エピローグ ありがとうを君に

エピローグ 1話

 颯太に背中を押され走り出した俺は、まず教室へと向かった。


 まだ教室に残っていることにかけて、俺は全力で走った。



 教室に着くなり、俺は姫花の姿を探した。

 しかしそこには姫花の姿は見えなかった。


 俺はまだ教室に残っていたクラスメイトの女の子たちに尋ねることにした。


「あのさ、姫花ってどこに行ったか知ってる?」

「水野さん?それならさっき一人で帰ったよ?」

「水野さんに何か用事だったの?」

「いや、大丈夫。ありがとう」


 彼女たちは、俺が突然話しかけてきたことを不思議がりながらも、質問についてすぐに答えてくれた。

 

 俺はそんな彼女たちの言葉を聞くと、そうおれいを言って、すぐに姫花を追いかけた。


「今のって青凪君だよね」

「うん。そうだと思う」


 俺が走り去った後、彼女たちはそんな話をしていた。


 あまりに嵐のように去っていったため、動揺していたのだろう。

 

 俺はそんなことを知りもせず、全力で走り、靴を履き替えて姫花を追いかけた。


「はぁ、はぁ」


 走り続けている影響で息が荒くなるが、俺はそんな中酸欠の頭を回転させて考え事をする。


 俺は気が付いたんだ。

 ようやく、気が付いた。


 好きという気持ちがどんなものなのか。

 

 そして、『恋』とはどんな感情なのか。


 俺には分からないと思っていた。

 もしかしたら一生『恋』なんてできないのかと思っていた。


 でも、違った。

 ちゃんと俺は『恋』に落ちていた。


 俺をそうしてくれたのは元恋人の姫花で、その感情に気が付かせてくれたのは親友である颯太。


 俺はたくさんの人に支えられて、やっとの思いで気づけた。知れた。


「間に合ってくれ!」


 俺はそう叫び、悲鳴を上げる心臓に鞭をうつ。


 姫花が一人で帰ったと聞いて、確信した。


 彼女は本当に孤独だったんだと。

 初めて一緒に帰ったあの日、俺にだけ打ち明けてくれた本当の気持ち。


 あの時はただの他人事で、大変なんだなとしか思っていなかった。


 しかし、あの時の彼女の言葉を思い出す。


『私、今夢を見ているようなんです』


『いつか、冬治君とこうやって一緒に学校からこの道を通って下校を出来たらと思っていたんです』


『何だかすみません。ずっと憧れていた状況でしたので、つい一人で話過ぎてしまいました』


 この言葉を思い出して、俺は心底思う。


 絶対に俺が守りたい、と。


 誰かなんて、そこにいてほしくない。

 俺が姫花の隣にいたい。


 これは友達のする役目じゃない。

 恋人の役目。


 つまり、俺は姫花に『恋』をしているのだ。


 たわいもない話をして笑い合ったこと。


 水族館で、まるで子どもの様にはしゃいでいた無邪気な姫花の姿。


 クリスマスに一緒に見たイルミネーション。


 自分の理想を語っていた時の、姫花の女の子らしい一面。


 そして、あの日、別れ際に見せた泣き顔……。


 どれもこれも、俺にとっては忘れることのできない、かけがえのない思い出となっている。

 そして、俺はどうしても、伝えなければならなかった。


「頼む……」


 警鐘をならす心臓の鼓動が、嫌でも脳に苦しみを訴えかける。

 俺はそんな心臓をつかみ、それを必死に抑え込む。


 そして、もうとっくに限界を超えている俺のスタミナが、本当に尽きようとしたときだった。


 長く美しい黒髪を風になびかせ、ゆったりと上品に歩いている少女が、俺の視界に飛び込んできたのだ。


 その少女は、紛れもなく、俺の探していた相手だった。


「姫花!」


 目に入るや否や、俺は彼女の名前を大きな声で叫び、呼び止めた。

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