第11話 合同任務
宇都宮病院から、少し離れたある寺ーー。
そこには、一際大きな墓石が、誰からでも目立つように作られている。
誰とも記されていない墓石ではあるが、大きく一文字ーー光とのみ記されているそれは、永世光和組で、散っていった仲間達の弔いの場だ。
「あっ……たくさんの、名前が書かれている。近づかないと、わからないくらいに小さいけど……」
「遺品などがある場合は、家族や身内の人に送られるがーーそれがない場合もあるからな。そういう人達を、せめて残った俺らが祈れるようにって、こうして作ったわけだ」
静かに墓石に刻まれた名前を読んでいたらしいミクが、ボソリと呟いた言葉に、俺が勝手に拾ってそう説明すると、悲しそうに顔を曇らせるミク。
お寺の住職さんから貰った花束と共に、水を持ちつつ墓石へとつくと、胸の前で両手を握るミク。
「私ーー頑張りますね。もっと、もっと頑張ります!」
「ふっ。そうかよ。だが、あまり急ぎ足になるなよ? 人には、成長速度ってのがあるんだからな」
と、肩に力が入りすぎているミクへと伝えた俺は、無言で花束を渡してやると、意味を汲みとってくれたらしく、せっせと墓へと添えてくれる。
その間に俺は、持ってきた水を供えてあるコップへと継ぎ足しつつ、ミクが花を添えてくれている間に、新しく掘られた名前の元へと向かう。
坂田に、上田。それに志島……か。
また、俺の知っている名前が記されちまった。
これも全て、俺の弱さゆえだ。
もっと……もっと、教えることができたはずだ。
生きる方法も、刀を振る方法も。
せめて、アヤメくらいの強さがあればーー。
と、自然に掘られた名前を手でなぞっていると、後ろにミクの気配がした為、平静を装って立ち上がる。
「おう。終わったか? ご苦労さん」
「……先輩。あのーー」
「この人だ」
と、ミクが言おうとしていることが、何となく俺をいたわる言葉なような気がしたこともあり、俺は、すぐさま話をそらしにかかる。
何故なら、いたわってもらうほど、俺は、何もできてはない。
だからこそ、我ながら情けない話ではあると思うがーーそれが、せめてもの自分への罰だと思いたい。
「この人?」
「あぁ。南さんっていってな。二年くらい前に、殉職してしまったがーー永世光和組で、総長を勤めていた人だ」
と説明すると、不思議そうに首を傾げるミク。
「総長ですか? あれ? でも、永世光和組には、局長と副長。その下には、各隊長しかいなかったと思うんですけど」
「へー。意外と勉強してるじゃねぇか。現在は、その通りだ。ただ、二年前までは、各隊長を束ねる総長って席があったんだよ」
「あったってことはーー今は、ないんですか?」
そう。
今は、その席はなくなっている。
というよりも、誰も座ることができないのだ。
それほど、南さんという人は、偉大な人だった。
「そうだ。南さんは、副長よりも先に光和組に入隊しててな。勤続年数でいえば、局長と同じくらいだったはずだ」
「ほへー」
ほへーって。
こいつ、なんてアホ面しているんだが。
「ちなみに、南さんは、自然流を全て扱えていてな。すごく強い人でもあったんだ」
「自然流を? 全て?」
「あぁ」
今では、そんな人間一人もいないがな。
と、俺が手を合わせると、ミクも慌てたように手を合わせる。
志島、上田、坂田。
今度は、きちんとお前らの仇をとってやる。
あの、ムカつく人造人間の首を切り捨ててーーな。
「先輩って。本当に、ダメダメですよね」
「あっ? ケンカ売ってんのか? クソガキ」
墓石で二人揃って祈りをした後、まだ時間に余裕があった為、少しくらいは、宇都宮での楽しい思いででも作らせてやるか。
と思いつつ、近場の餃子の店へと入れば、すぐにこのセリフである。
何がダメダメなんだ?
「よりによって、餃子って……」
「うん? あぁ、知らねぇのか。いいか? 宇都宮ってのはな。餃子がうまくて」
「知っています! そういう意味じゃありません!!」
「チィ。またこれかよ」
意味がわからない、突然の怒り。
いったい、何がこいつの逆鱗に触れたんだ?
ここまでくると、取り扱い説明書が欲しいくらいだ。
「今、またこれかよって言いました!? 自分の失敗のせいなのに、私のせいにしましたよね!?」
「はぁ? 俺は、一度も失敗してねぇだろ。今朝から、訳わからねぇことばかり言いやがって」
身体検査だって、この餃子の店の選択だって、何も間違ってねぇんだよ。
調べるなら、きちんとした機関がいいに決まっているし、ここの店だってーーついさっき調べたが、口コミで好評かだったはずだ。
つまり、俺は、一度も失敗をしていない。
目の前のクソガキが、勝手にキレ散らかしているだけだ。
「くぅ~! もう、いいです!!」
ふん! と鼻息を荒くつくと、まるで拗ねた子供のようにそっぽを向くミク。
やれやれ。
朝は、少し大人になったような印象がしたがーー結局中身は、子供のままだな。
「あのーーご注文は?」
「あっ? あぁ。餃子を二人前でーー」
「いいえ! 十人前でお願いします!!」
「はぁ? お前、十人前って……帰ってから、夕飯食わないつもりか?」
「やけ食いですよ!!」
やけ食いーーて。
と、俺とミクの言い合いによって、店員さんが困ったような様子であった為、仕方なく十人前で注文をしておく。
「たく。そんなに、食えるのかよ?」
「食べます。どうせ、この後何もないですし!」
「何もないってーー何だ? もしかして、遊園地でも行きたかったのか?」
と、まるで拗ねた子供ような態度であった為、それならこっちもとことん子供をあやすようにしてやろうと、わざと遊園地と言ってやればーー。
「べっ、別に期待してませんよ! 遊園地なんて!!」
と、チラチラ俺の方へと視線を向けつつ言ってくるミク。
……もしかして、これは、あれか?
つまりは、遊園地に行きたかったってことか?
おいおい。まじでガキじゃねぇか。
「なんだ? まさか、マジで遊園地に行けなかったから拗ねてんのかお前?」
「すっ、拗ねてません! そそそ、それに遊園地なんて、期待してませんよ! えぇ! 全然期待していませんでした!!」
……いや、どうみても、その反応は、期待していたろ。
ふむーー遊園地か。
朝から身体検査やら、俺の墓参りに付き合ってくれたからな。それくらい、連れていってやってもいいがーー。
今の時間から行くのは、さすがに無理があるな。
……仕方ない。遊園地に近しい遊び場でも、探ってみるか。
なんなら、広い公園で追いかけっこでもしてやれば、満足するだろーーこいつ、子供だし。
と、さっそく携帯で調べていると、何やらまた目の前のガキんちょが、イライラしたような雰囲気を出してくる。
のでーーそれを普通にスルーしつつ、店員さんが運んできた餃子を目の前へと差し出してやれば、これがガツガツ食い始めた。
「おい。少し落ちついて食えよ。別に取ったりしねぇからよ」
「落ちついてます! 先輩は、どうぞ携帯でもなんでも見ててください!!」
「はぁ~。たく、めんどくせぇ奴」
ふむ……。
やはり、近場だとあまりないーーか。
それなら、いっそ神奈川に戻って探してみるか。
それなら、時間が多少遅くなろうとも、歩いて帰宅できたりするしな。
「あっ。おい、俺の分も残しておけよ」
「……食べるんですか?」
「食べるに決まってんだろ。お前だけが食っていいわけねぇだろが」
「でもーーもう、ほとんど食べちゃいましたけど」
はぁ!?
こいつ! そんなスピードで食ってたのかよ!!
「テメェは、掃除機か? 食うのが早すぎなんだよ!」
「なっ!? 取ったりしないって、言ったじゃないですか!!」
「バカ野郎! 限度があるだろうが! 普通、一人前くらい残しておくもんだろうが!!」
もう、一つしか残ってねぇじゃねぇか!!
しかも、それも半分だけしかねぇしよ!!
「せっ、先輩が携帯に集中していたから悪いんですよ! そんなに、早く食べてません!!」
「たく。もう、いい。残ったこいつで、勘弁してやる」
と、せっかく自分で金を払うこともあり、何がなんでも食べたかった俺が、残った半分をすぐさま口へと入れると、あっ! と声をあげるミク。
はっ! 早い者勝ちだ。
「うん。やっぱり、うまいな。たまには、こっちまで足を伸ばしてみるのも、ありだ」
「かっ、かかか」
あん?
かっ?
と、何やら、ずっと口を動かして止まっているミクに、俺が手を振ってやると、みるみる顔を真っ赤にしながらーー。
「かかか、間接、きききーー」
関節?
なんだ? 関節がどうした?
「関節が痛くなったのか? それなら、すぐに病院に戻れば、見て貰えるぞ」
「ちちち、違いますよ!! もう、いいいい、いいです!!」
はぁ?
バン! と、強く箸を机へと叩きつけて立ち上がると、まるで風のような速さで外へと飛び出していくミク。
見間違いでなければ、なんか頬が緩んでいた気がするが?
やれやれ。怒ったり、嬉しがったり、悲しがったり……コロコロ変わって、大変な奴だな。
それからというもの、何やらしばらく落ちつきがなかったミクだったが、神奈川へと戻ったタイミングで、俺が遊園地に寄ることを告げると、一気に笑顔へと変わり、逆の意味で落ちつきがなくなった。
「それで、どこの遊園地に行くんですか!?」
「あぁ……まぁ、支部に近いところだな」
「近いところですか? あぁ! もしかして、あそこですかね? 実は、行ってみたかったんですよ! とても、楽しそうな場所でしたから!!」
「そっ、そうか」
まぁ、俺が思っている所は、桜木町の近くにある遊園地なのだがーーどうやら、こいつも気がついたみたいだし、とっとと行くか。
そうして、桜木町についた俺は、この前アヤメと食事をしたランドマークタワーの近くにある遊園地ーーコスモワールドへと向かった。
そして、そこにつくや、怒涛の引っ張られーーというか、興奮しているせいで、俺の精神など気にならないらしい。
すぐさまメリーゴーランドに乗せられると、次にジェットコースターへと強制的に乗せられ、終わったかと思えば、今度は、中心の棒を機転に、その場を回る空飛ぶ椅子ーーオーシャン・スインガーという奴だーーに乗せられるという、
しかも、ミラーワールドやらお化け屋敷などなど……聞いてみれば、きくほど行きたいところが出てくる始末。
まっ、マジかよ。
少し、連れてきたことを後悔してきたぞ。
「あっ! 先輩。あのボートみたいのにも、乗りましょうよ!!」
「ちょ、ちょっと、待て!」
そうして、既に乗ったアトラクションを数えることすらやめた俺が、次の獲物を見つけたらしいミクに対して、何とか静止の声をあげると、不思議そうに目をパチクリさせてくるミク。
こっ、こいつは、体力バカか?
よくも、あんなクラクラする乗り物を連続で乗れるな……。
「どうかしました?」
「ちょっ、ちょっと落ちつけ。スタートから、トップスピードで飛ばしすぎだ。いくらなんでも、キツすぎる!」
と、近場にベンチがあったので、そこへと何とか腰を落としつつ俺がいうと、何やら腰に手をあてて、頬を膨らませるミク。
「もう、先輩!? 何を、おじいちゃんみたいなこと言っているんですか! いったい、何歳ですか!?」
「いや、テメェの元気があり得ないくらい高いんだよ! 連続でアトラクションに乗りすぎだ!」
たく。少しは、休憩ってものをさせてくれ。
言い合いすら、疲れてきたわ。
と、口を開くことすらやめた俺が、黙って俯いていると、何やら無言で隣へと座ってくるミク。
「……なら、今日はここまでにします」
「あぁ? いや、別にやめろってことじゃねぇよ。少し休憩をだなーー」
「先輩」
うん?
なんだか、また落ち込んだような声色だった為、何事かと顔をあげてみるとーー。
「こうして、人造人間とも仲良くなれないんですかね?」
と、目の前で、きらびやかに動いている機械達を見つめつつ言うミク。
……。
厳しい……ということは、おそらくこいつもわかっていることだろう。
つまりは、ここでそんな言葉は、望んでいないということだ。
「なれるに決まっているだろうが。何かと思えば、くそくだらねぇこと質問しやがって」
「くだらないって……私は、真剣に」
「昨日も言っただろう? お前が発見した人造人間達の暴走パターンが、きちんと確立されればーーそんな未来は、すぐに訪れるさ」
その為には、まず現状を何とか維持しないとな。
この数日間で発見した暴走人造人間達は、直接破壊した奴ら以外、きちんと静かに人間社会に溶けこんでくれている。
それは、つけた発信器からもわかることだ。
あとは、そういう奴らを少しでも多く増やしてーーしかるべき機関に調べて貰うだけでいい。
それで少しは、暴走人造人間の構造もわかるはずだ。
「早く来て欲しいです……そんな未来が。そうすれば、もっと楽しい場所が、多くができると思いますから」
「そうだな。その為にも、多くの人を救う必要がある。だから、遊ぶ時は、おもいっきり遊べ。くだらねぇ考えは、ここで終わりだ」
よし。
少しは、体力も戻ったことだしーーそろそろ行く。
「ほれ。まだ、行きたいところがあるんだろ? さっさと行くぞ」
「えっ? もう、いいんですか? さっきまで、おじいちゃんみたいなこと言っていたのに」
「なめるんじゃねぇよ。まだまだ、若いんだよ。それに、辛気クセェ顔して、こんなところに座っていたら、遊園地のマイナス印象になるだろうが」
「だっ、誰が辛気くさいですか!」
「テメェに決まってんだろクソガキ。休日の楽しみ方も知らねぇようじゃ、強くなるのは、まだまだ先だな」
と、俺が頭を力強く撫でてやれば、べーと、舌をだしてくるミク。
「先輩なんて、すぐに追い抜きますから! ここから私の力は、爆発するんですよ? 知らないんですか?」
「爆発してんのは、お前のテンションだろうが。早くしねぇと、残りのアトラクションが終わるぞ?」
「えぇ!? そんなの嫌ですよ!! まだ、乗りたいの沢山あるんですから!!」
などと言うと、満面の笑みで立ち上がり、再度俺を引っ張りだすミク。
やれやれ。
もう少しだけ、この元気に付き合ってやるとするか。
永世光和組の本部がある、東京都霞ヶ関駅へとたどり着いた俺は、仏頂面で隣を歩いているアヤメへと、軽く肘を脇腹に入れてやる。
「なによ?」
「なによ? じゃねぇよ。なんだその顔。お前、これから副長に会うんだぞ? 気の抜けた面してたら、ぶっ飛ばされるぞ?」
いや、比喩でなくマジで。
という忠告をしてやったのに、実にめんどくさそうなため息をついたアヤメは、光和組の門をくぐりつつ、俺へとジト目を向けてくる。
「わざわざここまで来るのが、めんどくさいのよ。連絡事項なら、電話やらでできるでしょう?」
「お前は、バカか? いや、バカじゃなければ、そんな顔しねぇか。いいか? 合同任務なんて、ほとんどやった事例がない。つまりは、それほど重要度が高いというーー」
「はいはい。ユウの説教ほど、長い話ってないわ。とっとと、終わらせて帰りましょう?」
この!
絶対に聞く気がない癖に、何がとっとと帰りましょう? だ!
絶対、後からきいてくる癖によ!!
と、俺が拳を震わせて、何とか怒りを我慢していると、ちょうど武田さんもついた所だったのかーー俺らに気がつくと、小さなジャンプをしつつ手を振ってくる。
「あっ、沖田隊長! お久しぶりで~す!」
「はぁ~。あいかわらず愉快そうね、武田隊長。そんな短いスカートで跳ねていると、中身が見えるわよ?」
ふぇ!?
と、アヤメの言葉に顔を真っ赤にしながらスカートを抑えた武田さんは、何故か俺のことを上目遣いで見てくる。
いや、見てないですよ!?
「みっ、見えていませんよ。すいません、隊長が悪ふざけをしてしまい」
「そっ、そうでしたか。あははっ……こちらこそ、本気にしてしまい、すいません」
「まったく。なに、鼻の下を伸ばしているのよ。さっさと行くわよ」
伸ばしてねぇよ。
てか、今俺の尻に蹴り入れたろ? お前。
絶対に許さないからな。
などと、ふざけたことをしつつスタスタと、先に行ってしまうアヤメへと、ため息をついた俺は、とりあえず武田さんと共に追いかけるのだった。
「あらあら。今日は、珍しい顔が見えるわね? ねぇ、ユウちゃん」
「えっ、えぇ。そうですね」
という、嫌味たっぷりの言葉によって、六番隊との合同任務についての会議が幕を開けた。
もちろん。珍しい顔というのは、俺の隣でスラリとした脚を組みつつ、腕も組むという威圧的な態度をしているアヤメのことである。
「はいはい。お久しぶりです。で? どこからの圧力に屈したわけですか?」
「バカ! お前少しは、態度をどうにかしろ!」
と、俺が小声で注意してやれば、実にめんどくさそうなため息をつくアヤメ。
「何でかしら? 知らない仲じゃないのだから、別に構わないでしょ?」
「それにしても、限度があるんだよ!!」
「ふふっ。いいわよユウちゃん。アヤメのことだから、心中穏やかじゃないのよ。依頼元が依頼元だけにーーね」
「いや、甘やかしてはこいつの為にーー」
「えっと……すいません。時間も時間ですし、本題に入りませんか?」
と、サエコさんの柔らかい笑みに、俺が甘やかさないように言っていると、目の前に座っている武田さんが、困った様子で、そう言ってくる。
うっ。確かに、その通りだな。
「すいません。その通りですね。副長、お願いします」
「えぇ。それでは、概要を伝えるわね。今回、一番隊と六番隊におこなってもらう合同任務は、世界オートマタ会議の為に来日される、沖田ユリさんの護衛及び、サミット会議中の防衛よ」
「沖田ユリさん単独の護衛でしょうか?」
と、すぐさま武田さんが挙手をしつつ質問すると、静かに頷くサエコさん。
「他の方々は、それぞれ独自に護衛を頼んでいるらしいわ。だから、私達は、沖田ユリさんのみを護ればいいーーといっても、日本でサミットが開かれるのだから、我々がミスをする訳には、いかないわ。だから、余裕があれば、他の代表も護る考えでいてもらうといいわね」
ふむ。
今回は、日本で開催されるからな……。
ここで何か一つでもミスをすれば、他の国々に色々後ろ指をさされることになる。
ーー改めて、気合いを入れねぇと。
「副長。ちなみに、他の隊が参加することはないんですか? 日本での開催であるなら、他の隊にも参加させた方が、問題事がおきた場合にも、とてもいいと思いますが?」
「もちろん、そうね。でも、他の隊が参加してしまうと、開催地以外が手薄になってしまうわ。それでは、むしろ本末転倒……だからこそ、永世光和組が誇る最強の一番隊と、有事の際にバックアップができる六番隊に任せることにしたの」
ーーなるほど。
確かに、その通りだ。
さすが副長。俺よりも、大きな視野で見ていたわけか。
と、俺が納得しつつ頷いていると、何やら隣に座っていたアヤメが、おもむろに顎に指を添えつつーー。
「有事の際のバックアップーーね。はたして、六番隊が、
と、武田さんへと流し目をしつつ言い出す。
こっ!?
「おい!」
「あー、気を悪くしないでちょうだいね武田隊長。別に、足手まといというわけではないの。ただ、本能というのは面白いものでねーー突発的な出来事がおきた場合、それぞれの経験値によって行動が変わってくるのよ。その点、私達は、常に最前線に立ち続けているという自負があるわ。だからこそ、対処も迅速におこなえる自信があるのだけど……六番隊は、主に治療が専門でしょ? だから、そういう場面になった場合、六番隊の隊士達が、危険に晒されないかと思ってね」
と、俺が注意しようとしたことがわかっていたのか、目の前へと手の平を向けてきたアヤメは、そう言って武田さんへと鋭い視線を向ける。
……こいつ。
六番隊の隊士を心配する風に言ってはいるがーーこれは、遠回しに俺らの安全のことを言っているな?
アヤメの言ったように、一番隊の人間であるのなら、ある程度の突発的な出来事には、対処が可能だろう。
だが……普段、俺らより危険に身を置いていない六番隊の人間が、その事態に対処できるかと言われれば、そこは難しいところだ。
だからこそ、下手をすると護れる者も、護れなくなる可能性があるだけでなく、最悪の場合、同士を護る為にと、一番隊の人間が危険な目にあってしまう。
やれやれ。アヤメ奴、誰もが躊躇うであろう聞きにくいことを、即効突っ込みやがって。
と、さすがの俺も、武田さんがどうでるか気になったので、視線を向けてみるとーー。
「沖田隊長。それなら、ご心配なさらずに。六番隊といえど、私達は、永世光和組に席を置いています。いつ、いかなる場面であったとしても、任務を完遂することを第一に考えています」
と、満面の笑みで受け答えしてきた。
これには、正直なところーー少し面をくらってしまった。
なぜなら、今の武田さんの言葉には、足手まといになるようなことがあったのなら、任務を優先して、切り捨てられる覚悟がある。と言っているようなものだったからだ。
確かに、俺達は、入隊と同時に人々の為に尽くすと決めている。
だが、それをこうもあっさりーーしかも、隊士を預かる身の隊長であるにも関わらず、笑顔で言えるなんて。
……チィ。少し、自分の価値観を改めないとな。
一番隊でも六番隊でも、安全や危険だなんて、何も変わらねぇ。
俺らは、永世光和組である以上、どこにいても危険なんだ。
と、俺が少し反省しているとーーどうやら、アヤメも武田さんの受け答えに感じるところがあったのか、組んでいた脚を下すと、すぐさま頭を下げる。
「失言だったわね。申し訳ありません、武田隊長」
「いっ、いえいえ! 実際問題、
と、慌てたように武田さんが言うと、何故か俺の肩を叩いてくるアヤメ。
「だそうよ。しっかり、励みなさい成瀬副隊長」
あぁ?
それは、テメェだろうが。連携のレの字も知らねぇくせによぉ。
と、イラッときた為、なるべく力強くその手を払ってやれば「あらやだ。最近反抗期なのよこの子」と、ふざけたように武田さんへと言うアヤメ。
「こら、アヤメ。ユウちゃんの事が好きなのはわかるけど、からかわないの! まったく。この子ったら、たまに顔を見せたかと思えば、ふざけたことばかりしてーーそろそろ拳骨するわよ?」
と、握り拳を作りつつ笑顔を向けてきた副長に、俺が青ざめるとーー何故か少し頬を紅くするアヤメ。
「べっ、別に好きとかじゃないわよ。それより、護衛ルートは?」
と、珍しく早口に捲し立てると、副長がスクリーンへと映像を写してくれる。
「今回の会議は、鎌倉でおこなわれることになりました。その為、空港から鎌倉まで、車道を使っていくわ」
「電車やバスを使わないということですか? 安全面を考えるのならば、電車を使用した方が確実だと思いますけど?」
と、副長の説明に対して、武田さんが首を傾げつつ言うと、フルフルと顔を横に振る副長。
「たしかに、一昔前の電車とは違い、今のカプセル式の電車ならば、危険は少ないと思うわ。でも、それだと有事の際に護ることも難しくなってしまうの。例えばーー線路上に、何かを仕掛けられたりした時とかね」
「それで車の移動……ね。そうなると、対象と共に乗車する人間も必要よね? それこそ、手練れの人が」
ふむ。
手練れというならば、今まさにその提案をしていたアヤメが、真っ先に該当するのだがーー。
残念なことに、今回の護衛対象者は、アヤメの母親だ。
基本的に護衛任務をする場合は、親類や顔見知りなど、親しい人を近くに置いてはいけないことになっている。
というのも、護衛とは、我が身を盾にしなければならないケースが出てきたりするのが普通であり、そこに対象との情が入ってしまうと、どうしても冷静な対応が出来なくなってしまうのだ。
だからこそ、娘であるアヤメは、真っ先に除外されてしまう。
ということは、当然この場にいる誰もが承知であった為、アヤメの言葉に、副長が目を閉じつつ、長い間うねり声をあげていたのだがーー。
パッと、目を開けるや、何故か俺を視てくる。
えっ?
「アヤメは、当然無理としてーー一番隊で、次に腕のたつ人は、きっとユウちゃんよね?」
「きっと。ではなく、もちろん成瀬副隊長よ」
「であるならば、ユウちゃんに頼むしかないわね?」
ちょっ! いやいやいや!!
「待ってください副長! 俺もアヤメの母親とは、そのーー面識があります。ですから、他の人でないと」
「でも、そこまで思い入れは、ないわよね? ユウちゃん、嫌われているだろうし」
うぐっ!?
「えっ? 嫌われているんですか?」
と、この場で、一人だけ俺の事情を知らない武田さんが、目を丸くしつつ聞いてきた為、不服ではあるが、黙って頷いておく。
まぁ……嫌われているというよりは、迷惑がられている? に近いか?
アヤメに、早くこの仕事を辞めてもらいたいあちらからしたら、幼馴染みの俺がいるせいで、アヤメが辞めにくくなっていると、勘違いしていてもおかしくはない。
だからこそ、迷惑に思われているし、顔を会わせば、嫌そうな顔もしてくる。
だが、実際自分の娘が、進んでこの仕事をしているのだから、こっちからしても、迷惑な話ではあるんだけどな……。
と、嫌なことを思い出してしまった俺が、一人で舌打ちをしていると、何やら声をあげる副長。
「でも、あれね……嫌われすぎているのも、考えものだから、やっぱり違う人がいいかしら?」
「いいえ副長。成瀬副隊長でいいと思うわ。あの人なら、公私混同はしないはずです」
と、副長の言葉に、すぐさま返答したアヤメは、それっきりムスリとした顔をすると、黙ってしまう。
これ以上話題に出したくなかったのかーーそれとも、自分が最前線に出られないからなのか。
どちらにしても、ガキみたいな拗ねかたなのは、間違いないだろう。
「アヤメが言うのなら、間違いないわね。それじゃ、ユウちゃん。お願いできるかしら?」
「……最善を尽くします」
「ふふっ。気が進まないって、顔に書いてあるけれど、今回は、我慢してちょうだい。それと、チユちゃん」
「はっ、はい!」
と、突然名だしされたこともあり、背筋を伸ばした武田さんに対して、サエコさんは、微笑みつつーー。
「ユウちゃんだけじゃ、心細いと思うから、チユちゃんも乗車してちょうだいね?」
と、言うのだった……。
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