チープなスリルに身を任せようと思うけど何か?

alicered

ドキッ!丸ごと水着 水泳大会の段

 滝川一世の朝のルーティーンを1つずつ確認していこう。


 ①一緒に寝ているカメラクリスティーナに優しくおはようのキスをする。


 ②他のカメラたちジェニー、ミラが嫉妬しないように優しく手入れする。


 ③朝のランニングで女子生徒が練習している武道場、弓道場、プールを順に回る。


 ④朝ごはんをさっとすませて、本日朝にこっそり撮った写真を現像する。


 ⑤元気よく登校する。


 一般の高校生とさほど変わらない16歳、高校1年生の姿がそこにはあった。


 季節は7月、この地方特有の体にべたつき、鬱陶しいジメジメとした暑さが一世の心を掻き立てる。


 きたっ……、ついにきた!この季節が!


 一世は登校途中のどんよりとした曇り空を見上げながら目頭が熱くなるのを感じた。もうすぐ夏休みを迎える時期に前期のスポーツ大会が開催される。その競技は様々であるが、その中には競泳も含まれる。競泳は学年全員が参加の行事である。

 そう、だ。いつもは控えめだが出るところは出ているあの娘とか、スレンダーな中にきらりと光るものがあるあの娘とか、暴力的だが抜群のプロポーションをしている担任の先生とか、考えるだけで一世は笑いが止まらなくなった。

 しかし全員とは自分も含まれる。カメラを持って流石に大会には出れない。そこが今、一世を悩ませていることであった。


 「どうにかずる休みして、写真を撮れないか……」


 呟きながら校門をくぐった。


 「おはようっす。師匠!」

 

 朝から冴えない顔をした男子学生が近寄ってきた。一世はこの唯一の友人に悩みを打ち明けた。すると友人はこっそり撮った写真を共同で鑑賞していいなら喜んで協力することを申し出てくれた。


 「やっぱり持つべきものは友達だね! そしたら作戦はこうしよう!」


 一世は友人に当日の作戦を伝えた。





 7月20日、スポーツ大会がやってきた。朝からAからD組までの生徒全てが優勝を目指し、青春の汗を流していた。午後からは全員参加の競泳があるため、午前はもっぱら球技がメインだった。


 「うわぁ〜〜!」

 

 どこかわざとらしい声が運動場から上がる。滝川一世が苦悶の表情でグランドに倒れていた。冴えない顔の男子生徒が慌てて担任に言うことには、朝から体調が悪そうであったとのことだった。


 「いや、でも滝川もお前も朝、すごい笑顔でこそこそ話して−−」

 

 女教師が言うや否や


 「うわぁ〜〜〜!」

 

 一世が叫んだ。


 「おそらく脱水症だから、教室で休ませときますね。」


 とそそくさと友人が一世とともに教室へと向かおうとすると。


 「いや、でもさっき暑い暑い言ってスポーツドリンクがぶ飲みしていたじゃ−−」


 「うわぁ〜〜〜!」

 

 再度、一世が叫んだ。


 「……。分かった。連れて行け」

 

 女教師は目を細めながら指示した。


「やりましたね。師匠!」


「ありがとう。恩に着るよ!」


 滝川は教師の目が届かなくなるところまで来ると教室にダッシュし、こっそり持ってきたカメラクリスティーナをバックから取り出した。




 午後になり競泳が始まった。

 一世は最大望遠で教室の窓からカメラクリスティーナのファインダーを覗きながら女子生徒たちを一心不乱に撮影していた。

 美しい風景に触れると人は自然に笑みが溢れるというが、おそらく本当なのだろ。一世は口元から涎が出るくらい頬を緩ましていた。


 少し時間がたちハッとあることに気づく。担任がいないのだ。あの凶暴なプロポーションはどこにいても分かるはず。しかし一度もファインダー越しには観ていない。 

 いったいどこに? 一世は焦ったようにプールを見渡した。

 

 突然、扉がドンと開く音が後ろから聞こえた。


 そこには競泳水着をきたアラサーとは思えない肉体美をした褐色の女性が怒りに身を震わせながら立っていた。その手にはボロ雑巾みたいになった友人が握られている。ピクピクと動いているので死んではいないようだ。


 「覚悟はいいなぁ〜、滝川〜!」

 

 ボロ雑巾を投げ捨て指をバキバキと鳴らしながら担任が近づいてくる。


 悪くない人生だった。


 そう思うと一世は窓から空を眺めた。


 空って、こんなに青かったっけ。


 純粋な心で、少年は夏の爽やかな風が吹き抜けていくのを感じた。


 もう夏だ。






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