最終話 脳が壊れる喜び。
セブルズの発言に私は再び固まった。
「今から新しく妃教育をするのは手間だ。それに君は王妃や母上、叔母上から信頼が厚いし能力も優れている」
「でも、私は婚約破棄されたのよ。こんな惨めな女を誰も認めないでしょう」
「そうさ。君は浮気した王子に捨てられて偽の告発状で無実のまま逮捕された悲劇の令嬢だ。同情こそすれど責める者はいない……いても潰す」
最後は声が小さくて聞こえなかったがセブルズは本気のようだ。
合理的な彼の判断は確かに国のためにはいいのかもしれない。
「でもねセブルズ。その話は受けられないわ。私は貴方や王妃達が思うような良い子じゃないの」
私は両親から愛されずに育った。
売女の娘であり、人前で仮面を被り続ける嘘つき。
自分の歪んだ欲求のためにフィリップやミシェルを唆してこの事件を引き起こしたのだ。
正直に話そう。私という人間がどんなに醜悪なのか。
「知ってる。君のことは僕なりに理解しているつもりだよ」
「いいえ知らないわ。私はね、人に大事なものを奪われて悦ぶ女よ。今回は王子とミシェルを近づけた」
「……君もかい?」
「は?」
今日何度目かの混乱した声を私は上げた。
「トネリ。僕は君に一目惚れしていたんだ。でも初めて会った時には君はアイツの物だった。だから僕はアイツから婚約破棄を申し出るように君の悪口を教えて君への興味を奪っていたんだ……」
ちょ、ちょっと待って!
「告発状や投獄。アイツの駆け落ちは予想外だったけど、王になる条件に君を妻にすることを申し出た」
鉄格子の隙間から手を伸ばしてセブルズが私の肩を引き寄せる。
「僕はずっとアイツから君を奪いたかった」
月の貴公子と呼ばれる所以である美しく輝く瞳が私の前に近づく。
目と鼻の距離で吐息が当たり、この鉄格子が無ければ肌が触れ合っている。
「トネリ。君の実の母についても知っているよ。侯爵との関係もね。僕が思うに多分君は愛を確認する方法がわからないだけなんだよ。何かを失って傷つかなくては愛を確かめられない。大事なものだからこそ手放して知りたいんだと思う」
「ええ、セブルズの言う通りだわ。だからこそ私は幸せにはなれない。こんなに歪んでいては家族になっても子供が、夫が不幸になるだけ」
母のことは軽蔑している。
だって彼女は愛のためと言って家族を裏切り、私を捨てたのだ。
父はひたすらに無関心だった。
私は仲の良い家族に憧れていたが、その経験が無い。
人前ではいつも自分を押し殺して周囲に合わせる。
そんな人間が真っ当な家族を作れるのか。母親になれるのか。
いずれは私は母のように家族を壊す。
「現に侯爵家を壊しそうになったのよ」
「迷惑をかけて心配して欲しかったんだよ。叔母上が言っていた。君は手のかからない甘え下手な人だって」
お義母様。余計なことを言ってくれたわね。
「君の不安は僕が解消するよ。僕は君が苦しくなるくらい愛を注いであげる。一目惚れしてから君をどうやってアイツから寝取ってやろうと考えていた僕だからちょっとやそっとじゃ揺らぐことは無いよ。もしも君が浮気をさせようとしてもそんな罠にはかからない。むしろ君が僕しか見えなくしてあげる」
セブルズの早口で湿度の高い言葉が耳から入ってくる。
彼の愛は多分普通じゃない。
それこそやろうと考えていたのはミシェルと同じだ。
でも、それは王妃の座ではなく私個人に向けられている。
「僕は君が好きで好きで堪らないんだ。僕の物になってくれないかトネリ?」
「こんな私でよければ……」
「そんな君だから良いんじゃないか」
どちらからが先なのか、二人の間にあった空間は消え去った。
温かい人の熱を感じて私の中の冷え切った感情に火が点く。
ずっと求めていた物は案外近くに転がっていたようね。
「まずはさっさとここから出ようか」
「ごめんなさい。多分ここから出たら自分が制御出来ないからもう少し残るわね」
残念そうな顔をする彼から背を向けて私は俯く。
手で顔を覆って笑いを堪える。
──あぁ、感情の洪水で脳と心が壊れてしまいそう。
──でもね。それがちっとも痛くなくて幸せなの。
(終わり)
──あとがき──
最終話まで読んでいただきありがとうございました。
お知らせですが第7回カクヨムコンに長編を投稿しています。
『絶対死ぬラスボス令嬢に転生しましたが、なにがなんでも生き延びてやりますわ!』
https://kakuyomu.jp/works/16816700429187954299
こちらも主人公である破茶滅茶な悪役令嬢が大暴れする作品になっています。
笑いあり涙あり恋愛要素あり。
第一部が終了しています。ご興味ありましたら応援よろしくお願いします!
婚約破棄された悪役令嬢はNTRをご所望です。 天笠すいとん @re_kapi-bara
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