第14話 断ち切る
悲鳴と轟音。
地下が存在しない場所で、まさか地面から襲撃を受けるなど、誰が予想できただろうか……。
インカムから聞こえる鳴り止まない報告に、俺が舌打ちをすると、隣に立っていた武田さんが、静かに刀を抜く。
「指揮系統が、既にメチャクチャですね。ここまで彼らが来るのも、そう長くないでしょう」
「ーーですね。とりあえず、俺達は、ここで迎撃準備をしておきましょうか。この事態に、副長が気づかないはずないですから」
余裕そうに、一度肩を回した武田さんは、微笑みつつ左側へと身体を向ける。
そのため、俺は反対側ーー右側へと身体を向けつつ、刀を抜く。
敵の数がわからない状況で、ここから代表の方達を逃がすのは、下策だ。
それに、ユリさんだけの護衛ならまだしもーーここには、他にも何名かの人がいる。
その人達を護衛しつつ撤退するなど、正直自信もない。
インカムからだけではなく、ついに身体でも感じることができるほどの足音に対して、俺は、軽く息をはく。
「成瀬副隊長。とりあえずは、目の前にいる奴らを切り捨てることだけ、考えましょうか。護衛としては、どうかと思いますがーー私達が踏ん張れば、きっと下から応援が来てくれるはずです」
「えぇ。そうですね……なるべく、武田隊長よりも、長く立っていることを心がけます」
俺の緊張をほぐすためかーーそんなことを伝えてきた武田さんへと、俺が返答すると、クスリと、笑い声が聞こえてくる。
よし。
これで、お互いの緊張もとけたな。
と、そう俺が感じた瞬間、背後にあった武田さんの気配が、一気に遠退く。
おそらく、人造人間を視界に捉えたのだろう。
なので、俺もすぐさま視界にうつった人造人間の元へと走り出す。
どうせ、一気に出てきやがるんだろ?
それなら、遠慮なしに、広範囲を焼いてやる!!
「ににに、人間ー!!」
「火炎剣、三式」
火炎陣!
刀を垂直に回転させた後に放つ、刺突。
目の前へと現れた人造人間の心臓をそれでもって貫いた俺は、そのまま一気に駆け抜ける。
火炎陣は、広範囲攻撃だ。
まずは、これで階に現れた奴らの数を減らす!
そのまま人造人間を壁へとぶつけた俺は、刀を抜きつつ、人造人間の身体を踏み台に跳びーー。
「火炎柱!」
一気に、階段前へと上段から振り下ろす。
それによって、何とか登ってきた人造人間を切り捨てたーーが。
「チィ! 数が多すぎるだろ……」
いや、マジでよ。
階段が、人造人間で埋まっているじゃねぇか。
と、俺が状況把握していると、目の前にいた人造人間三体が、狂った言葉をあげつつ迫ってくる。
しかも、後方にいた数人も、普通の人間ではあり得ない行動だがーー壁を利用して、まさかのこちらへと迫ってくるではないか。
つまるところ、実質五体以上が一気に攻撃してくるわけだ。
常識外れの行動は、それなりに慣れているが、これだけの数を相手にしたのは、それこそ一度くらいしかない。
落ち着け……。
同時と行っても、壁と床では、距離が違う。
判断を間違えるな!
「火炎剣、一式!」
と、炎武でもって、二体を真横からと上段斬りでもって倒し、すぐさま返す刃で、火炎光で三体目を斬る。
その後、左右の壁から来る人造人間に対して、右が一瞬遅いと判断した俺は、最速の四式、火炎柱を左側へと放つ。
そして、一瞬遅れてきた右側の人造人間の、頭部を狙った攻撃に対して、しゃがみつつ避けた俺は、一度後ろへと下がり、再度火炎柱を放つ。
「くっ!」
が、すぐさま新しい相手が襲ってくる。
これは……思ったよりもキツいな。
火炎剣は、元々、一撃に重きをおいている剣術だ。
だからこそ、一対多を相手どる場合、少なからず不得手になる。
こういう多人数を相手にする時は、手数の多い風流剣の方がーー。
いや!
「くそが! 違うだろうが!!」
バカか俺わ!
と、畳み掛けてくる人造人間に対して、火炎剣でもって切り払った俺は、強く刀を握りしめる。
なにを、自分の実力不足を、火炎剣のせいにしていやがる!
これが隊長クラスなら、火炎剣でも問題なく切り払えているはずだ。
だからこそ、これは、俺の鍛練不足……。
と、重くなってきた刀を振りつつ、人造人間を斬り倒し続けていると、ミクの言葉がよぎる。
『先輩は、強いからわからないんですよ』
ハッ。
強いだぁ?
やっぱり、違うぜミク。
俺は、全然強くなんてねぇ……。
文字持ちですらない暴走人造人間に対して、これだけ傷だらけになっているんだからよ……。
と、自嘲気味に頬をひきつらせた俺は、肩へともらった一撃を利用しつつ、炎武でもって頚をはね飛ばす。
既に、刀を正眼に構える程の体力はなくーー。
身体中には、数えきれない程の傷ができている。
しかも、眼前には、いまだに数えきれぬ程の人造人間達。
こいつらも、狂いたくて狂った訳ではないかもしれない。
せめて、言葉が通じれば、解決方法の一つや二つ……。
と、俺がそんな現実逃避のようなことを考え始めていると、とつぜん地面がぶち抜かれたかと思えば、一体の人造人間の心臓を貫きつつ、現れる拳。
ハハッ……。
「よぉ。よく耐えたな、成瀬」
ブン!
と、貫いた人造人間を、無造作に壁へと投げつけたサエコさんは、俺にそう言って口角をあげると、すぐさま近場にいた人造人間の頭を一体ずつ掴む。
そして、ふん! と力を入れると、まるで卵のように、簡単に粉砕してしまう。
……この世界で、拳だけで人造人間を壊せる人なんて、あの人くらいだ。
「火炎拳一式 炎武」
その一言によって、拳から炎がふきあがると、直線上にいた人造人間達が、バターのように真っ二つに引き裂かれる。
本来、魔導兵装を使用する場合は、刀などの武器と併用するのが常識である。
何故ならば、人一人が使用できるマナの量には、絶対的な限りがあるからだ。
そのため、武器などに自然現象を付与させて、なるべくマナの消費を抑えることが必須となっている。
のだが……副長であるサエコさんは、おそらく全世界の中で、唯一武器を使用せずに魔導兵装を扱える人物である。
というのも、彼女は、嘘か本当かわからないがーー鬼の血が混ざっているらしい。
そう、鬼である。
あの妖怪やら化け物といわれている、あの鬼だ。
彼女は、その血族である理由から、普通の人間よりも、マナの絶対値があり得ないほど多いらしい。
前に聞いた時は、俺の十倍ほどあると言っていた気がする。
つまり……こんな、バカみたいな炎を体から放出しても、全然致命的なミスにならないのだ。
「あっ、あいかわらずですね」
「あん? くだらねぇこと言う元気は、あるみたいだな!」
くだらないだって?
まったく、目の前で次々動かなくなっていく人造人間を見ていると、嫌になってくる。
こうも……実力差ってのはあるもんなのかよ。
少し強くなったかと思えば、こうして現実を突きつけられる。
くそが。腹立ってくるぜ。
「おう、成瀬。動けるな?」
「えぇ。おかげさまで、何とか」
「なら、少し頭を貸せ」
と、そう言うと、めんどくさそうに炎を纏った掌底を放つと、廊下にいた人造人間達を、奥へと吹き飛ばすサエコさん。
今のは、四式か? 素手でやると、余計に効果範囲が大きくなるのか。
「なんですか?」
「今現在の状況だが、俺ーーいや、私が考えるに、陽動だと思う」
陽動?
と、戦闘時も見せる素のサエコさんが、俺をチラ見しつつ言ってくる。
「どうして、そう思われたんですか?」
「あっ? んなの、簡単だろ。全滅を狙っているにしては、数が少なすぎる。それに、地下からの奇襲だけで、外からの攻撃がないって点も、おかしな話だしな。もし、本当に潰す気なら外の隊士達が、建物内の援護に来たら厄介だろう?」
「なるほど……ですけど、相手が俺らを侮っていたという線もありませんか?」
「いや。それは、ないだろう。最上階にいたお前や武田は知らないだろうが、こいつらは、一直線でここに向かっていやがった。基本的に、暴走した人造人間は、目の前の人間を襲うはずだ……なのに、どいつもこいつも、下にいた隊士達には、反応せずに、階段付近にいた隊士達だけを襲っていやがった。まるで、誰かが統率している感じだな」
胸くそ悪い。
と、舌打ちしつつ吐き捨てるように言ったサエコさんは、近づいてきていた人造人間を、回し蹴りでもって、首だけをはじき飛ばす。
統率……。
サエコさんは、きっと、感じたことをクチにしただけだろう。
なのに、なんでよりにもよって、あの
「おい。どうかしたか、成瀬?」
「いや……その」
「心当たりでもあるのか? あるなら、とりあえず教えろ。的外れでも、ぶん殴ったりしねぇからよ。今は、少しでも情報が欲しい」
睨みつけつつ、人造人間の顔を潰したサエコさんに対して、とりあえず、アダムのことをそれとなく伝えることにする。
「実は、この前変な人造人間に会ったんです。確証はありませんが……他の人造人間を自由に操作できるようでした。もしかしたら、そいつの仕業かと」
「他の人造人間……おい、成瀬。そいつは、もしかして、名前持ちか?」
名前持ち……。
サエコさんの言葉に、俺は、無言で首を横に振る。
名前持ちというのは、俺ら永世光和組の古参メンバーにとっては、最悪の意味をもっている呼び名だ。
これは、人造人間に対して、誰かがつけた名称のことを指しているのではなく、人造人間の身体に、元々名前が刻まれている奴らのことを指している。
現状、そのような人造人間が確認されたのは、一度きりであったのだが……その一度が、あり得ないくらいの被害を出しているのだ。
名前持ちの人造人間は、普通の暴走人造人間よりも強く特別な身体をしており、その事件が起きた時は、総長である南さんの犠牲でもって、ようやく倒せたほどだ。
悪いが、あんな化け物、そうそう出てきて欲しくはない。
その点で言えば、俺単体で倒す寸前まで追い込めたアダムは、名前持ちではないだろう。
滑稽さで言えば、それにつぐほどではあったがーー。
「なら、いい。あんな化け物、おいそれと出てきてもらいたくねぇからな」
「ですね」
「とりあえず。現状の情報だと、そいつが怪しいな。おい、そいつの狙いは?」
狙い?
あいつは、俺ら人間に対して、憎悪とも言える感情をもっていたはずだ。
つまり、この地球上の全員が狙い……。
いや、違う!
あいつは、最後に訳のわからないことを言っていたはずだ。
ミクに対してーー。
「まさか!?」
「チィ! それも心当たりありか。それなら、やることは一つだな」
と、俺の顔色だけで判断したらしいサエコさんは、インカムへと早速指示をとばす。
「全隊士に告ぐ! これより一番隊は、私の指揮下に入れ! 沖田一番隊隊長。並びに成瀬一番隊副隊長は、現状の状況を引き起こしたと思われる人造人間を探しだすことに、全力を尽すこと! また。六番隊全隊士は、これより負傷者への治療を優先し、一番隊隊士は、その場より最終階層を目指しつつ、目の前の人造人間を切り殺せ! わかっているとは、思うがーー殲滅だ!!」
一階へと降りた俺は、すぐさまアヤメを探すーーが。
て、あのバカ。
「本当に、探すのが楽な奴だな。クソッタレが」
まるで、アヤメがいる居場所に、俺を案内するかのように倒れている、人造人間達。
そのどれもが、一撃で頭や心臓を破壊されている。
これで、水気がなければ、迷うところだが……。
そんなことを思いつつ、倒れている人造人間達を通りすぎて行くと、ようやくアヤメを見つけることができた。
「アヤメ!」
「あら? ずいぶんと、ボロボロじゃない。ユウ」
息を切らしていた俺とは違い、涼しい顔で、人造人間の胸から刀を引き抜くアヤメ。
ボロボロで、悪かったな。この、イカれ女。
「つまらないわね。どいつもこいつも、弱すぎよ」
「あぁ? イカれてんのかお前。強かったら困るだろうが」
「違うわよ。まるで、意思を感じないって言っているの」
と、ため息をつきつつ、刀を納めたアヤメは、何故か人造人間達が来た方向へと歩き出す。
「意思を感じない? そんなの、いつもの事だろうが」
「全然違うわ。通常の暴走した人造人間なら、こちらを殺そうとする意志が、必ず見えていた」
でも。
と言いつつ、人造人間達が開けた地面の穴を覗き見るアヤメ。
「今回の奴らからは、それがまるで感じない。ハッキリ言うなら、殺すというよりも、傷つけるという感じかしら? まるで、足止めでもされている気分よ」
足止め……。
おいおい。どんどん、嫌な方向に転んでいくな。
「ユウ。顔色が優れないのは、疲れているからかしら? それとも、嫌な想像でもしたの?」
「……どっちもだ。もし、今回の奴の狙いが、俺らではなくて、特定の誰かを狙ってのことだったら。ハッキリ言って、踊らされていてる」
胸くそ悪いぜ。
こっちとら、最善の手を打って護衛についていたんだ。
なのに、まるでそれを逆手に取られた感じだ。
「まぁ。相手がどう考えて、仕掛けてきたのか知らないけれど、ここを辿っていけば、自ずとわかることじゃないかしら?」
「辿るだぁ? おい、冗談だろ? 奴らの来た穴から侵入するなんてーー何があるかわからねぞ?」
「虎穴に入らずんば。というでしょう? どうせ、ここから向かえば、ボスの本拠地につくでしょう」
そう言いつつ、軽やかに穴へと落ちていくアヤメ。
……もし、俺が敵なら、確実に罠を仕掛けておくから、入りたくねぇんだがーー。
「イカれた上司についていくのも、今回限りにして欲しいな」
アヤメと俺が、二人で任務を行うことなど、一体いつぶりだろうか?
基本的に、実力者である隊長と副隊長は、セットでいることがない。
他の隊ならまだあり得る話だがーー実力者同士である為、共同で動くよりも、他のカバーを優先しなければならないからだ。
だから……もし、アヤメと合同で動くことがあれば、それは、余程の緊急事態か、もしくはーー。
「やぁ。予想通りだったけれどーー見たくなかった顔の男が、やっぱり来るんだね」
二人で対処しなければならない程の、敵対者がいる時だ。
アヤメと共に暗い穴を全力で駆けた俺達が、やっと開けた場所に出たかと思ったら、そこには、ムカつく奴が優雅に一脚だけ椅子を置き、足を組みながら腰かけていやがった。
何やら、工場と思われる場所に、不釣り合いな金色の椅子を置いていたアダムは、額に自身の手の平を押しあてると、ため息をつく。
「いやー。僕がイブとゆっくり会話をする為には、邪魔な奴を離しておく必要があったんだ。でもさ。邪魔な奴って、基本的に自分で気がついていない奴が多いだろ? だから、世界ーーなんだったっけ? 世界の暇潰し会議? だったかな。それを、これ幸いにと囮に使わせて貰ったんだ」
「……ずいぶんと、ふざけた人造人間ね」
アダムのふざけた言い方に、すぐさま刀を抜いたアヤメは、その切っ先をアダムへと向ける。
「ふっ。今回は、ゴミ虫が宝石を引っ提げて来たわけか。どうだい? 君さえ良ければ、僕の部屋を彩ってくれたりしないかな? 顔だけは、とても素敵だからね。インテリアとして、飾ってあげてもいいよ」
「あら、以外ね。人間より劣る人形の癖に、美意識があるだなんて。ちなみに、私もサンドバックが欲しかった所だから、ちょうど良かったわ」
ダンッ!
アダムとの言い合いを、鋭い一踏みで終わらせたアヤメは、水流剣二式、雫。による刺突を放つ。
狙いは、余裕な表情でいるアダムの胸。
俺よりも速く、そして鋭い突き技は、確実にその胸を貫くはずだと、俺ですら疑わなかった。
いくらあいつが他の人造人間と違くとも、それほどまでの力量差が、俺とアヤメにはある。
そのはずなのにーー。
アヤメの刺突を、片手でもって掴み止めたアダムは、その顔を退屈そうに歪ませる。
「へー。ゴミ虫よりも、やるじゃないか。でも……今回は、僕も本気でね」
そんな言葉と同時に、アヤメが真横へとふき飛ぶ。
……はっ?
「この僕が、どうしてこんなわかりやすい場所で、待っていたと思う?」
唖然としている俺を見下ろしつつ、アダムがゆっくりと立ち上がる。
その背にーー一本の腕をを生やして。
「イブは、素直になれない子だからね。目移りする相手がいると、どうしても僕を見てくれない」
ビリビリと、アダムの服が破ける。
人造人間は、どのタイプであったとしても、人間としての身体を捨てることがない。
理由は、様々だがーー人間というのは、同じ身体を相手がしていなければ、精神的に受け入れられないというのが、一番あるからかもしれない。
ましてや……腕が四本もある人造人間など、受け入れられないわけがない。
「さぁーーイブが僕の物になる日を、祝おうじゃないか。お前達劣等品を壊してね!!」
「イカれ粘着野郎が。寝言は、寝て言いやがれ!」
最終戦線~永世光和組列伝~ 高野康木 @kousuke7
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