第12話 任務のため
「集合!」
珍しく一番隊士のほとんどが、訓練場で打ち合い稽古をしている中、無表情なアヤメと共に入った俺は、とりあえず大声でそう呼び掛ける。
すると、さすがはエリート集団達。
俺の呼びかけに対して、即座に反応をすると、何も言わずとも綺麗に五列の隊列を作り、示し会わせたかのように背筋を伸ばす。
まぁ。俺の教えがいいからなんだけどな。
隣にいるこいつは、ただ時々部下をしごきにくるだけだし。
と、思いつつチラ見してみれば、まるで興味がないかのように、口元を抑えつつあくびをするアヤメ。
……最低だな。
「よし。とりあえず、全員鍛練ご苦労。日々日々の積み重ねが、きっとお前らを強くするだろう」
「はい!」
「でだ。そんなお前らに、今日は、任務を言い渡す。隊長、お願いします」
「うん?」
いや、うん? じゃねぇよ。
お前から伝えるのが、常識だろうが。
と言いたい気持ちをぐっと抑えた俺は、とりあえず舌打ちを一度して、一歩後ろへとさがる。
その行動に対して「あぁ。そういうこと」と、実にめんどくさそうにため息をついたアヤメは、一歩前へと出るとーー。
「護衛任務をするわ。これは、副長から一番隊に対して、直々に依頼された任務よ。私達一番隊に失敗の二文字はない。死ぬ気で任務を遂行しなさい」
「ハッ!!」
「では、詳しい内容を成瀬副隊長お願いします」
おい!
何をさがってんだクソ女! 内容も全部お前が伝えろよ!!
お願いしますと伝えた後、すぐさま俺を睨みつつ、顎で前に出るように伝えてくるアヤメに、軽く握り拳を震わせた俺は、今さらこいつに怒っても仕方がないことなので、息と共に怒りを外へとはき出す。
「わかりました。では、これより任務の概要を伝える」
はぁ~。
普通の隊長なら、こんな気苦労もしないんだろうな。
「上野は、D班に。以上、解散!」
と、全員への当日の配置場所を伝えると、ゾロゾロ散っていく隊士達。
さて。
「おい、アヤメ。テメー」
「あの、先輩!」
あん?
て、誰かと思えば、ミクかよ。
「……何だ?」
「あの、えっと、そのーー」
と、大きな声を出して近づいてきた割には、何やらモジモジしだすミク。
ーーあぁ。言いたいことはわかる。
おそらく、自分にだけ指示がなかったことをききにきたのだろう。
「……よくわからんが、何もないのなら、話している時間がおしい。先も説明したと思うが、サミットまで残り二週間もねぇんだ。悪いが、重要な要件じゃねぇのなら、後にしてくれ」
「あっ! あの。その、当日のわっ、私の配置場所はーー」
……チィ。
「そうか。全員に伝えたつもりになっていたが、すっかり、お前への指示を忘れていたな」
と、次の言葉をしっかり伝える為に、ミクの瞳を見据えた俺はーー。
「お前は、当日待機だ。ここで訓練してもいいし、休暇を満喫してもかまわねぇ。好きに過ごせ」
「……えっ?」
……そんなこと、予想もしていなかった。
そんな様子で、動きを止めたミクを無視した俺は、すぐにアヤメの肩へと手を置く。
「テメー。さっきの説明だが、普通なら隊長のお前がするところだろうが」
「? どうしてかしら? 私より、ユウの方が適任でしょ?」
「事前に、そう取り決めしただろうーー」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
と、俺とアヤメの間に割り込むように、ミクが小さい身体をねじ込んでくる。
「あっ? なんだ?」
「なんだ? って。私だけ待機って、どういうことですか!?」
ぐっ。
「ほら。くいついてきた。私は、知らないわよ」
と言いつつ、ポニーテールを手ではらったアヤメは、腕を組むや、我関せずとばかりに壁に背をつける。
「どういうことも、こういうこともねぇよ。待機は、待機だ」
「どうして、待機なんですか!」
なんだ?
ずいぶんと、くいついてくるな。
いつものこいつなら、俺の命令とわかれば、そこまで気にしないのに……。
「どうしても、こうしてもねぇよ。今回は、何がおきるかわからねぇ。つまりは、危険度が高いってことだ。半人前のお前は、まず、この期間に基本にたちかえって」
「ーーつまり、足手まといってことですか?」
あぁ?
なんで、そうなるーー。
「足手まといなら、そうだって、言ってくれればいいじゃないですか!」
バッ。
と、顔をあげたミクは、なにやら身体を小刻みに震わせつつ、潤んだ瞳で、俺のことを見上げてくる。
「どうして、そんな中途半端な言葉で納得させようとするんですか! 先輩は、優しさが人を傷つけることを知らないんですか!!」
「おっ、おい。ちょっと、おちつ」
「先輩は!」
と、あまりの感情の発露に、俺が慌てて落ち着かせようと、肩へと手を伸ばすが、その手を強くはじかれてしまう。
「先輩は、強いからわからないんですよ。弱い人の気持ちが……」
……きっと、こいつなりに混乱しつつも、伝えたいことを俺へと言ったのだろう。
だが、その一言が、俺の冷静さをふき飛ばしてしまった。
「……そうかよ。なら、言ってやる」
ビクッ。と、僅かにミクの身体が震える。
きっと、今俺は、怒りに任せた酷い顔をしているのだろう。
だが、その感情を抑えることができねぇ。
なぜなら、こいつの言ったことはーー。
俺が、一番言われたくなかった言葉だからだ。
「足手まといだ。だから、テメェは、好きに遊んでろ」
と、強く突き放してしまう。
「ッ!!」
ジワリと、瞳から雫を流したミクは、強く唇を噛み締めると、その場から勢いよく飛び出していく。
……チィ。
やっちまったか。
そう思いは、したもののーーすでに、ミクは走り去ってしまっているので、何もできない。
それに、失敗のできない任務をこれからするのだ。
作戦をたてる時間も、隊士達の練度もみる必要がある。
正直、ミクにかまっている余裕などーー。
「……見るに耐えない顔つきね。自己嫌悪するくらいなら、あんなこと言わなければよかったのに」
と、俺が考え込んでいると、壁に背をあずけていたアヤメが、やれやれというようにため息をついて言ってくる。
「……ケンカ売ってんのか? 第一、テメェがもっと隊長らしく仕事をこなしてくれれば、あんなことになってねぇんだよ」
「自己嫌悪の次は、責任転嫁かしら? まぁ。私からすれば、邪魔な泥棒猫が勝手に消えてくれたから、結果オーライだけどね?」
あー。スッキリした。
と、クスクス意地悪そうに笑ったアヤメは、一度その場で背伸びすると、ヒラヒラ手を振って去っていく。
くそが。何が結果オーライだ。
「何もよくねぇよ。くそが」
それからというものーー自室に戻ったら、冷静にミクと話そうと思ったのだが、まさかの帰ってこず。
なので、探しに行こうとするとーー。
「行く必要ないわ。所詮、子どものだだっ子よ。そうやってユウが甘やかすから、つけあがるのよ」
というアヤメの睨みつけによって、探しに行けず。
なおかつ、合同任務のこともあってか、すれ違いの生活が続いてしまいーー。
あっという間に、合同任務の日をむかえてしまった。
「お疲れ様です。成瀬さん。本日は、お願いしますね」
「武田隊長。こちらこそ、お願いします」
いつもと変わらず、にっこりと微笑みつつ現れた武田隊長は、不思議そうに首を傾げると、俺の顔をじろじろ観察しーー。
「何かありましたか? いつもの成瀬さんとは、少し雰囲気が違う気がします」
と、言いにくそうに言ってくる。
まさか、俺の胸のつっかかりに気がついたのか?
だが、それほど武田隊長とは、親しくしてないのだがーー。
……いや。もしかしたら、医療に関わっているからこそ、わかるのか。
「えぇ。少し、うまくいかないことがありましてーーですが、特に問題ありません。任務には、支障がない程度ですから」
「……そうですか。まぁ、成瀬さんがそう言うのなら、大丈夫ですね。すいません。余計なことを……光和組の中では、精神を壊す人も少なくないので。つい、いらないことを」
「いえ。むしろ、助かりました。武田隊長に気づかれるくらい、わかりやすかったということですよね? それなら、あの人も気づきかねませんから」
本当、会社のトップに立つ人とかは、見る目がありすぎるから、考えものだ。
そういう意味を込めて、俺が答えると、意味を察してくれたのか、苦笑いしつつ、姿勢を正す武田さん。
今、俺らがいるのは、成田空港の入国審査室である。
何故かというと、もちろんこれから来る沖田ユリさんの護衛の為だ。
本来なら、プライベート機で降りてきたタイミングで、合流したかったのだが、向こうから「他の方々に、奇妙な目でみられたくない」と言われてしまった為、こんな中途半端な場所からの合流になってしまった。
「お母様が、もうすぐ来るわ。まったく、あの人ときたら、わがままなことを」
「あっ。お疲れ様です、沖田隊長」
いや。わがままなのは、お前もだからな?
と喉まででかかったものの、ここで言えば、必ずケンカに発展するため、鼻を鳴らすだけで抑えておく。
というよりーー。
「おい。お前がいると、面倒なことになるだろうが。とっとと、持ち場に戻れ」
「……何よ。小動物がいなくなって、迷子になっているから、元気づけてあげようと思ったのに。ずいぶんな言いようね?」
はぁ?
「誰が迷子だ? くだらねぇこと言う暇があるなら、他の隊士達の様子でも見てこいや。何のために、日頃から恐れられているんだお前? 今こそ、引き締めるために必要だろうが」
「好きで恐れられていないわよ。だいたい、どいつもこいつも、自分の力不足を棚にあげすぎなのよ。弱いから、恐れるんじゃない」
いや。お前の基準点が高すぎるんだよ。
と、俺が口をへの字にしていると、キョロキョロしつつ、ことの成りゆきを見ていた武田さんが、苦笑いを浮かべる。
「まっ、まぁまぁ。その辺にしましょうよ。そろそろ、対象が来られると思いますし」
「それもそうね。じゃ、下手をうたないようにね。ユウ」
へいへい。
たく、一言余計なんだよ。
そこは、頑張れとか言えないのかね?
などと、出ていったアヤメへの不満を溜めていると、割りとすぐに扉が開かれる。
「お待たせ。成瀬副隊長に、武田隊長。沖田さんを連れてきたわ」
にっこりと、任務ということもあり、光和組の服に身を包んだサエコさんが言うと、無言でその隣へと、歩み出てくる沖田ユリさん。
「……初めまして。天童コーポレーション代表取締役の、
一度、俺と武田さんを爪先から頭まで流し見したユリさんは、長い黒髪を耳へとかけると、綺麗に一礼してくる。
……視線があった時に、少し目を細めたのは、きっと見間違いじゃないな。
なんで、よりによって、お前なんだと言いたいのだろう。
てか、久しぶりに直接見たが、本当にアヤメにそっくりだよなーーこの人。
まぁ、親子なのだから当然なのだが……特にあの目よ。
鋭い視線なんて、あいつにくそ、そっっくり!
これから、あれに1日近くさらさせると思うと、気が滅入るぜ。
あー。嫌だ嫌だ。
「ご丁寧に、ありがとうございます。直接の護衛を勤めさせていただく、六番隊隊長武田チユと言います。そして、こちらがーー」
「一番隊副隊長の成瀬優です。最善を尽くして、護らせてもらいます」
と、武田さんからパスがあった為、そう言いつつ名乗ると、あからさまに大きなため息をつくユリさん。
「まさか、君が直接の護衛役とはね。アヤメの差し金かしら?」
「いえ。最善の策を練り上げた結果です」
「あらそう。失礼を承知で言いますけど、それならば、隊長二名がつくのが、最善なのではないかしら?」
ハッ!
まったく、失礼と思っていないだろう。その顔。
と、嫌み満点の言い方をしてきたユリさんに、怒りを抑えつつ、説明しようとすると、隣に立っていた副長が一歩前へと進み出てくる。
「たしかに、おっしゃる通りなのですがーーあいにくと、一番隊隊長は、娘様ですので。こと、護衛をするということに関しては、本来の実力を発揮できない可能性があります。ですので、今回は、娘様と実力が
「……そうですか。でしたら、娘は、実力に波があるということですね? ぜひ、即刻クビにしていただけると、こちらとしても助かります。そちらとしても、協調性の欠片もない生意気な女がいつまでもいると、迷惑でしょう?」
力不足ってーー。
まぁ、後半はまさしくその通りなのだが、あいつの実力は、光和組でも上から数えた方が早いくらいだ。
手放す訳がない。
というか、やはりーー何がなんでも辞めさせたいのか。
まったく。それなら、本心のまま、娘が危険に晒されるのに耐えられないから、すぐさま辞めさせてくれと言われた方が、まだ、納得がいくというものだ。
やれやれ。これだから、この親子はめんどくさい。
「申し訳ありませんが、それは、娘様が決めることです。私からは、何とも言えません」
「……でしょうね。大変、申し訳ありませんでした。無駄な時間を使ってしまいましたね。護衛の役には、不満はありません。どうぞ、よろしくお願いします」
「はい。でしたら、武田隊長。車までご案内を……成瀬副隊長は、少しこちらへ」
「はい! では、こちらです」
と、サエコさんの指示で、ユリさんを案内する武田さんを尻目に、手招きで呼ばれた為、俺が近づくとーー。
「ねぇ、ユウくん……あの親子は、二人揃って、クソなのか? 娘がなめ腐っているかと思えば、母親もか?」
と、ドスのきいた声で言ってくる。
うっ、うわぁ……。
最悪。あまりのイラつきで、素のサエコさんになっていやがる。
勘弁してくれよーーこの状態のサエコさんは、すぐに手が出てくるんだぞ?
「えぇ。親子揃って、俺に迷惑かけてくるみたいです」
「はぁ? お前がどうなろうと、どうでもいいが……ヘタなことをさせるなよ。あれは、理屈が通ってない言葉は、聞かないタイプだ。へまして、何かあってみろ。足元から切り崩されるぞ」
「はい。重々承知しています」
「チィ。本当にわかってんだろうな? 武田は、実力はあるが、若干抜けているところがあるし、俺は、もしもの時の為に徒歩で追いかけるから、何も手助けができねぇ。つまり、お前がその都度の状況をみて、動くしかないってことだぞ」
うっ……。
改めて言われると、俺の責任重くないか?
つまりは、俺の判断がミスれば、怒られるってことだろう?
……帰りたい。
「それじゃ、任したからな」
と、すっかり怒りが爆発したことで、素の状態になったサエコさんに、胸を軽く小突かれるのだった。
成田空港から、高速道路で鎌倉へと向かっている間にも、ユリさんは、ずっと後部座席でパソコンを打ち続けていたこともあって、車内は、一切の会話がない。
初めこそ、武田さんが話しかけたりもしたが、ユリさんの淡白な返答に、さすがに話題を振ることもやめてしまった。
ボディーガードをするのなら、ある程度の信頼関係も必要なのだが……ユリさんにそれを求めても、やはり無理か。
まぁ。唯一の救いとしては、仕事人間であるからこそ、こちらの仕事の邪魔をしないところか。
などと、助席に座りつつルームミラーで確認していると、後方の車に違和感をおぼえる。
あのトラック……ずいぶんと長い間、後ろにはりついていやがる。
成田近くから後ろにいるが、追い抜きもしないのは、少しおかしいな。
「武田隊長」
「はい?」
「後方のトラック。注意してください」
と、俺が振り向きつつ言うと、ちょうどそのタイミングで、トラックが追い抜き車線へと動き、隣へと移動してくる。
そして、ゆっくりと開かれる荷台ーー。
「チィ! 伏せろ!!」
中に収納されていた物ーーマシンガンを一瞬で確認した俺は、すぐさま声をはりあげると、武田さんが、ユリさんへと覆い被さるように伏せさせるのを横目に、頭をすぐに下げる
バリバリバリバリ!
耳をつんざくのような音が響きわたると同時に、車体が大きく揺れだす。
護衛任務ということもあって、今回は、完全な防弾車にしていたからマシなもののーーこれじゃ、いずれ蜂の巣になるぞ!
「急停止と共に、車体をトラックの後ろにくっつけろ!!」
「はっ、はいぃい!!」
今回の運転手には、一番隊の中でも優れた運転技術を持つ者を選出していた為、すぐに俺の指示に従うと、急停止と同時に、トラックの後方へと車をつけてくれる。
それにしてもーーくそが。
いったい、どこの誰だ?
「ちょっと! 急に何!?」
「すいません、襲撃です。副長ーーは、無理か」
謎の襲撃者を倒す為、外にいる副長達に頼もうとしたがーーあいにくと、ここは高速道路。
副長は徒歩で追いかけるといっていたので、おそらく助太刀には、来られないだろう。
かといって、他の隊士に任せるには、トラックへの乗り移りと、狭い場所での戦闘技術が求められるということもあり、おそらく無理だ。
そうなると、アヤメが一番の候補にあがるのだがーー。
「あいつは、やりすぎるからな。仕方ない、俺がーー」
「では、私がいきますね?」
はい?
と思いつつ、俺が後ろを振り返ると、すでに車内の窓を開けていた武田さんが、場違いなほど柔らかな笑みを浮かべつつ、乗り出してしまう。
ちょっ!?
「たっ、武田隊長!?」
「任せてくださ~い。車体を、真横にお願いしまーす」
いや! なんで、そんな軽いノリ!?
時速五十キロ以上出ているんだぞ!!
と思いつつ、車内から消えようとする武田さんの足を掴もうとするが、短いスカートということも忘れているのかーーまるで体操選手のように、車体の淵で軽やかな倒立をおこなうと、車体の天井へと移ってしまう。
まっ、マジかよ。
まったく、躊躇いもせずにいっちまった。
少しくらい、恐怖とかないのか?
「どっ、どうしますか?」
「チィ! 仕方ねぇ。車体を横につけろ。あと、ユリさんは、頭を低くしたままでお願いします」
本当なら、俺が乗り移って制圧している間に、武田さんにユリさんを護ってもらいたかったんだが……。
まぁ。過ぎたことは、仕方ないと、自分に言い聞かせた俺は、すぐさまシートベルトを外すと、ユリさんの隣へと移動する。
「いったい、どこの誰よ? こんな野蛮なこと」
「さぁ。すいませんけど、口を閉じててください。舌を噛みますよ」
と、軽く忠告した俺は、刀を抜きつつ、集中する。
ここからは、弾丸が飛んできたら、俺が切り落とさないとならない。
いくら、防弾用といっても、無敵じゃないからな。
コン、コン。という、軽い音が天井から聞こえてきた為、ルームミラーでもって、運転手へと、俺が頷きでもって合図する。
その合図でもって、追い越し車線から抜けた俺らは、トラックへと並走する為、一気に加速する。
後方から出てきたこともあって、こちらへと再度銃口が向けられるが、それをまったく恐れることなく、荷台に向かって飛ぶ武田さん。
当然、そんな敵を乗せる訳がないので、俺らに向けられていた銃口が、武田さんにむかって火を噴くーーが。
空中で、抜刀と同時に一回転すると、まるで、武田さんの目の前に壁があるかのように、数多の火花が飛び散る。
「っ!?」
あれはーーまさか、風流剣か!
ダン! という車内でも聞こえるほどの着地音共に、まるで踊るように相手の隙間を縫っていく武田さん。
そして、まるで野菜のように綺麗に細切れになる銃器。
ハッ!
「本当。嫌になるくらい隊長クラスは、化け物だな」
あれで、後方支援の隊長かよ。
刀を満足に振るうことすら、難しそうなあの空間で、武装だけを破壊するなんてーー。
俺の火炎剣なら、相手の腕ごと斬りかねないというのに。
「……あれが、魔導兵装……」
ボソリと、そう隣で呟いたユリさんは、まるで、脳内に記憶しないといけないとばかりに、くいぎみに身を乗り出してくる。
「なっ! 何しているんですか! 危険ですから、さがって!!」
「危険? もはや、危険な状況なんて、過ぎ去っているでしょう。見てみなさいあの、人造人間達。武装を破壊されたからか、システム的に彼女を脅威と判断したのかーーいずれにしろ、こちらに注意を向けていないわ」
それは、そうだがーー。
うん? 人造人間達?
「何故、人造人間と言い切れるんです?」
「見ただけでわかるわよ。タイプは、バラバラだけれどーーいずれも、人造人間よ。間接の可動域や挙動。統一された動きから、すぐに察することができるわ。それにしても、暴走した人造人間……サンプルとして、欲しいところね」
可動域? 挙動?
そんな小さいことで、よく断言できるな。
さすがは、人造人間の生産をおこなっている会社というところか。
と、さすがの観察眼に、俺が感心してしまっていると、突然スライドドアを開けるユリさん。
はぁ!?
「ちょっ!」
「武田さん! 全てを破壊せず、一体だけ無力化してちょうだい!!」
「はい?」
なっ、何言っていやがる!!
頭がおかしいのかよ!!
「バカなことを言うな! 暴走した人造人間を無力化なんて、この状況で出きるわけねぇだろ!!」
「いいえ。私の身よりも、優先してもらうわ。暴走した人造人間は、あなた達永世光和組が真っ先に始末してしまうせいで、ただでさえ、サンプルが足りないのよ。これは、千載一遇のチャンス。何としても、無力化してもらうわ」
この!
あんたは、それでいいかもしれないが、こっちに被害がでたら、たまったもんじゃねぇんだよ!!
「よくわかりませんが、一体だけでいいんですね?」
あまりの状況のよめてなさに、俺が頭に血を上らせていると、トラックの荷台で刀を構えていた武田さんが、不思議そうに小首を傾げつつ言ってくる。
「可能なら、多い方がいいわ」
「武田隊長! 無視していいです! 優先すべきは、己の命とーー」
「任せてください!」
と、俺が言い終わる前に、刀を鞘へと入れた武田さんはーー。
「一式。
そう言うや、小さくその場で飛び上がると、力強く抜刀する。
その距離。行動からして、まったくの素振りのように見える一連の行動。
しかし、武田さんが操る自然流は、手数の多さで圧倒する風流剣。
その特徴はーー。
「……人造人間の、頭がーー」
と、ユリさんが呟いたように、音にすれば、ズルリッ。というような様子で、八人ほどいた人造人間の頭が、一斉に身体からずれてしまう。
斬撃ーーそれが、風流剣の基本的な力だ。
練度と純度にもよるが……最後尾まで届く斬撃となると、かなりのモノだ。
ゴロゴロと、地面に落ちる人造人間の頭をチラ見した武田さんは、そのまま刀の鋒を地面へと向けるとーー。
「四式。
と、荷台を突きでもって、貫通させるのだった。
「それで? ユウちゃんは、道路を通行止めにした理由を、きちんと報告してくれるのよね?」
「……えぇ、そうですね。そこは、武田隊長が書いてくれると思います」
「えっ!? あっ……はい。善処します」
暴走した人造人間の襲撃から、数十分後ーー。
とりあえず、立ち止まることによる二度目の襲撃を警戒した俺らは、サンプルどうこう言うユリさんを説得しつつ、鎌倉へと無事に入ることに成功し、安全圏に彼女を連れてくることに成功した。
ーーのだが、途中の襲撃車の止め方が、悪かった。
冷静に考えれば、運転手を無力化するなりして、被害を最小限にする方法があったはずなのだが、まさかの武田さんが選んだ方法は、力による強制停止であった。
四式、疾風。その刺突による余波で、車体が浮き上がったトラックは、完全な制御ができずに、防音遮断板へとぶつかることで、その動きを停止。
さらに、隊長クラスの風流剣の力のせいで、地面には、大きな陥没ができてしまうという、まさかの展開。
そんな二つの損傷により、俺らの通ってきた高速道路は、緊急閉鎖となってしまい、今現在進行系で、情報規制やら交通整備やらがおこなわれている。
「チユちゃん。やるにしても、もっと力を抑えるとかあったと思うのだけれど……いったい、何をしているのかしら? 道を直すにも、お金がかかるのよ?」
「ひぃぃ! ごっ、ごめんなさい副長!!」
「ユウちゃんも、あれだけ念をおして言っておいたわよね? チユちゃんは、抜けているところがあるって」
「……返す言葉もありません」
と、にっこり顔であるはずなのに、背後に怒りのオーラが見えるほどのサエコさんの圧力に、俺と武田さんが、揃って頭を下げる。
てか、止められるかっての。
あの時は、武田さん一人で乗り込んでいたんだぞ?
止められるわけがねぇ。
「まぁ。それでも、護衛対象を無傷で送り届けてきたことは、誉めてあげるけどーーあの、ガラクタの山は、なにかしら?」
ガラクタの山?
あぁ。あの、サンプルね。
「えっと……クライエントの、サンプルです。暴走した人造人間のからくりを知るとかなんとか」
「ハァ……私達は、彼女を護ることが仕事なの。彼女の仕事を助けることが、仕事じゃないのだけれど?」
俺に言わないでくれ。
あの人が、うるさく言うものだから、こっちだって仕方なく持ってこさせたんだ。
でなければ、あんな寄り道などーー。
と、またも違う理由で副長に小言を言われていると、そんな副長の後ろから、白い髪の毛を振りつつ、アヤメが近づいてくる。
「お疲れさま。お母様に、コキ使われた気分は、どうかしら?」
「アヤメ? あなた。持ち場は、第三防衛ラインでしょう? どうして、ここに来ているのかしら?」
おいおい。副長の言う通りだぞ。
今回、会談がおこなわれるのは、鎌倉市の鶴岡八幡宮近くのホテルである。
その為俺達は、防衛ラインを三つに分けて、対処に当たることになり、アヤメの持ち場は、第三防衛ラインーー海上方面である。
少なくとも、俺や副長のいるホテル周辺の第一防衛ラインではない。
「散歩しつつ、ユウの様子を見に来たのよ。一応、お母様の厄介さは、私も知っていることだから」
「散歩するんじゃねぇよ。ここについてから、お前の持ち場が本腰いれる場面だろうが」
「暇なのよ。ただ、海を眺めているのと、ユウをいじるのーーどっちが、楽しいと思う? 子どもでもわかることよ」
大事な場所から、動いてはいけない。
ガキでもわかることだぞ?
という意味もこめて、ため息をついてやれば、副長も頭を抱えるように、額に手の平をおしつける。
「アヤメが命令通りに動くとは、思っていなかったけれど……せめて、持ち場から離れるのは、やめてちょうだい? ただでさえ、頭の痛いことが、立て続けにおこっているのに」
「その一つが、武田隊長ということね。ふふっ。可愛い見た目に反して、やることが大胆よね? ねぇ、武田隊長」
「うぅぅ。すいません~」
などと、三者バラバラの感情を現していると、おもむろにホテルの自動ドアが開かれる。
「副長! 沖田ユリさんが、会談にいかれるとのことです」
「了解よ。さて。お説教は、ここまで。ユウちゃんもチユちゃんも、持ち場に戻ってちょうだい……もちろん、アヤメもね」
「はいはい。つまらないわね」
「バカなこと言ってんじゃねぇぞ。会談が始まれば、対象が一気に五人になるんだ。各代表に何かあってみろ? 俺らの首が跳ぶだけじゃ、すまねぇぞ」
はいはい。生真面目ユウの言う通りね。といいつつ、実にやる気がなさそうに歩きだすアヤメ。
あのアホ……なんで、そんなにやる気なくいられるのか、訳がわからねぇ。
ことの重大さがわかってねぇのか、それとも、余裕の現れなのかーー。
いや。絶対に、重大さがわかってねぇな。
「では、成瀬副隊長。私達も行きましょうか」
「えぇ。そうですね」
いや。今は、もう忘れるんだ。
あいつのことを考えていたら、キリがないしな。
と、頭を掻きつつ武田さんの後に続く。
そうして、エレベーターに乗った俺達は、会議の場所である二階の大広間の前につくと、先に待っていた二名の隊士と変わり、入り口を真ん中に、左右に別れて立つ。
「……」
「……」
「……窓からの襲撃とかは、ありませんかね?」
「そこは、一番隊と六番隊の数名ーーあと、副長が見張ってますから、問題ないかと。あるとすれば、正面玄関からの突破が怖いところですがーー」
「そこは、一番隊の精鋭がいますもんね。完璧な防衛ですね」
そう。
今回は、万全に万全を重ねている布陣だ。
建物の中でさえ、死角などない布陣に突撃をかけてくるやつなどいないだろう。
『緊急事態発生!』
そう思っていたのだがーー。
どうやら向こうは、やる気満々らしいな。
切羽詰まった声が、突然インカムに入った為、俺と武田さんが瞬時に警戒を強める。
「どうした?」
『暴走人造人間です! ホテルの地下からーー』
という声を最後に、大きな音がなると、接続が切られてしまう。
ホテルの地下ーーだと?
「武田隊長」
「おかしいですね……このホテルに、地下など」
と、まったく俺と同じ結論に至っていたらしい武田さんも、不思議そうに首を傾げる。
そして、そんな俺と武田さんが視線を合わせていると、突如下の階から響きわたる悲鳴と、足音。
こいつは!
「十や二十じゃーーない!」
絶対に失敗できない任務なのに……迫ってくる敵は、数の暴力を振るおうとしてきていた。
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