一方その頃 5
「どういうつもりだ! 説明しろ! 一から十まで、全てだ!」
四人の顔を順番に睨みつけながら、当然のことを要求する。
しかし、まるで俺を屋敷に入れまいと入り口に並んだ四人は小さく鼻で笑った。
この俺を、笑いやがったのだ。
その中でも特に生意気なルカエルが、歩み出てふざけたことをのたまう。
「説明する義務なんてどこにもないよ。だって君はもうこのパーティの人間じゃないでしょ」
「このパーティは俺が育て上げたんだぞ!? その俺を追放できると思ってるのか!?」
蒼穹の剣と名前を付けたのも、当初の五人を取りまとめていたのも、そしてここまで成長させたのも、全ては俺の功績だ。だというのに、卑怯極まりない裏切り行為で、それらを奪われるなんてことが許されるはずがない。
だがそれも常識的な感性と倫理観を持っていればの話だ。
この馬鹿共にそんな道理は通用しなかった。
「思ってるんじゃなくて、もう追放したんだよ。どれだけ君がそこで怒鳴ろうとも、その事実は変わらないんだよ」
「残念だけれど、ルカエルの言う通りね。不満があるなら、ギルドに泣きついてみたら? まぁ、無駄でしょうけど」
「本当に済まない、リンドック。だがこのパーティを存続させていくには、こうするしかなかったんだ」
次々と発せられる、聞くに堪えない言葉の数々。
よほど俺だけが周囲から注目を浴びるのが納得いかなかったのだろう。
確かに天才的な俺に対して、余りにこの三人は無能過ぎた。
周りからどう見られているかなど、俺も考えが及ばなかったのは事実だ。
だがしかし、ここらで真実を語ってやるべきなのだろう。
「いいか? よく聞けよ。これが最後の忠告だ」
本来ならば語りたくはない、このパーティの真実を教えてやる。
「お前達は馬鹿だ。そんな馬鹿がプラチナ級まで上り詰められる訳がないだろ。だったらなぜ、ここまで来られたと思う? それは俺がいたからだ。俺がいなけりゃ、お前達なんてブロンズ級の時に迷宮の中で死んでたに違いない。それなのに俺を追放して、これからも同じように活躍し続けられると思ってるのか? いいか、これは善意で言ってるんだ。お前達の為に、俺を追放するのはやめておけ」
この三人にとっては、寝耳に水だったに違いない。
今まで、そんな事は考えもしなかったのだろう。
いや、自分達の実力だけでここまでのし上がってきたと勘違いしていたのかもしれない。
その証拠に、ぽかんと口を開けたまま、お互いの顔をしきりに眺め合っている。
だが確かに俺の言葉は響いたはずだ。
と、その時、黙り込んでいたオルフェアが前に進み出た。
俺の目の前まで来たオルフェアは、ゆっくりと俺の肩に手を置いた。
上下関係を考えれば許されざる行為だが、今だけは目をつぶってやる。
「わかってくれたか、オルフェア。お前だけは、俺を裏切らないと信じていた」
「いいえ、ここからすぐに立ち去ってください。私が魔法を使う前に」
「……笑えない冗談だ。これは対等な会話じゃない。俺からお前への命令だ。今すぐにそこを――」
壊滅的な破壊音が言葉を遮った。
反射的に振り返れば、屋敷前の石畳の半分が消し飛んでいる。
魔法の詠唱や、その予備動作さえ眼で追えなかった。
今の破壊を引き起こしたのが、オルフェアの閃光魔法だとすぐに分かった。
分かったが、信じられなかった。従順だったオルフェアが、なぜ。
その疑問を問いかけるより先に、オルフェアの手が俺の胸に添えられた。
「聞こえませんでしたか? 立ち去ってください。今すぐに」
それは事実上の脅迫だった。
ここで歯向かえば、破壊の閃光が俺の胸を貫くことになる。
それこそ気が付く間もなく、俺は死ぬことになるだろう。
ゆっくりと、破壊された石畳を下がっていく。
だが、それでも納得はしていない。
「パーティに迎えてやった恩義を忘れたのか!? 義理を返すぐらいしたらどうなんだ!」
「恩義? 義理? 生憎とそんな上品な物など持ち合わせていない。だが感謝はしているよ、君の無能ぶりには。今やこのパーティのリーダーは、この僕だ」
獰猛な笑みを浮かべたオルフェアは、その片腕に光を宿した。
その瞬間、振り返って全力で走り出す。
いくら頭脳があったとしても、最高位レベルの冒険者の理不尽な暴力には敵わない。
足元で炸裂する魔法を避けながら、全力で街を駆け抜ける。
その光が、自分に炸裂しないよう、神に祈りを捧げながら。
◆
気が付けば、冒険者ギルドの近くまで走ってきていた。
ここなら、あのオルフェアも魔法を安易には使えないはずだ。
だが振り返ってみても、あの悪魔の様な女の姿は見えない。
流石にここまで追ってくるほど、執念深くはないのだろう。
一息ついて、路地裏に座り込む。
俺の手元には、なにも残っていない。
築き上げた物は不当に奪われ、全てを失ってしまったのだ。
そう考えると、去来していた安心感を怒りが食らいつくした。
「ふざけるな、ふざけるなよ!」
冷たい小雨に振られながら、ギルド脇の柱に拳を叩きつける。
ここまで惨めな思いをしているのは、俺以外に誰もいないだろう。
道理も通らず、理不尽な理由で虐げられる。
こんな事が許されていいわけがない。
相応の報いを受けさせてやりたいところだが、相手はあのオルフェアだ。
正面から向かったところで、勝算は低い。
となれば、なにか作戦を練らなければ……。
「おや、なにかお困りのようだね」
女とも男とも取れない声音が、路地裏に響いた。
反射的に振り返り、腰の剣に手を伸ばす。
しかしそこに立っていたのは、声と同じく男女のどちらとも見える人物だった。
少なくとも、こんな人物に心当たりはない。
まぁ、有名人の俺を見かけて声を掛けたという線もなくはないが。
「だ、誰だお前……。」
「名乗るほどの者じゃないよ。何か困ってるならと思って、声を掛けた次第さ」
冒険者をやっていて、その言葉を信じる馬鹿はいない。
剣を抜き放ち、その切っ先を相手に向ける。
温暖期に入ったというのに、冷たい雨が視界を狭くする。
しかしこの距離なら、狙いをたがえる事はしない。
「近づくな! それ以上近づけば――」
「そんな恐れなくていいよ。私はただ、君を助けたいだけなんだ。酷い裏切りで傷ついた君を」
羞恥と怒りで思考がかき乱される。
もう噂が広まっているのかと。
つまりこの人物は、俺がパーティから追放されたと知って話しかけてきたのだ。
その理由など、たった一つしか考えられない。
「俺を笑いに来たのか。見下げ果てた奴だな」
「いいや、その逆だよ。努力を踏みにじられたんだね。尊厳を傷つけられ、全ての成果を奪われてしまったんだね。それでも私が協力すれば、それらを取り戻すことも不可能じゃない」
想定外の言葉に、思わず剣を握る手が緩む。
冒険者であればこういった噂話を聞いて、同情することは少ない。いいや、皆無と言っていい。
同業者ではあるが、同じく競争相手でもあるのだから当然だ。
だからこそ、同情して全てを取り戻す協力をすると申し出た相手を、信じてみたくなった。
考えてみても、今さら俺を騙す理由も思いつかない。
噂が広まっている通り、俺は冒険者としての殆どを失った。
そんな相手からだまし取れる物など殆どないのだから、これが新手の詐欺だとは考えにくい。
「本当、なのか? 本当に連中から、取り戻すことができるのか!?」
「もちろんだとも。だから是非とも、君に協力させてほしい。本当なら君の様な才能あふれる人間には、無用な助力かもしれないけれどね」
それに、この相手は相応に頭が切れるようだ。
俺の才能を見抜いている相手と組めるのだから、この相手が言う通り全てを取り返す事も不可能ではないかもしれない。
いや、それどころか以前以上の名声を手に入れる事だって可能なはずだ。
剣を仕舞い、新たな相棒となるであろう人物に問いかける。
「……お前、見る目があるな。名前は、なんていうんだ?」
「困った質問だなぁ。特に名乗る程の名前は持ち合わせてはいないんだけど、仲間や知人からはこう呼ばれているよ」
雨に濡れたまま、その人物は真っ黒な瞳で俺を射抜きながら、その名前を告げた。
「オーレンと」
白き女神の穢れた勇者 ~最高位パーティから追放された冒険者、呪いの装備が付け放題だと判明し、無双を始める~ 夕影草 一葉 @goriragunsou
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