第3話 けがの功名
諒汰はテーブルに広げた鍋の材料を見てため息しか出なかった。
ボロボロになった豆腐、葉がちぎれた水菜、土が着いた鶏肉・・・・どう考えてもこんな状態のものを彼女に食べさせる訳にはいかない。さりとて今更何もないでは済まないし、済ませたくない。
鍋からは朝から浸してある昆布だしの香りがしていると言うのに。
インターホンが鳴り、紬子がやって来た。
彼女は大きなケーキのボックスを持っている。それと小さなエコバッグを一つ。
それだけの大きさのケーキを作るだけの情熱を注いでくれたのかと思うと申し訳なさでいっぱいになる。自分がした行為に後悔はない。でも紬子には寂しい思いをさせるのではないかと、先ほどのことをイジイジと反芻してしまうのだった。
「こんにちは、メリークリスマス、こ、これ、ケーキね」
「あ、ああ、ありがとう」
動揺していて挨拶すら出てこない。先ほどの男気溢れる行動からは想像も付かないほど萎縮している彼がいた。
「あれ、諒汰、今日は鍋じゃなかったの?」
「うん、まあ・・・・」
何があったかを俯きながらかいつまんで話すと紬子は大笑いをした。
「私達って似たものどうしね」
そう言いながら、彼女は大きな箱をそろりと開けた。
その中は『殺ケーキ事件』の現場さながらに原形を全くとどめない、残骸としか言いようのない物体が入っていた。
「実はね」
真相を知った二人は大笑いし、そしてこれからどうするかを語り合った。
お互い仕送りが入金されるのは25日だから、今が一番お金に困っている時だ。外食などという選択肢を採る余地はない。
「だからね」
紬子が持ってきたエコバッグから『赤いきつね』を出してきた。
「ケーキの代わりを何にしようか考えたんだけど、イチゴの赤繋がりでこれにしたの。テヘッ」
そう言いながら、ペロリと舌を出した。
「そっか、それなら」
諒汰が脇にある籐製のバスケットから『緑のたぬき』を引っ張り出した。
「じゃ、俺は水菜とホウレンソウの色繋がりでこれにするよ」
「カップ麺パーティーね。それはそれで思い出になるから良いじゃない」
諒汰が鍋を火にかけ、沸騰したところでお玉を使いカップにだし汁を注ぐ。そこに付属のスープを半分ほど入れて蓋をする。
「昆布とカツオでどんな味になるかな」
「楽しみだね」
その後の会話もなく、二人は並んだカップをじっと見つめていた。
こんな日によりによってこういうものを食べることもないだろうに、とお互い考えながら。
そんな自分達が可笑しくなって、笑い始めた頃に時間になった。蓋を外せばいつもとは違う香りがぷ~んと漂ってくる。
味のアレンジなどしたこともない二人だったが、思わぬ発見に頬が緩む。それは二人だけが知っている秘密の味だ。
うどんと蕎麦、揚げと天ぷらを「あ~ん」をさせながら交換したり、汁を飲み比べたり、特別な日の特別な味を自分達だけが楽しめる特別な時間。それに気付いたのか顔を見合わせながら箸を進めていく。
「これも「ありだ」」
最後は二人でハモってしまった。そして再びの笑いが。
目の前の潰れたケーキだって口に入れれば味は変わらない。
イチゴとクリームが程好く混ざった甘酸っぱさが醤油が残る口によく合う。
努力は無駄になっても、二人で過ごす時間まで無駄になった訳じゃない。
想定外のことが起こっても二人で楽しむことは出来る。お蔭でそれが出来るほど仲が深まったと言える。けがの功名とはこういうことだ。
「美味しいね。二人で食べると──もっと、ずっと、ね」
お互い似たものどうしであることがはっきり分かった。紬子を家まで送る道すがら諒汰はますます彼女を好きになっていた。
あれから一週間が過ぎた大晦日の晩、諒汰は紬子の部屋にいた。
「「メリーお正月」」
二人の前には赤と緑のカップ麺が並んでいる。あの時以来、年越し蕎麦はそうしようと決めていたのだ。
「これ」と諒汰が差し出したのは一枚のハンカチだった。クリスマスの日に動転していて渡すのを忘れていたから、と。
箱に『Kissing Chief』と書かれたそれには一片の両側にお互いの名前が刺繍されていた。
首をかしげる紬子に、こうするとね、と彼がハンカチを二つ折りにする。いつでも──でしょという説明に彼女の顔はたちまち赤くなり、それを折ったままテーブルの上に置き、その上にもうすぐ食べ頃になるカップを並べた。赤と緑の蓋の隙間から僅かに湯気が見える。
「私の顔みたいね」
赤い蓋に手を掛け、紬子はポツリと呟いた。
「そうかもね」
緑の蓋に手を掛けた諒汰は小さく頷いた。
麺を啜る音が消えた時、鐘の響きが遠くに聞こえた。
似たものどうし ~ある12月の出来事~ 睡蓮 @Grapes
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