いなせだね夏をつれてきた女

alicered

夏の小悪魔

 柊夏美の朝は早い。

 

 昨日の夜に飲んだバーボンが抜け切らない体に鞭打ち、朝の5時に起床した。日課のランニング40km、筋トレをすまし登校の準備をする。

 

 28歳、独り身。特技は筋トレ、趣味は飲酒。アラサーとは思えないルックスで、やや北欧の血が混じっているためか、顔のパーツはそれぞれ強調しているが、バランスよく整っている。着痩せするため遠目からは華奢に見えるが、近づくとよく鍛えられた健康的でグラマーな肉体が浮き彫りになるだろう。


 ちなみに最近のキュンキュンエピソードは、ベンチプレスで150kgを10回持ち上げられるようになったことを同僚の若い教師に褒められたことだ。

 その教師も少し顔が引きつっていたように見えたが、まぁ気のせいだろう。

 最近実家から孫の顔が見たいと、電話がよくかかってくることが頭痛の種だった。


 少し湿った初夏の風が校内を満たしていく7月の終わり。

 学生たちは休み前の期末テストが終了しこれからの長期休みを迎えようとしていた。今日は前期の終業式だ。

 多くの生徒がこの夏のことを友達と大いに盛り上がりながら語り合っていた。カップルであろうと思われる男女も数組、教室の隅で夏の予定をイチャイチャしながら話している。教壇で夏美は生徒たちを見回した。


 「羨ましぃ……」


 ため息と共に自然に声が漏れた。


 「先生何か言いました?」


 不躾な生徒が質問を返す。


 「うるさい。死ね!」

 

 おおよそ神聖な教職とは思えない言葉が生徒に返ってくる。今日の担任は機嫌が悪そうだと、生徒たちは身の危険を感じピタッと静かになった。

 コホンと咳払いをすると、夏美はモニターに豪快に何かを書き出した。

 


 貞操観念



 「え〜、みんなに言いたいのはこれだけ。あとは何をしても構わん」


 教師はどこか遠い目をしてクラスを見渡した後に呟いた。


 「恋人と海に行ったり、花火に行ったり、水族館に行ったりしてイチャつかないこと。手をつなぐ等の行為は厳重に罰されらると思って下さい」


  クラスがざわつくが、意に介さず教師は続ける。


 「え〜、キスなどの行為、もしくはそれに準ずる不純異性交遊が発覚した場合、先生との楽しい合同実習 in 樹海に行くことになります♡ 気をつけて下さい♡」


 そういうとタッチペンが音を立てて粉々に握りつぶされた。鍛えられた上腕二頭筋が脈打つのをTシャツ越しからでも確認できた。


 「でもぉ〜、それはぁ〜、個人の自由なんじゃないんですかぁ〜?」


 あたかも軽いノリの女学生が言い返した。数秒後、モンゴリアンチョップで机にもたれかかったまま動かなくなった姿がそこにはあった。隣席の冴えない男子学生が女性の生存を確認し安堵の表情を浮かべた。暴君は生徒を物理で黙らした後に、続けた。


 「みなさんも、くれぐれも気をつけて下さいね♡ それではいい夏休みを。以上!」


 生徒たちがワイワイ言いながら教室からでて行くのを見送り、今年の夏は何をしようかと一人になった教室で窓の外に視線を移しながら夏美は思った。


 少し時間が経ってガラガラとドアが開く音がして、同僚の教師が入ってきた。


 「柊先生、前期お疲れ様でした。今日筋トレした後に、久々にでもどうですか?」


 そういうと若い教師は、麻雀の麻雀牌を掴む動作をした。

 

「いいねぇ〜! 行こうか!」

 

 先程までの杞憂はどこかに消え去っていた。


 夏の少し蒸し暑くも、どこか情熱的な風が教室を吹き抜けていた。


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