エピローグ 2話
「姫花!」
「ッ……!」
俺の大きな声に驚き、姫花はパッと振り返りそうになったが、しかしそれを抑えてゆっくりと振り返った。
「どうしかしましたか?冬……青凪くん」
そう言った姫花は、学校での鉄壁の美女そのものだった。
呼び方も、名前ではなく苗字になっている。
これが意味していることは分かる。
もう付き合っていないことを示しているのだ。
俺は、姫花の対応に、悲しさと、寂しさを覚えた。
しかし、そんな事にうろたえていてはだめなのだ。
これは、俺が作り出してしまった関係。
安易な俺の判断と、そして鈍感な俺の思考のせいだ。
だから、この関係を終わらせるのは、俺がするべき仕事なのだ。
「姫花。聞いてほしいことがある」
俺は、上がる息を抑え、俯く彼女に向かってそう言った。
俺の言葉を聞いた姫花は、その顔を上げて、俺の目を見てくれた。
その眼には、気力がなく、降れてしまえば消えてなくなってしまいそうな、そんな儚さを感じた。
俺は一度深呼吸をして、そして口を開いた。
「俺、気が付いたんだ。無意識のうちに姫花といる時間を楽しみにするようになっていたんだって。姫花と一緒に居ることが、とても居心地がいいと思っていたって」
「冬治、君……」
俺がそう言うと、姫花は俺の名前を呼んだ。
その目は見開かれ、暗くよどんでいた瞳に、光が差し込まれていた。
「最初は友達になりたいんだと思っていた。でも、それは違っていた。それを颯太に言われて気が付いたんだ」
「……」
俺の言葉を、姫花はただただ黙って聞いていた。
しかし、その目は確かに俺をとらえていて、そして確かに生気がこもっていた。
俺はそんな姫花の目を見つめて、話を続ける。
「色々悩んだ。色々遠回りした。けど、ようやく結論にたどり着いた」
俺はそう言うと、一度言葉を区切り、改まった。
悩んだ。
たくさん悩んだ。
後悔だって何度もした。
色々なことをたくさん考えたし、色々な答えが出た。
でも、ようやく、俺にとっての最適解が出てきた。
それは案外簡単で、端から除外してしまったかモノだった。
結論は、俺にとってただただ都合のいいもので、それでも俺の中では一番しっくり来ていた。
だから、俺は彼女に言わなくてはならない。
あの言葉を。
「だからさ、えっと、その……」
俺はそう切り出し、言葉に詰まる。
言うことは決まっているし、その覚悟ももうしてきた。
なのに、その言葉がのどに引っかかってなかなか出てこない。
世の中の人、そして姫花は、この緊張を耐え抜いたんだと思うと、本当に尊敬した。
だが、尊敬するのもすぐにやめ、俺もそうそうに仲間入りすることにした。
大きく息を吸い、そして吐く。
深呼吸をした後、ついに覚悟を決めて、俺は口を開いた。
「水野姫花さん。俺は、あなたのことが好きです」
「ッ……」
静寂の中、透き通るように響いた俺の言葉は、確実に姫花の耳へと届いた。
姫花は俺の言葉を聞くと、目に雫を溜め、両手で口元を覆った。
俺はそんな彼女の仕草をみて、最後の言葉を放つ。
「俺と、付き合ってくれませんか?」
俺のその言葉を聞くと、姫花はこらえていた涙を流し、そして俺に笑いかけながら震える声で、しかししっかりと、返事をした。
「はい、もちろんです!」
俺と姫花。
二人の呼吸音だけが聞こえてくる。
今は二人だけの世界。
二人だけの空間が、この周辺に広がっていた。
俺たちは互いに歩み寄ると、姫花が目を閉じて顔を上げた。
俺はそんな姫花の肩に手を回し、ゆっくりと顔を近づける。
そして俺はその赤い唇に、そっと自分の唇を重ねた。
時間にして僅か三秒。
しかし、体感では何十秒もの長い時間のように感じた。
初めてのキス。
それは、熱くて、濃厚で、それでいて少し甘かった。
唇を離した俺たちは、互いに見つめ合った。
恥ずかしさのせいか、夕日のせいか、俺たちの顔は赤く染まっていた。
しばらくして、姫花が俺に笑いかける。
俺は、それに呼応するように、微笑んだ。
そして、俺たちはそっと体を離すと、今度は手を繋ないだ。
そうした俺たちはどちらからともなく、ゆっくりと歩きだした。
以前のように、そして、以前と違い、本当の恋人として━━。
高校一年の冬、俺は初めて『恋』を知った。
相手は学校一の美少女で、鉄壁の二つ名を持つほどの女の子。
しかし本当は普通の女の子で、ちょっぴり幼く無邪気な笑顔を見せる、そんな一面もある、俺の自慢の『彼女』だ。
【完】
恋を知りたい俺は、今日も彼女とデートする。 天川希望 @Hazukin
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