上田くんは全く結婚する気が無かったの?」

「全くって言うか……まだ早いって。もう少し後が良いって。お金貯めたり、仕事が安定してからが良いって言ってた」

「じゃあ遅かれ早かれ結婚してたんじゃないの? 上田くんと」

「私は! 早く結婚したいの!」


 バンバンと何度か机を叩く。私に同意を求めているようだけど、いまいちピンとこなかった。


「結婚したいの?」

「結婚したいいい」


 とうとう机に突っ伏して嘆き始める。こうなった優佳は面倒だ。昔から、そうだった。


「今の彼と結婚するの?」

「そのつもりなんだけどね……。結婚を前提にお付き合いしてるし。今は一緒に暮らしてみて、最終確認中ってところかな」

「結婚を前提に、なんだ」

「この歳になると、結婚する気がない男と付き合う時間ほど無駄なものはないと思ってるよ」

「とんでもないこと言うね……」


 それはそれでどうなんだと思ったが、結婚したい女の子からしたらそう思うのは仕方ないことなのだろうか。

 結婚。言葉は知っているけど、自分が結婚する未来は想像出来ない。

 結婚したら仕事はどうするんだろう。今の仕事は楽しいし、やりがいもある。出来ればずっと続けたいなぁ。


「結婚して家庭を持って、一戸建てに住むのが夢なのよ……」


 しみじみと優佳は言った。

 自分の家庭、か。そんな未来、想像したことなかったな……。


「てか! 君はどうなの? そろそろ結婚したくない?」

「え。どうだろ……。そんなに焦ってはない、かな」

「今、付き合ってる人いるの?」

「いないよ。今は仕事忙しいし」

「えー、寂しくない?」

「そんなに?」


 私の言う事がまるで理解出来ない。優佳の顔はそれを物語っていた。上田くんの時も同じような表情を浮かべたんだろうなぁ。


「分かんない」

「私も分かんないよ。優佳がなんでそんな焦ってるのか」

「だって周りが次々に結婚していくんだもん……」


 今日、何度目か分からない悲痛な声。ずっと優佳は同じ調子で嘆いている。私たちの会話は堂々巡りだ。


「まあ、さ。今、彼氏と同棲してるんだし、順調でしょ?」

「うん……このまま結婚したい」

「じゃあ大丈夫だよ。このまま彼と仲良くね」

「うん……」


 上手く会話をまとめられたようでひと安心だ。


 今日、優佳に会うまでは五年前のように楽しく盛り上がれると思っていた。好きな人がいる、いないで盛り上がっていたあの頃のように。

 だけど、今の私たちはあの頃とは違う。

 結婚、保険、投資信託、納税。大人になった私たちの口から出るのは生々しい単語ばかり。

 その全てが大事なことではあるけど、話せば話すほどに自分たちが歳を取ったことを実感させる。有意義な話ではあるけど……私が期待したものとは違っていた。


「あ。ヤバイ、もう家着くって。どうしよう……」

「いいよ。もう帰るつもりだったし」

「なんか追い出したみたいでごめん……」

「気にしないで。彼と仲良くね。結婚式、ちゃんと呼んでよね」


 何度か言葉を交わし、アパートの外へ。

 気づけば辺りは真っ暗。十二月になってから日が落ちるのが本当に早くなった。街灯に照らされた道を一人で歩く。


「あ……すみません」

「こちらこそ、すみません」


 駅前はすれ違う人と肩をぶつけるほどの人だかり。黒いコートを着込んだ男の人とぶつかってしまった。

 ふと気になって振り向くと男の人が向かう道は私がさっき通った道だった。まさか……。


「まさか、ね」


 誰に聞かせるわけでもなく一人呟き、その場を去る。



 五年ぶりに再会した友達は結婚したくて仕方がない女だった。

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