第11話 合同任務

 宇都宮病院から、少し離れたある寺ーー。

 そこには、一際大きな墓石が、誰からでも目立つように作られている。

 誰とも記されていない墓石ではあるが、大きく一文字ーー光とのみ記されているそれは、永世光和組で、散っていった仲間達の弔いの場だ。


「あっ……たくさんの、名前が書かれている。近づかないと、わからないくらいに小さいけど……」

「遺品などがある場合は、家族や身内の人に送られるがーーそれがない場合もあるからな。そういう人達を、せめて残った俺らが祈れるようにって、こうして作ったわけだ」


 静かに墓石に刻まれた名前を読んでいたらしいミクが、ボソリと呟いた言葉に、俺が勝手に拾ってそう説明すると、悲しそうに顔を曇らせるミク。

 お寺の住職さんから貰った花束と共に、水を持ちつつ墓石へとつくと、胸の前で両手を握るミク。


「私ーー頑張りますね。もっと、もっと頑張ります!」

「ふっ。そうかよ。だが、あまり急ぎ足になるなよ? 人には、成長速度ってのがあるんだからな」


 と、肩に力が入りすぎているミクへと伝えた俺は、無言で花束を渡してやると、意味を汲みとってくれたらしく、せっせと墓へと添えてくれる。

 その間に俺は、持ってきた水を供えてあるコップへと継ぎ足しつつ、ミクが花を添えてくれている間に、新しく掘られた名前の元へと向かう。

 坂田に、上田。それに志島……か。

 また、俺の知っている名前が記されちまった。

 これも全て、俺の弱さゆえだ。

 もっと……もっと、教えることができたはずだ。

 生きる方法も、刀を振る方法も。

 せめて、アヤメくらいの強さがあればーー。

 と、自然に掘られた名前を手でなぞっていると、後ろにミクの気配がした為、平静を装って立ち上がる。


「おう。終わったか? ご苦労さん」

「……先輩。あのーー」

「この人だ」


 と、ミクが言おうとしていることが、何となく俺をいたわる言葉なような気がしたこともあり、俺は、すぐさま話をそらしにかかる。

 何故なら、いたわってもらうほど、俺は、何もできてはない。

 だからこそ、我ながら情けない話ではあると思うがーーそれが、せめてもの自分への罰だと思いたい。


「この人?」

「あぁ。南さんっていってな。二年くらい前に、殉職してしまったがーー永世光和組で、総長を勤めていた人だ」


 と説明すると、不思議そうに首を傾げるミク。


「総長ですか? あれ? でも、永世光和組には、局長と副長。その下には、各隊長しかいなかったと思うんですけど」

「へー。意外と勉強してるじゃねぇか。現在は、その通りだ。ただ、二年前までは、各隊長を束ねる総長って席があったんだよ」

「あったってことはーー今は、ないんですか?」


 そう。

 今は、その席はなくなっている。

 というよりも、誰も座ることができないのだ。

 それほど、南さんという人は、偉大な人だった。


「そうだ。南さんは、副長よりも先に光和組に入隊しててな。勤続年数でいえば、局長と同じくらいだったはずだ」

「ほへー」


 ほへーって。

 こいつ、なんてアホ面しているんだが。


「ちなみに、南さんは、自然流を全て扱えていてな。すごく強い人でもあったんだ」

「自然流を? 全て?」

「あぁ」


 今では、そんな人間一人もいないがな。

 と、俺が手を合わせると、ミクも慌てたように手を合わせる。

 志島、上田、坂田。

 今度は、きちんとお前らの仇をとってやる。

 あの、ムカつく人造人間の首を切り捨ててーーな。







「先輩って。本当に、ダメダメですよね」

「あっ? ケンカ売ってんのか? クソガキ」


 墓石で二人揃って祈りをした後、まだ時間に余裕があった為、少しくらいは、宇都宮での楽しい思いででも作らせてやるか。

 と思いつつ、近場の餃子の店へと入れば、すぐにこのセリフである。

 何がダメダメなんだ?


「よりによって、餃子って……」

「うん? あぁ、知らねぇのか。いいか? 宇都宮ってのはな。餃子がうまくて」

「知っています! そういう意味じゃありません!!」

「チィ。またこれかよ」


 意味がわからない、突然の怒り。

 いったい、何がこいつの逆鱗に触れたんだ?

 ここまでくると、取り扱い説明書が欲しいくらいだ。


「今、またこれかよって言いました!? 自分の失敗のせいなのに、私のせいにしましたよね!?」

「はぁ? 俺は、一度も失敗してねぇだろ。今朝から、訳わからねぇことばかり言いやがって」


 身体検査だって、この餃子の店の選択だって、何も間違ってねぇんだよ。

 調べるなら、きちんとした機関がいいに決まっているし、ここの店だってーーついさっき調べたが、口コミで好評かだったはずだ。

 つまり、俺は、一度も失敗をしていない。

 目の前のクソガキが、勝手にキレ散らかしているだけだ。


「くぅ~! もう、いいです!!」


 ふん! と鼻息を荒くつくと、まるで拗ねた子供のようにそっぽを向くミク。

 やれやれ。

 朝は、少し大人になったような印象がしたがーー結局中身は、子供のままだな。


「あのーーご注文は?」

「あっ? あぁ。餃子を二人前でーー」

「いいえ! 十人前でお願いします!!」

「はぁ? お前、十人前って……帰ってから、夕飯食わないつもりか?」

「やけ食いですよ!!」


 やけ食いーーて。

 と、俺とミクの言い合いによって、店員さんが困ったような様子であった為、仕方なく十人前で注文をしておく。


「たく。そんなに、食えるのかよ?」

「食べます。どうせ、この後何もないですし!」

「何もないってーー何だ? もしかして、遊園地でも行きたかったのか?」


 と、まるで拗ねた子供ような態度であった為、それならこっちもとことん子供をあやすようにしてやろうと、わざと遊園地と言ってやればーー。


「べっ、別に期待してませんよ! 遊園地なんて!!」


 と、チラチラ俺の方へと視線を向けつつ言ってくるミク。

 ……もしかして、これは、あれか?

 つまりは、遊園地に行きたかったってことか?

 おいおい。まじでガキじゃねぇか。


「なんだ? まさか、マジで遊園地に行けなかったから拗ねてんのかお前?」

「すっ、拗ねてません! そそそ、それに遊園地なんて、期待してませんよ! えぇ! 全然期待していませんでした!!」


 ……いや、どうみても、その反応は、期待していたろ。

 ふむーー遊園地か。

 朝から身体検査やら、俺の墓参りに付き合ってくれたからな。それくらい、連れていってやってもいいがーー。

 今の時間から行くのは、さすがに無理があるな。

 ……仕方ない。遊園地に近しい遊び場でも、探ってみるか。

 なんなら、広い公園で追いかけっこでもしてやれば、満足するだろーーこいつ、子供だし。

 と、さっそく携帯で調べていると、何やらまた目の前のガキんちょが、イライラしたような雰囲気を出してくる。

 のでーーそれを普通にスルーしつつ、店員さんが運んできた餃子を目の前へと差し出してやれば、これがガツガツ食い始めた。


「おい。少し落ちついて食えよ。別に取ったりしねぇからよ」

「落ちついてます! 先輩は、どうぞ携帯でもなんでも見ててください!!」

「はぁ~。たく、めんどくせぇ奴」


 ふむ……。

 やはり、近場だとあまりないーーか。

 それなら、いっそ神奈川に戻って探してみるか。

 それなら、時間が多少遅くなろうとも、歩いて帰宅できたりするしな。


「あっ。おい、俺の分も残しておけよ」

「……食べるんですか?」

「食べるに決まってんだろ。お前だけが食っていいわけねぇだろが」

「でもーーもう、ほとんど食べちゃいましたけど」


 はぁ!?

 こいつ! そんなスピードで食ってたのかよ!!


「テメェは、掃除機か? 食うのが早すぎなんだよ!」

「なっ!? 取ったりしないって、言ったじゃないですか!!」

「バカ野郎! 限度があるだろうが! 普通、一人前くらい残しておくもんだろうが!!」


 もう、一つしか残ってねぇじゃねぇか!!

 しかも、それも半分だけしかねぇしよ!!


「せっ、先輩が携帯に集中していたから悪いんですよ! そんなに、早く食べてません!!」

「たく。もう、いい。残ったこいつで、勘弁してやる」


 と、せっかく自分で金を払うこともあり、何がなんでも食べたかった俺が、残った半分をすぐさま口へと入れると、あっ! と声をあげるミク。

 はっ! 早い者勝ちだ。


「うん。やっぱり、うまいな。たまには、こっちまで足を伸ばしてみるのも、ありだ」

「かっ、かかか」


 あん?

 かっ?

 と、何やら、ずっと口を動かして止まっているミクに、俺が手を振ってやると、みるみる顔を真っ赤にしながらーー。


「かかか、間接、きききーー」


 関節?

 なんだ? 関節がどうした?


「関節が痛くなったのか? それなら、すぐに病院に戻れば、見て貰えるぞ」

「ちちち、違いますよ!! もう、いいいい、いいです!!」


 はぁ?

 バン! と、強く箸を机へと叩きつけて立ち上がると、まるで風のような速さで外へと飛び出していくミク。

 見間違いでなければ、なんか頬が緩んでいた気がするが?

 やれやれ。怒ったり、嬉しがったり、悲しがったり……コロコロ変わって、大変な奴だな。

 それからというもの、何やらしばらく落ちつきがなかったミクだったが、神奈川へと戻ったタイミングで、俺が遊園地に寄ることを告げると、一気に笑顔へと変わり、逆の意味で落ちつきがなくなった。


「それで、どこの遊園地に行くんですか!?」

「あぁ……まぁ、支部に近いところだな」

「近いところですか? あぁ! もしかして、あそこですかね? 実は、行ってみたかったんですよ! とても、楽しそうな場所でしたから!!」

「そっ、そうか」


 まぁ、俺が思っている所は、桜木町の近くにある遊園地なのだがーーどうやら、こいつも気がついたみたいだし、とっとと行くか。

 そうして、桜木町についた俺は、この前アヤメと食事をしたランドマークタワーの近くにある遊園地ーーコスモワールドへと向かった。

 そして、そこにつくや、怒涛の引っ張られーーというか、興奮しているせいで、俺の精神など気にならないらしい。

 すぐさまメリーゴーランドに乗せられると、次にジェットコースターへと強制的に乗せられ、終わったかと思えば、今度は、中心の棒を機転に、その場を回る空飛ぶ椅子ーーオーシャン・スインガーという奴だーーに乗せられるという、怒涛どとうの展開。

 しかも、ミラーワールドやらお化け屋敷などなど……聞いてみれば、きくほど行きたいところが出てくる始末。

 まっ、マジかよ。

 少し、連れてきたことを後悔してきたぞ。


「あっ! 先輩。あのボートみたいのにも、乗りましょうよ!!」

「ちょ、ちょっと、待て!」


 そうして、既に乗ったアトラクションを数えることすらやめた俺が、次の獲物を見つけたらしいミクに対して、何とか静止の声をあげると、不思議そうに目をパチクリさせてくるミク。

 こっ、こいつは、体力バカか?

 よくも、あんなクラクラする乗り物を連続で乗れるな……。


「どうかしました?」

「ちょっ、ちょっと落ちつけ。スタートから、トップスピードで飛ばしすぎだ。いくらなんでも、キツすぎる!」


 と、近場にベンチがあったので、そこへと何とか腰を落としつつ俺がいうと、何やら腰に手をあてて、頬を膨らませるミク。


「もう、先輩!? 何を、おじいちゃんみたいなこと言っているんですか! いったい、何歳ですか!?」

「いや、テメェの元気があり得ないくらい高いんだよ! 連続でアトラクションに乗りすぎだ!」


 たく。少しは、休憩ってものをさせてくれ。

 言い合いすら、疲れてきたわ。

 と、口を開くことすらやめた俺が、黙って俯いていると、何やら無言で隣へと座ってくるミク。


「……なら、今日はここまでにします」

「あぁ? いや、別にやめろってことじゃねぇよ。少し休憩をだなーー」

「先輩」


 うん?

 なんだか、また落ち込んだような声色だった為、何事かと顔をあげてみるとーー。


「こうして、人造人間とも仲良くなれないんですかね?」


 と、目の前で、きらびやかに動いている機械達を見つめつつ言うミク。

 ……。

 厳しい……ということは、おそらくこいつもわかっていることだろう。

 つまりは、ここでそんな言葉は、望んでいないということだ。


「なれるに決まっているだろうが。何かと思えば、くそくだらねぇこと質問しやがって」

「くだらないって……私は、真剣に」

「昨日も言っただろう? お前が発見した人造人間達の暴走パターンが、きちんと確立されればーーそんな未来は、すぐに訪れるさ」


 その為には、まず現状を何とか維持しないとな。

 この数日間で発見した暴走人造人間達は、直接破壊した奴ら以外、きちんと静かに人間社会に溶けこんでくれている。

 それは、つけた発信器からもわかることだ。

 あとは、そういう奴らを少しでも多く増やしてーーしかるべき機関に調べて貰うだけでいい。

 それで少しは、暴走人造人間の構造もわかるはずだ。


「早く来て欲しいです……そんな未来が。そうすれば、もっと楽しい場所が、多くができると思いますから」

「そうだな。その為にも、多くの人を救う必要がある。だから、遊ぶ時は、おもいっきり遊べ。くだらねぇ考えは、ここで終わりだ」


 よし。

 少しは、体力も戻ったことだしーーそろそろ行く。


「ほれ。まだ、行きたいところがあるんだろ? さっさと行くぞ」

「えっ? もう、いいんですか? さっきまで、おじいちゃんみたいなこと言っていたのに」

「なめるんじゃねぇよ。まだまだ、若いんだよ。それに、辛気クセェ顔して、こんなところに座っていたら、遊園地のマイナス印象になるだろうが」

「だっ、誰が辛気くさいですか!」

「テメェに決まってんだろクソガキ。休日の楽しみ方も知らねぇようじゃ、強くなるのは、まだまだ先だな」


 と、俺が頭を力強く撫でてやれば、べーと、舌をだしてくるミク。


「先輩なんて、すぐに追い抜きますから! ここから私の力は、爆発するんですよ? 知らないんですか?」

「爆発してんのは、お前のテンションだろうが。早くしねぇと、残りのアトラクションが終わるぞ?」

「えぇ!? そんなの嫌ですよ!! まだ、乗りたいの沢山あるんですから!!」


 などと言うと、満面の笑みで立ち上がり、再度俺を引っ張りだすミク。

 やれやれ。

 もう少しだけ、この元気に付き合ってやるとするか。








 永世光和組の本部がある、東京都霞ヶ関駅へとたどり着いた俺は、仏頂面で隣を歩いているアヤメへと、軽く肘を脇腹に入れてやる。


「なによ?」

「なによ? じゃねぇよ。なんだその顔。お前、これから副長に会うんだぞ? 気の抜けた面してたら、ぶっ飛ばされるぞ?」


 いや、比喩でなくマジで。

 という忠告をしてやったのに、実にめんどくさそうなため息をついたアヤメは、光和組の門をくぐりつつ、俺へとジト目を向けてくる。


「わざわざここまで来るのが、めんどくさいのよ。連絡事項なら、電話やらでできるでしょう?」

「お前は、バカか? いや、バカじゃなければ、そんな顔しねぇか。いいか? 合同任務なんて、ほとんどやった事例がない。つまりは、それほど重要度が高いというーー」

「はいはい。ユウの説教ほど、長い話ってないわ。とっとと、終わらせて帰りましょう?」


 この!

 絶対に聞く気がない癖に、何がとっとと帰りましょう? だ!

 絶対、後からきいてくる癖によ!!

 と、俺が拳を震わせて、何とか怒りを我慢していると、ちょうど武田さんもついた所だったのかーー俺らに気がつくと、小さなジャンプをしつつ手を振ってくる。


「あっ、沖田隊長! お久しぶりで~す!」

「はぁ~。あいかわらず愉快そうね、武田隊長。そんな短いスカートで跳ねていると、中身が見えるわよ?」


 ふぇ!?

 と、アヤメの言葉に顔を真っ赤にしながらスカートを抑えた武田さんは、何故か俺のことを上目遣いで見てくる。

 いや、見てないですよ!?


「みっ、見えていませんよ。すいません、隊長が悪ふざけをしてしまい」

「そっ、そうでしたか。あははっ……こちらこそ、本気にしてしまい、すいません」

「まったく。なに、鼻の下を伸ばしているのよ。さっさと行くわよ」


 伸ばしてねぇよ。

 てか、今俺の尻に蹴り入れたろ? お前。

 絶対に許さないからな。

 などと、ふざけたことをしつつスタスタと、先に行ってしまうアヤメへと、ため息をついた俺は、とりあえず武田さんと共に追いかけるのだった。





「あらあら。今日は、珍しい顔が見えるわね? ねぇ、ユウちゃん」

「えっ、えぇ。そうですね」


 という、嫌味たっぷりの言葉によって、六番隊との合同任務についての会議が幕を開けた。

 もちろん。珍しい顔というのは、俺の隣でスラリとした脚を組みつつ、腕も組むという威圧的な態度をしているアヤメのことである。


「はいはい。お久しぶりです。で? どこからの圧力に屈したわけですか?」

「バカ! お前少しは、態度をどうにかしろ!」


 と、俺が小声で注意してやれば、実にめんどくさそうなため息をつくアヤメ。 


「何でかしら? 知らない仲じゃないのだから、別に構わないでしょ?」

「それにしても、限度があるんだよ!!」

「ふふっ。いいわよユウちゃん。アヤメのことだから、心中穏やかじゃないのよ。依頼元が依頼元だけにーーね」

「いや、甘やかしてはこいつの為にーー」

「えっと……すいません。時間も時間ですし、本題に入りませんか?」


 と、サエコさんの柔らかい笑みに、俺が甘やかさないように言っていると、目の前に座っている武田さんが、困った様子で、そう言ってくる。

 うっ。確かに、その通りだな。


「すいません。その通りですね。副長、お願いします」

「えぇ。それでは、概要を伝えるわね。今回、一番隊と六番隊におこなってもらう合同任務は、世界オートマタ会議の為に来日される、沖田ユリさんの護衛及び、サミット会議中の防衛よ」

「沖田ユリさん単独の護衛でしょうか?」


 と、すぐさま武田さんが挙手をしつつ質問すると、静かに頷くサエコさん。


「他の方々は、それぞれ独自に護衛を頼んでいるらしいわ。だから、私達は、沖田ユリさんのみを護ればいいーーといっても、日本でサミットが開かれるのだから、我々がミスをする訳には、いかないわ。だから、余裕があれば、他の代表も護る考えでいてもらうといいわね」


 ふむ。

 今回は、日本で開催されるからな……。

 ここで何か一つでもミスをすれば、他の国々に色々後ろ指をさされることになる。

 ーー改めて、気合いを入れねぇと。


「副長。ちなみに、他の隊が参加することはないんですか? 日本での開催であるなら、他の隊にも参加させた方が、問題事がおきた場合にも、とてもいいと思いますが?」

「もちろん、そうね。でも、他の隊が参加してしまうと、開催地以外が手薄になってしまうわ。それでは、むしろ本末転倒……だからこそ、永世光和組が誇る最強の一番隊と、有事の際にバックアップができる六番隊に任せることにしたの」


 ーーなるほど。

 確かに、その通りだ。

 さすが副長。俺よりも、大きな視野で見ていたわけか。

 と、俺が納得しつつ頷いていると、何やら隣に座っていたアヤメが、おもむろに顎に指を添えつつーー。


「有事の際のバックアップーーね。はたして、六番隊が、一番隊私達についてこられるのかしら?」 


 と、武田さんへと流し目をしつつ言い出す。

 こっ!?


「おい!」

「あー、気を悪くしないでちょうだいね武田隊長。別に、足手まといというわけではないの。ただ、本能というのは面白いものでねーー突発的な出来事がおきた場合、それぞれの経験値によって行動が変わってくるのよ。その点、私達は、常に最前線に立ち続けているという自負があるわ。だからこそ、対処も迅速におこなえる自信があるのだけど……六番隊は、主に治療が専門でしょ? だから、そういう場面になった場合、六番隊の隊士達が、危険に晒されないかと思ってね」


 と、俺が注意しようとしたことがわかっていたのか、目の前へと手の平を向けてきたアヤメは、そう言って武田さんへと鋭い視線を向ける。

 ……こいつ。

 六番隊の隊士を心配する風に言ってはいるがーーこれは、遠回しに俺らの安全のことを言っているな?

 アヤメの言ったように、一番隊の人間であるのなら、ある程度の突発的な出来事には、対処が可能だろう。

 だが……普段、俺らより危険に身を置いていない六番隊の人間が、その事態に対処できるかと言われれば、そこは難しいところだ。

 だからこそ、下手をすると護れる者も、護れなくなる可能性があるだけでなく、最悪の場合、同士を護る為にと、一番隊の人間が危険な目にあってしまう。

 やれやれ。アヤメ奴、誰もが躊躇うであろう聞きにくいことを、即効突っ込みやがって。

 と、さすがの俺も、武田さんがどうでるか気になったので、視線を向けてみるとーー。


「沖田隊長。それなら、ご心配なさらずに。六番隊といえど、私達は、永世光和組に席を置いています。いつ、いかなる場面であったとしても、任務を完遂することを第一に考えています」


 と、満面の笑みで受け答えしてきた。

 これには、正直なところーー少し面をくらってしまった。

 なぜなら、今の武田さんの言葉には、足手まといになるようなことがあったのなら、任務を優先して、切り捨てられる覚悟がある。と言っているようなものだったからだ。

 確かに、俺達は、入隊と同時に人々の為に尽くすと決めている。

 だが、それをこうもあっさりーーしかも、隊士を預かる身の隊長であるにも関わらず、笑顔で言えるなんて。

 ……チィ。少し、自分の価値観を改めないとな。

 一番隊でも六番隊でも、安全や危険だなんて、何も変わらねぇ。

 俺らは、永世光和組である以上、どこにいても危険なんだ。

 と、俺が少し反省しているとーーどうやら、アヤメも武田さんの受け答えに感じるところがあったのか、組んでいた脚を下すと、すぐさま頭を下げる。


「失言だったわね。申し訳ありません、武田隊長」

「いっ、いえいえ! 実際問題、六番隊私達が安全な所にいるのは、変わりありませんから。ですから、永世光和組の刀とも言える一番隊さんには、頼りにさせて貰いますね?」


 と、慌てたように武田さんが言うと、何故か俺の肩を叩いてくるアヤメ。


「だそうよ。しっかり、励みなさい成瀬副隊長」


 あぁ?

 それは、テメェだろうが。連携のレの字も知らねぇくせによぉ。

 と、イラッときた為、なるべく力強くその手を払ってやれば「あらやだ。最近反抗期なのよこの子」と、ふざけたように武田さんへと言うアヤメ。


「こら、アヤメ。ユウちゃんの事が好きなのはわかるけど、からかわないの! まったく。この子ったら、たまに顔を見せたかと思えば、ふざけたことばかりしてーーそろそろ拳骨するわよ?」


 と、握り拳を作りつつ笑顔を向けてきた副長に、俺が青ざめるとーー何故か少し頬を紅くするアヤメ。


「べっ、別に好きとかじゃないわよ。それより、護衛ルートは?」


 と、珍しく早口に捲し立てると、副長がスクリーンへと映像を写してくれる。


「今回の会議は、鎌倉でおこなわれることになりました。その為、空港から鎌倉まで、車道を使っていくわ」

「電車やバスを使わないということですか? 安全面を考えるのならば、電車を使用した方が確実だと思いますけど?」


 と、副長の説明に対して、武田さんが首を傾げつつ言うと、フルフルと顔を横に振る副長。


「たしかに、一昔前の電車とは違い、今のカプセル式の電車ならば、危険は少ないと思うわ。でも、それだと有事の際に護ることも難しくなってしまうの。例えばーー線路上に、何かを仕掛けられたりした時とかね」

「それで車の移動……ね。そうなると、対象と共に乗車する人間も必要よね? それこそ、手練れの人が」


 ふむ。

 手練れというならば、今まさにその提案をしていたアヤメが、真っ先に該当するのだがーー。

 残念なことに、今回の護衛対象者は、アヤメの母親だ。

 基本的に護衛任務をする場合は、親類や顔見知りなど、親しい人を近くに置いてはいけないことになっている。

 というのも、護衛とは、我が身を盾にしなければならないケースが出てきたりするのが普通であり、そこに対象との情が入ってしまうと、どうしても冷静な対応が出来なくなってしまうのだ。

 だからこそ、娘であるアヤメは、真っ先に除外されてしまう。

 ということは、当然この場にいる誰もが承知であった為、アヤメの言葉に、副長が目を閉じつつ、長い間うねり声をあげていたのだがーー。

 パッと、目を開けるや、何故か俺を視てくる。

 えっ?


「アヤメは、当然無理としてーー一番隊で、次に腕のたつ人は、きっとユウちゃんよね?」

「きっと。ではなく、もちろん成瀬副隊長よ」

「であるならば、ユウちゃんに頼むしかないわね?」


 ちょっ! いやいやいや!!


「待ってください副長! 俺もアヤメの母親とは、そのーー面識があります。ですから、他の人でないと」

「でも、そこまで思い入れは、ないわよね? ユウちゃん、嫌われているだろうし」


 うぐっ!?


「えっ? 嫌われているんですか?」


 と、この場で、一人だけ俺の事情を知らない武田さんが、目を丸くしつつ聞いてきた為、不服ではあるが、黙って頷いておく。

 まぁ……嫌われているというよりは、迷惑がられている? に近いか?

 アヤメに、早くこの仕事を辞めてもらいたいあちらからしたら、幼馴染みの俺がいるせいで、アヤメが辞めにくくなっていると、勘違いしていてもおかしくはない。

 だからこそ、迷惑に思われているし、顔を会わせば、嫌そうな顔もしてくる。

 だが、実際自分の娘が、進んでこの仕事をしているのだから、こっちからしても、迷惑な話ではあるんだけどな……。

 と、嫌なことを思い出してしまった俺が、一人で舌打ちをしていると、何やら声をあげる副長。


「でも、あれね……嫌われすぎているのも、考えものだから、やっぱり違う人がいいかしら?」

「いいえ副長。成瀬副隊長でいいと思うわ。あの人なら、公私混同はしないはずです」


 と、副長の言葉に、すぐさま返答したアヤメは、それっきりムスリとした顔をすると、黙ってしまう。

 これ以上話題に出したくなかったのかーーそれとも、自分が最前線に出られないからなのか。

 どちらにしても、ガキみたいな拗ねかたなのは、間違いないだろう。


「アヤメが言うのなら、間違いないわね。それじゃ、ユウちゃん。お願いできるかしら?」

「……最善を尽くします」

「ふふっ。気が進まないって、顔に書いてあるけれど、今回は、我慢してちょうだい。それと、チユちゃん」

「はっ、はい!」


 と、突然名だしされたこともあり、背筋を伸ばした武田さんに対して、サエコさんは、微笑みつつーー。


「ユウちゃんだけじゃ、心細いと思うから、チユちゃんも乗車してちょうだいね?」


 と、言うのだった……。

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