第13話 私の思い

だ。だから、テメェは、好きに遊んでろ』


 今でも、あの時の先輩の声がーー表情が、脳裏に焼きついている。


「はぁ~」

「はい。二十回目」

「えっ?」


 と、私と同時期に入った神崎カナが、あきれたようにため息をつくと、私の方へと顔を向けてくる。

 彼女とは、本来同室になる予定だった。

 だからこそ、私の本来使うはずだった部屋も空いておりーー今は、そこに居させて貰っているのだ。


「あのさ……そんなにため息つくくらいなら、副隊長に謝りに行けばいいじゃない」


 ここで生活するために、あらかた事情を話したこともあってかーー神崎さんは、一応全ての経緯を知っている。

 だからこそ、私のため息の理由も知っているのだ。

 でもーー。


「今さら、謝るなんて……」


 と、この前先輩が買ってくれたーー嫌そうにしていたけれど、何度も言ったら買ってくれたーーぬいぐるみを抱きしめつつ言うと、神崎さんが首を左右へと振る。


「ただ、すいませんでした。て言えばいいだけじゃない。だいたい、あんたから噛みついたんでしょ? せっかく、副隊長が遠回しに言ってくれたのに」


 うぐっ!


「で、でも。結局は、足手まといってことじゃん……」


 そうだよ。

 遠回しに言ったとしても、結局足手まといということに、変わりはない。

 ーーわかっている。

 アイリちゃんの事件から私は、自分がどれほど弱いのか、きちんと自覚したのだ。

 だからこそ、ここ最近ーー訓練も私なりに頑張った。

 それこそ、手が痛くなるほど頑張ったのだ。

 それでもーー先輩の背中は、とても遠い。

 むしろ、強くなったと思えば思うほど、実感してしまうのだ。

 その、圧倒的な距離感をーー。

 それを自覚するたびに、クチからネガティブなことばかり出てしまった。

 でもーー先輩は、その度に私に優しい言葉をかけ続けてくれた。

 先輩の大切な人の言葉だったり、先輩自身の言葉だったりして、どれも優しさに溢れていた。

 ……まぁ。ぶっきらぼうな言い方の時もあったけれど。

 だけど、それが嬉しくも辛くもあった。

 どうやっても……先輩に近づけない気がして。


「てか、私達から言わせれば、贅沢な悩みなのよね~」

「えっ?」


 贅沢?

 突然神崎さんから出た言葉に、私は、首を傾げてしまう。


「あのさ。あなたは、知らないだろうけどーー副隊長のパートナーって、ものすごく光栄なことなのよ?」

「光栄? そっ、それくらいわかっていますよ!」


 あれだよね?

 たぶん、偉い人の近くにいるってこと。


「いや、わかっていないね」


 と思いつつ答えれば、神崎さんは、間髪いれずに否定してくる。


「えっ!?」

「わかっていれば、そんな贅沢な悩みなんて出ないはずよ」


 いい? よくききなさい。

 と、年齢的に上だからか、神崎さんが真剣な顔つきで、諭すように言ってくる。

 うぅ~。

 年齢は、上だけれどーー私達、同時期に入ったのに。


「まず、副隊長のパートナーって、基本的に殉職率が低いのよ」

「? それは、一番隊全体でもそうじゃないですか?」

「ほら、わかってない。副隊長はね~実力に見合ったことしか、任せないのよ!」


 ……?

 それって、結局足手まといってことじゃ……。

 という疑問が顔に出ていたのか、神崎さんが、ものすごく頭を抱えだす。


「つまりは、その人の能力以上のことを、無理にやらせないってことなの! これは、ハッキリ言ってすごいことなのよ! だって、副隊長の近くにいれば、命を落とす確率が低くなるだけじゃなくて、きちんと上達できるってことなんだから!」


 あっ!

 そういうことか。

 と、身を乗り出しつつ言ってくる神崎さんに頷けば、盛大なため息をつく。


「あなたは、知らないだろうけどーーみんな本当は、副隊長とパートナーになりたいって言っているのよ? 私達の隊長は……あんな感じで強すぎて、難しい依頼を出してくるのは、普通。しかも、それができなければ、そんなこともできないの? て顔をしてくるし、剣術が弱ければ、あからさまなため息ついてくるし……本当、贅沢な悩みよ」


 ……いったい、何をされたんだろう?

 そう思うほど、酷く落ちこんだ様子で神崎さんが、私の肩に触れてくる。


「まぁ。私も弱い方だから、あなたの気持ちもわかるわ。だから、ここにいてもいいけど……いずれは、副隊長と仲直りしておきなさいよ? じゃないと、嫌われたままになっちゃうわよ?」

「うっ。そっ、それはちょっと、嫌だな……」


 先輩に嫌われる……。

 そう考えただけで、なぜか、胸が苦しくなる。


「がっ、頑張ります!」

「頑張るってーーちょっと、ズレてる気がするけど、まぁいいわ」


 そう言って、夜ごはんを作ると言った神崎さんが、キッチンへと入っていく。

 ……そういえばーー。


「あの二人。きちんと、ごはん食べられているのかな?」







 これから始まる護衛任務のこともあってか、一番隊の中は、ずいぶんと慌ただしくなっていった……。

 でも、それもそのはずだ。

 だって、私達一番隊は、永世光和組きってのエリート部隊。

 しかも、その対象者は、あの沖田隊長のお母さんにして、有名な社長さんだとか……。

 残念ながら私は、全然知らなかったけどーー先輩がみんな知っているみたいなことを言っていたので、きっと隊士の人達も知っているのだろう。

 そして、それほど騒がしくなるということは、護衛任務から外されている私は、特に暇になってしまう。

 道場で鍛えようと思っても、人が多くて、訓練する場所がないしーー。

 見廻りをしようとしても、二人一組が基本なので、とうぜんできない。

 なので、最近は、外を意味もなく歩くことが日課になってしまっている。


「はぁ~」


 私って……。

 先輩がいないと、もしかして何もできないのかな?


「あれ? あなたは」

「えっ?」


 と、急に誰かが声をかけてきた為、そちらへと顔を向けるとーー。


「あっ! 356番さん!」

「お久しぶりです。今日は、お一人なんですね」


 そう言いつつ、頭を下げてきた356番さん。

 調理をしていたのか……コックさんの服装の彼は、数日前に、私と先輩で助けた暴走人造人間だった人だけどーーよかった。

 あれから、酷い目にあった様子がないのは、服装と表情からよみとれる。

 だからーーきっとうまくやれているってことだよね?

 と、そう思いつつ私が手を上げると、すぐにその顔色を心配そうに変えた356番さんは、周囲を探るように視線を、一度彷徨わせると、おそるおそるといった様子でーー。


「あの……大丈夫ですか? 前にあった時より、ずいぶんと顔色が優れていないようですけど」


 と、きいてくる。

 えっ!?

 前と比べてって……そんなに、わかりやすいくらい、今の私の顔色って、悪いのかな?


「あぁ、そのーー別に、そこまで酷い顔色ではないですよ。ただ、私達は機械ですからーー少しの変化などにも、過敏なんですよ。ほら、お客様に、まったく違う味の料理を提供したりしたら、機械として信用がなくなってしまうでしょう? ですから、人間の方よりは、表情の変化がわかるんです」


 まぁ。それでもわかる人には、わかるくらい顔色が優れてませんけどね。

 と、まるで私の心の声がわかっていたかのように、笑いつつ言った356番さんは、私と近くにある公園へと交互に視線を向けると「このあと、少し時間ありますか?」とにこやかにきいてくる。


「? はい。ありますけど」

「よかった。でしたら、少し公園で待っててくれますか? もうすぐ、仕込みが終わるのでーーそしたら少し、お話ししませんか?」

「お話し……ですか?」

「えぇ。人造人間と改まって会話をするのは、少しおかしいかもしれませんがーー色々自分も、話したいことがあるので!」


 と、そう言った356番さんは、私へと嬉しそうに手を振ると、仕事へと戻っていくのだった。








「そうですか……それで、お一人だったんですね。あっ、もしよかったら飲んでみてください。家の店で出している、特製のオレンジジュースなんです……一応、ご主人様には、内緒にしてくださいね?」


 と、悲しそうな顔をしつつ、終始私と先輩のケンカの理由をきいてくれた356番さんは、私へと持ってきてくれたオレンジジュースを、笑顔ですすめてくれる。

 で、でもーー。


「だっ、大丈夫なんですか? ご主人ってことは、あの店主さんですよね? 356番さんに暴力をふるってた……」


 こんなことをして、また殴られたりしないのかな?

 と、思いつつきいてみると、にっこりと微笑む356番さん。


「あははっ。心配してくださって、ありがとうございます。ですが、おかげさまで大丈夫ですよ。お二人が、きちんと店主へと人権ーーいえ。人造人間にも、心があるということを説いてくださったことで、少し態度が軟化した気がするので」

「そっ、そうですか……それなら、遠慮なく」


 と、356番さんの言葉を信じて、グイッ。と、オレンジジュースを飲んでみるとーー。

 おっ!?


「おっ、美味しいです!」


 すごく美味しい!

 なんだろうーーそう。きちんとした甘みがあるのだが、オレンジの酸味もきいていてーーなにより、粒々した果肉があることが、きちんとした果汁のジュースを飲んでいると、強く自覚することができる。


「これは、もしかして生のオレンジを入れているんですか?」

「はい。市販のオレンジジュースの場合、やはり、甘みが強すぎることがあったり、オレンジの生の感覚がしないと言われる人が、多くいらっしゃるんです。かといって、生のオレンジのみを使用してしまうとーー今度は、渋さがありすぎたり、甘さが足りなかったりしてしまい、子ども達に不評になってしまいました。なので、家の店では、半分のみ市販のオレンジジュースを使用し、残り半分は、生のオレンジを使用しているんです」

「ほえ~」


 すっ、すごい考えて作っていたんだ……。

 まるで、普通のことのように話す356番さんだけれどーー言っていることは、お客さんの不満の声だったり、ここが足りないという言葉ばっかりだ。

 それを、356番さんは、嫌な顔を一つせず、どうすれば良いのかを考え、そして実行しているらしい。


「まぁ。言ってしまえば、どっちつかずのオレンジジュースなんですけどね」

「そんなこと……とっても、美味しいです」


 そう言うと、実に嬉しそうにする356番さん。

 ……こうしてみると、先輩と私がしたことは、良かったのだと改めて実感できる。

 ……そうだ。

 先輩は、私のために、人造人間も救おとしてくれていたんだった……。

 それなのに私はーー自分ことばかり考えて、先輩に酷いことを……。


「……あの~。ミクさん?」

「あっ、はい! なんですか?」


 いけないいけない。

 落ち込むのは、いつでもできるんだ。

 今は、356番さんとの会話に集中しないと!

 と、改めて自分に気合いを入れるため、両拳を握りしめると、356番さんが、なにやらおそるおそると言った様子で、話しかけてくる。


「これは、自分がよくすることなのですが……ご主人様に対して、怒りや憎しみが多くなった時には、嬉しいことをメモリー記憶からよびだすんですよ。そうするとーーなぜか、グルグルした感情がおさまるんです。あぁ、やっぱりご主人様は、優しい人なんだーーって」


 と、そう言って教えてくれた356番さんは、実に嬉しそうな顔で、目を閉じる。

 きっとーー今も、メモリー記憶というものから、幸せだった場面を思い出しているのかもしれない。

 ……よし。

 356番さんの言ったように、私も目を閉じてみると、すぐに思い出すことができた。

 体格のコンプレックスにたいして、先輩なりに、色々フォローしてくれたこと。

 他の人が知っていることも、知らなかった私に対して、根気よく丁寧に教えてくれたりもした。

 何よりーー私のことを知るためにと、自分の恥ずかしいことも、平気で教えてくれた。

 ……まぁ。ハンバーグが好きなのは、可愛いところだから、恥ずかしいことでもないけど。

 そうして思い返すと、とっても心がポカポカしてくる。

 ……なんだろう……この気持ち。

 さっきまで、たくさん色々な感情に掻き乱されていたのにーー。

 とても、懐かしい気がする……。


「あれ? 懐かしい?」

「はい? どうしかしましたか?」

「あっ、いえいえ。何でもないです!」


 ?

 私ーーどうして、今、懐かしい何て思ったんだろう?

 このポカポカする感覚は、今、初めて感じたことなのに……。

 と、頭の中がスッキリしたのは、よかったのだがーー今度は、身に覚えのない感情を懐かしんだ自分に、疑問がわいてしまう。

 なので、腕を組みつつ首を左右へと捻っているとーー。


「すいません……お楽しみのところ、少しよろしいですか?」

「はい? 何でしょうー」


 か?

 と、そう言おうとしたクチが、自然と止まってしまう。

 なぜならーー話しかけてきたのが、見覚えのある人だったからだ。

 誰にでも、好かれそうな声……。

 近づく人に、警戒心を持たせないような、爽やかな笑顔……。

 私と356番さんの前に立っていたのは、そんな誰にも好かれそうな美青年。

 でもーー私は、知っている。

 この笑顔の奥にある、狂気をーー。


「あっ……アダム!?」


 そう名を呼んだ私に、微笑んだ彼は、一度命の取り合いをしたにも関わらず、まるで警戒心をもっていない。

 この人は……あの、優しかったアイリちゃんを壊した人だ。

 私の思いを受け入れ、全ての人造人間を助けるように動いてくれた先輩が、前に言っていた。


『いいか? もし、次にアダムとかいうクソ野郎と会った時は、俺を止めたりするなよ……あいつだけは、お前の優しさを絶対に与えるな。あいつはーー存在しているだけで、人造人間も人間も、両方とも壊す存在だ』


 だから、見つけしだいーー。

 壊す!

 あの、鋭い先輩の瞳を思い出した私は、すぐさま自身の腰へと手をかけるーーが。

 っ!?

 そうだった。

 今日は、見廻りじゃない。ただの、散歩に出てきていたんだった!

 刀をーー持ってきていない。

 どっ、どうしょう……。

 この目の前にいるアダムは、よくわからないけどーー人造人間を自分の思い通りに操作することができる。

 そして、ここは、人が集まる公園。

 こんな所で、多くの人造人間を暴走などさせられたら、被害がすごいことになってしまう。

 ーーそうだ!

 他の人に、連絡を!

 そう判断した私は、急いで自分のポッケへと手を入れるが、その手をアダムが掴んでくる。


「それは、やめておいた方がいい。今日は、イブと話をしにきただけだからね……変なことをされてしまうとーー僕もゴミ虫達を、潰さなければならなくなってしまう」


 それは、君も望まないだろう?

 そう、私の耳元で告げてきたアダムは、戸惑った様子の356番さんへと笑顔を向ける。


「すいません。実は、彼女とは、古い友人でして……少し、二人っきりで話したいので、席を外してもらってもいいですか?」

「えっ。あぁ……別に、かまいませんけど……」

「ありがとうございます。……それでは、一緒についてきてくれるかな? 僕のイブ」


 そう言ってきたアダムの顔は、とても嬉しそうにしておりーー。

 私には、とうぜん拒否権などなかった……。








「あの……どこまで行くんですか?」

「うん? もう少しさ」


 もう少しって……。

 このやり取り、すでに五回はしている。

 どうやらアダムは、私に見てほしいものがあるらしいのだけれど……いったい、いつになったら目的につくのか。

 というよりも、このまま殺されたり……。

 などという考えが、先からずっとグルグル頭の中で回っているが、前を歩くアダムは、常に笑顔で、危険がないようにも見える。

 ……もし、ここに先輩が居てくれたら。


「ほら。ついたよ。ここさ」


 と、先輩のことを思い浮かべていると、どうやら目的地についたらしく、アダムが立ち止まる。

 そこは……どうやら工場のようなのだが、不思議なことに人の気配が一切していない。

 なのに、稼働はしているらしく、小さな音であるが、何やら金属音が響いてくる。


「……ここですか?」

「そうだよ?」

「……」

「あははっ。警戒しなくても、何もしないさ。言っただろう? 見てほしい物があるって」

「信じられません。あなたは、アイリちゃんをーー」

「あぁ、そうだね。優しいイブが、僕に怒るのもわかる。しかしーーあれは、僕にとっても苦肉の策だったのさ。僕には、どうしても生きなければならない理由があるんだよ。それが、ここにある」


 そう言うと、先ほどまで常にうかべていた笑みを消したアダムは、堂々と正面から門を潜ると、私へと手招きしてくる。

 ここに入ってしまえば、きっと逃げるタイミングがなくなる。

 ……どうしょう。

 

「ふむ。別に、ここで帰っても構わないけど……必ず君は、後悔するよ? ここにあるのが、僕達と人間を争わせている理由だからね」


 と、私の表情で察したのか、アダムがそう言ってくる。

 争わせている理由?


「それは、私達人間が、きちんと人造人間の人達を一人の人間として見ていないから、争いがおきているんですよね? そんなの、ここに来なくても嫌ってほど理解しています!」

「ふふっ。その言葉に、どれほどの重みがあるのか……イブは、きちんと理解していないよね? だからこそ、見る必要があるのさ。人間達の方ばかり見ているから、偏った考え方になってしまう。本当に、僕達を救いたいと思うのならーーきちんと、公平に物事を見るべきだ」


 公平に?

 と、私が疑問に思っていると、言うべきことは、言ったというように、工場の奥へと進んでいってしまうアダム。

 ……うまく、乗せられているのかな?

 でもーーたしかに、そうかもしれない。

 私は、結局私側からしか、人造人間の人達を見ていない。

 アダムのいうように……人造人間さん達の方から見てみないと……。


「公平……じゃない……か」


 うん!

 もし、罠だったとしても、私が苦しい思いをするだけで済むんだ。

 むしろ、ここで先輩に報告なんてしたら、これから大切な任務があるというのに、余計な神経を使わせてしまうかもしれない。

 なら、私一人でやってみせる!

 そう決意を固めた私は、アダムの後を急いで追いかける。

 すると、足音で私が来たことがわかったのかーーアダムが前を向きつつ「賢明な判断だよ。僕のイブ」と、クチにしてくる。

 僕のイブ……て。


「あの。その、イブ? ていうの、やめてくれませんか? 私、あなたのことそんなに深く知らないし……それに、それをあなたから言われると、なんかこうーー」


 モヤモヤする。

 と本当は、言いたかったのだがーーそれを言ったら、もしかしたら目の前のアダムが襲ってくるかもしれないと思うと、どうしても言えなかった。

 なので、とにかく当たり障りのないように「とにかく、おかしな気分になるので、やめてください」と伝えてみるがーー。


「それは、難しいな。創世記から、運命的に交わる男女は、そう呼ぶのが常識だろう? 僕は、アダムーー始まりの男だから、アダムなのさ。であるならば、同じ始まりの君は、とうぜんイブになるのだろう? だから、それ以外に君を呼ぶことはできない」


 ふぇ?

 なっ、なんの話?

 創世記って……。

 と、急に難しいことを言ってきたアダムに、私が混乱してしまうとーー何やら、ガラス張りの部屋へと入ったアダムが、やっと足を止めて、私の方へと振り返る。


「さぁーーついたよイブ。ここが、君に見てほしかった所だ」

「? ここってーー」


 と、おそるおそる部屋へと入った私は、驚愕に、息を止めてしまう。

 ガラス張りの向こうーーそこには、まるで地獄とも言える状況があった。

 複数の手。

 壊れた足達。

 そして……それ以上に積まれている、機械の頭と身体。

 こっ、これって!


「ここは、不要になった人造人間を廃棄する工場さ。世界には、こんな場所が、数百ほど存在している……見えるだろうイブ。あの僕らよりも遥かに高い山は、全て僕達さ」

「そっ、そんな! なんで、こんなにたくさん……」


 そうだ。

 こんな数ーーいくらなんでもおかしい。

 だって、いくら人類が少なくなったと言っても、まだそこまで少なくなったわけではないはず。

 なのに……ここにある人造人間達の数は、軽く三桁をいっていても、おかしくない。


「僕達は、アップデートによって進化するからさ……不要になった旧型や、不具合がでた物は、こうして瓦礫の山の一部になるのさ。本当に、人間とかいう種族は、勝手だよね。自分に利がないと、こうしてすぐに捨ててしまえる」


 そう言ったアダムは、部屋の中に置かれている一つの赤いボタンを手に取ると、微笑みながらそれを押す。

 すると、何やら機械が動くような地響きと共に、山のようにあった人造人間達が、少しずつではあるけれどーー減り始める。

 えっ!?

 

「なっ、なにをしたの!?」

「なにってーーあの子達で見えないかもしれないけれど、この真下には、焼却炉があるんだよ。その開閉口を、開いただけさ」


 なっ!?

 それって、つまりーーこの人達を、燃やしているってこと!?


「だっ、ダメ!!」


 アダムのしたことが、どうしても許せなかった私は、急いでボタンを取り上げようと手を伸ばすが、その手を寸前でアダムに掴まれてしまう。


「なぜだいイブ? 彼らは、人間が不要と判断しただよ? それを止めようとするなんて、おかしなことじゃないか。君は、人間側にいるんだろう?」

「ちっ、違う! あの人達も、なんです! それを、そんな酷いやり方で、消そうとしないで!!」

「いいや、違うさイブ。さ。そろそろ、気がついたらどうだい?」


 気づく?

 何をーー言っているの?

 ニヤリと、不気味に口角をあげたアダムの顔に、私は、急に痛みだした胸を抑える。

 いっ、痛い。

 なに? なんなの、この痛さ?


「僕達の出会いには、いつも邪魔な男がいるよね、イブ。も……そして、やっとも。だから僕は、学習したんだよ」


 何を……。

 先から、何を言っているの?

 ガラガラと音をたてつつ減っていく山が、まるで私の何かを壊すかのような音へと、変わっていく錯覚がする。


「君は、まだ幼いから自覚していないんだろう。片鱗は、既に現れていたんだよ。君が、人造人間に対して、強制力を発動したことでね」


 っ!?

 ダメだ。

 なんでかわからないけど、これ以上アダムの言葉を聞いちゃいけない!

 ズキズキと、痛む胸を抑えつつ、私が後ろへと下がるが、まるで逃がさないとばかりに、詰め寄ってくるアダム。


「さぁ、僕のイブ。そろそろ、目覚める時間だよ。なに、心配はいらない。君の近くにいた邪魔者は、の相手で、手一杯だからね。ゆっくり、思い出してくれればいい」


 そう言いつつ、私へと手を伸ばしてくるアダム。

 あっ……。

 これって、きっとすぐに先輩に謝りに行かなかった私への、罰だよね……。 

 でも、どうしょう……。

 

 そんなことを思いつつ私は、自然と意識を失ってしまうのだった。 

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