最終戦線~永世光和組列伝~
高野康木
プロローグ
複数の金属音の擦れる音が、カチャカチャと高層タワーマンションの廊下に鳴り響く。
時刻的には、夜八時を回ったところか。
すでに、通報から10分以上は経過しているからな……早めに行かねぇと。
「
「あぁ、わかっている。こんな夜にくそめんどくせぇことしやがって、どこのバカだ?」
と返してやると、俺の言葉に対して隣を歩いている、いかにもお人好しそうな青年ーー
本当なら、今日はのんびりと部屋で過ごす予定だったのによ。やってくれたなぁ。
「まぁ、仕方ないですよ。あいつらは、こっちの予定とか気にしませんし」
「今回のやつは、高性能が売りなんだろ? それなら、気を使えってんだ。どこが高性能なんだかーー」
などと、なだめるような声で言う志島と、他数名の部下と共に廊下を歩いていると、ようやく目的の部屋へと到着した。
1025号室……ここが、今回通報にあった部屋か。
「成瀬副隊長。家族構成としては、両親と一人娘の三人家族です。作戦は、どうしますか?」
「そうだな……まずは、一般人の救出を最優先とする。突入と同時に俺は、リビングにまっすぐ向かうから、志島と
「はい!」
志島の概要を聞いた後、俺がそう指示を出すと、スキンヘッドの上田と、頬に縦の傷をつけている坂田が、力強く首を縦へと振る。
さて……行くとするか。
「行くぞ」
短くそう告げた俺は、すぐさま扉の鍵を開け、一直線にリビングへと向かう。
乱暴に扉を蹴り破りたどり着くと、そこには、一人の男と小さな少女ーー。
いや。
正確には、怯えた表情をした少女と、血だらけの服装をした男が居た。
ーー間に合わなかったか。
「なっ、何だお前!?」
「よぉくそ野郎。ガキの扱いがうまくできてねぇみたいだな。手を貸してやろうか?」
血だらけの男ーー事前に目を通した資料によると、家庭用タイプ05だったか? に俺がそう伝えてやると、見るからに動揺しだす。
そう。この一見成人男性に見える男は、俺ら人類とは違う人造人間ーーいわゆるオートマタだ。
その証拠に、半袖から見える肘関節や指の関節なんかは、機械特有の丸みが見てとれる。
「機械のくせに、人間と同じようなことをしようとするから、そうなるんだよ。このポンコツが」
「だっ、黙れ! 僕は、家庭教師型の中でも高性能のタイプ05。タロウだぞ!? お前ら人間と違って、僕は、誰よりも正しく教育することができるんだ!!」
「タロウ? あぁ、ガキにつけてもらった名前か。しかし、正しく教育ができるねぇーーお前の今の状況の、どこが正しいんだ?」
と俺が質問してやると、乾いた笑いをあげるタロウ。
「見てわからないのかい? アイリはねぇ。遊びたがっていたんだよ。ゲームでね! 適度な娯楽と休息は、勉学を進める為には必要不可欠! なのに、バカな親ときたらーーやれ、ゲームは毒だの。やれ遊ぶ暇など無いだの。挙げ句の果てには、この僕をポンコツ扱いさ! たかが有名大学を出たくらいで調子にのってさ! 僕なら、海外の大学だって入学できるレベルなのにだよ!? バカだろ!」
「……だから、殺したっていうのか?」
ケタケタと自信満々に笑うタロウに対して、俺が努めて冷静にそう言ってやると、悪びれもせずに頷く。
「そうさ! バカな奴らを消して、アイリを助けてあげたのさ! 可哀想なアイリ。僕が助けてあげなければ、ずっとあのバカ親に暴言を浴びせられて、苦しんでいただろうね。でも、それも今日で終わりさ! だって、僕が助けたからね! アイリは、言ってくれたんだ。僕だけが味方だってさ!」
だから、僕のしたことは正しい。
そう言うかのように、怯えた少女の頭を撫でるタロウに対して、俺は、内心舌打ちをうつ。
ふざけているが……動機としては、わからなくもない。
もし、世論に今の問いを投げかければ、同情を誘うことだってできるだろう。
だが、ここで躊躇えば、今度は彼女が傷つくことになる。
肉親を殺した奴と共に生きるなど、それは、とても苦痛な拷問に変わりないはずだ。
……ここで終わらせてやらねぇとな。
「なるほど。ポンコツなりに、考えた結果ってわけだ。だが、見る限りガキを手懐けることができてねぇみたいだが?」
「ガキじゃない! アイリだ! いっ、今は、きっと混乱しているんだよ。アイリは、優しい子だからね。あんなバカ親にも、悲しんであげることができるのさ」
「で、そのバカ親ってのは、あそこに転がっている奴らか?」
チラリと、キッチンの方に転がっている二つの頭を顎で俺がさしてやると、罪悪感も抱かずに、そうだと即答するタロウ。
チィーーあの様子だと、力に任せて、引っこ抜きやがったな。
「そうか。よーくわかったぜ。テメェは、処分決定だポンコツ」
怪我をしているだけなら、まだ再調整で何とかなったかもしれない。
だが、殺してしまったのなら、話しは別だ。
こいつは、ここで処分する。
俺の言葉に対して、不思議そうに首を傾げたタロウだが、すぐに俺が何者なのか理解したのか、焦ったように少女を抱き上げる。
「おっ、お前! まさか、
「そうだ。ようやく、自分の立場が理解できたみたいだな。ガキを護りたいんだろ? ほら。そのままだと、ガキも巻き添えになるぞ?」
「どっ、どうしてだ! 僕は、たっ、正しいことをしたんだぞ!? なのに、どうして僕が処分されないといけないんだ!!」
わからないというように、顔を左右に振るタロウに視線を向けつつ、俺は、腰に差している刀の
すでに、タロウは俺の間合いだ。だから、斬るのは簡単なことなのだがーーアイリちゃんにいらない恐怖心を植えつけるのは、よろしくない。
だから、向こうから仕掛けて来るようにしてやるか。
「こいよポンコツ。俺にかすり傷でもつけられたら、ここから逃がしてやるよ」
「なっ、なんだって?」
「俺は、永世光和組一番隊副隊長、成瀬ユウだ。俺の権限なら、ここから見逃すことなんて簡単だぜ?」
わかりやすい餌を、そうしてぶら下げてやると、慌てた様子から、何やら覚悟を決めたかのような目つきへと変わるタロウ。
……そうだ。それでいい。
アイリちゃんを大切に想っているのは、俺もお前も変わらないんだからな。
「アイリ……待っててね。僕が、きっと君を護ってあげるからね」
そっと、アイリちゃんをおろしたタロウは、俺の方へと視線を戻すと、両手に力を込める。
まるで、本当に彼女を護るかのように……。
「そこをーーどけぇー!!」
人類の力を超えた
おそらく、普通の人間ならここで敗北は確定しているだろう。それほどまでの速さと、覚悟がこもっている動きだ。
だがーー残念なことに、すでに俺は、日常とはかけはなれた場所に居続けてしまっている。
その動きは、あまりにもまっすぐ過ぎた。
抜刀と同時に刀へと炎が纏うと、俺は、すれ違いざまにタロウの首目掛けて、躊躇なく通過させる。
端から見れば、まばたき程の一瞬の出来事。
それで、俺はタロウの全ての想いを切り捨てたのだ。
重い音共に、背後の床へと転がるタロウの顔。
オートマタとして必要な液体が、床を緑へと染めあげていく。
「ど……どう……して?」
「悪いな。お前は正しいことをしたのかもしれないが……ガキの前で両親を殺したことだけは、間違っているだろ」
最後の力とばかりに、俺へと向けてきた視線に、振り返りつつそう返してやると、力を振り絞ったのかーー俺にだけ聴こえる声で、呟く。
「ア……アイ……リ……」
……はぁ。
消える瞬間まで、自分を大切にしてくれた人の名前を呼ぶのかよ。
そこまで想っているのなら、どうして間違いを犯すのかーー。
動かなくなった機械を見つつ、俺がそんなことを思っていると、複数の足音が近づいてくる。
「成瀨さん! 無事ですか!?」
「あたり前だ。志島。アイリちゃんーーガキの保護を頼む。あとは、警察の
刀を
自我を持った人造人間による事件ーー。
正しいのは、
「たく。めんどくせぇたら、ありゃしねぇ」
ムカつく感情を、自身の黒髪の毛を掻くことで発散させた俺は、すぐにその部屋から立ち去る。
後ろ髪を引かれる思いを、心に抱きながらーー。
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