八章 4話

 数日もすると、私と冬治君が別れたことは学校中で周知の事実となっていた。


 私は今までと変わらず、またたくさんのお友達に囲まれるようになった。

 ただ、私の心は、いまだにどこか空いてしまっていた。


 理由は分っている。

 いつも当たり前のように感じていた冬治君が、私の傍から消えてしまったからだ。


 ふとそちらの方を見てみると、彼はお友達と楽しそうにしていた。


 でも、いつまで見ていても、彼と目が合うことは無かった。



 そんな日の放課後、私は久しぶりに春咲さんに誘われて、春咲さんの家で遊ぶこととなった。


 あまり長い付き合いではないけれど、彼女は優しい人なので、失恋した私を慰めてくれる算段なのだと思う。


 私はその優しさに甘えることにして、春咲さんの誘いに応じた。



 春咲さんの家は大きくも小さくもない、極一般的な民家だった。


 私は彼女に連れられて、彼女の部屋へと案内してもらった。


 部屋の中は可愛らしい印象を受けた。

 薄いピンク色の壁紙に、動物のぬいぐるみがちらほらと置かれていた。


 私達は部屋の真ん中にある小さなテーブルを挟んで向かい合うように座った。


「姫花ちゃん、あの……」

「大丈夫ですよ、春先さん」


 春先さんは少し気まずそうにしていたので、私は少し空気を和ませた。


 その言葉をきいて、気持ちが落ち着いたのか、春咲さんは改めて口を開いた。


「姫花ちゃん、私、颯太から聞いちゃった。姫花ちゃんと、冬治のこと……」

「そうなんですね。でしたら、話が早いですね」


 私はそう言うと、軽く微笑む。


 結局、私は冬治君に頼み込んで、三か月間付き合ってもらっただけの人間なのだ。

 傍から見れば、何とも醜いと思う。


 しかし、春咲さんから返ってきた言葉は、罵倒の言葉なんかではなかった。


「やっぱり、このままじゃダメだと思う。姫花ちゃんのためにも、冬治のためにも……」


 彼女はそういうと、俯いて黙り込んでしまった。


 私はそんな春咲さんに向かって返事をする。


「これは、私だけが決めることじゃないんです。冬治くんが答えを出してしまった以上、私にはどうすることもできないんです」

「それでも、姫花ちゃんが救われないよ……」


 私の話を聞いてもなお、食い下がる春咲さん。


 私はそれに対して言葉を返す。


「それは、私だけではないんですよ。私が告白をお断りしてきた人たちも、同じ気持ちだったんですよ」

「それは……」

「だから、私だけ特別なことはないんです。冬治君にも、きっといつかいい人と巡り合うことができるはずですから」


 私は、どこか遠くを見ながら、そう返した。


 その返事を聞いても、春咲さんはまだ諦めなかった。


「それでも!それでも、冬治には、きっとこれが最初で最後のチャンスかもしれないから……」


 そして、その言葉を聞いて、私の心は揺れそうになる。


 しかし、それは許され無いこと。

 冬治君は私をフリ、私はフラれたのだ。


 もう、二度とあのときには戻れないのだ。


 だから、私は心の底から、本心で、春咲さんに語らいかける。


「いいんですよ、春咲さん」

「でも!」

「本当にいいんです。三か月という長いようで短かった期間だけでも、仮とは言え、冬治君と恋人としていられた。それだけで、もう、充分なんです」

「姫花ちゃん……」


 私の言葉を聞いて、春先さんはこれ以上何も言えなくなってしまった。


 実際、私は本当に良いと思っている。

 本音を言えば、あのままずっと付き合っていたかったけれど、それでも、それは冬治君の同意があって初めて成り立つことで、フラれてしまったのだから仕方がないのだ。


 そんな風に考えていると、春先さんが最後に一つだけ聞かせてと言って続けた。


「姫花ちゃんは、冬治と付き合って、過ごして、良かった?」

「はい、それは勿論。たくさんの、楽しい思い出を、くだ…さった……ので、心のこ…りなんて、ないほどに」

「姫花ちゃん……」


 私の姿を見て、春咲さんは押し黙る。


 本当は、こんな風に答えるつもりじゃなかったのに、それでも、少し目を閉じると、思い出してしまう。

 冬治君と過ごした、たった三ヶ月の記憶が、一瞬で、流れていく。


 そのたびに、胸がカラッポになる。

 あの頃にはもう、戻れないと分かるから。


 そのたびに、やっぱり私は思ってしまう。


「好きになるんじゃなかった……」


 思わず口にしてしまった言葉。


 決して本心ではないが、それでもやっぱり、この辛さは、後悔してしまう。


 これが失恋という痛み。

 私が今まで知らなかったものなのだ。


 だから、やっぱり心の片隅で、どうしてもそんなことを思ってしまうのだろう。



「今日は、ありがとうございました」

「うん。また明日ね、姫花ちゃん」

「はい、また明日」


 結局、あの後私たちは何も話さなかった。


 ただただ沈黙が流れ続け、気をきかせてくれた春咲さんが、帰宅を提案してくれた。


 そうして私は家に向かって歩き始めた。


 この痛みが和らぐことを祈って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る