八章 3話

 それからのことは、はっきりと覚えている。


 『恋』は人を変えると言うが、実際は私も変わった。


 私の視界を遮っていた仮面は砕け、灰色に染まった私の世界は、色とりどりの鮮やかな世界へと変わっていった。

 二年近く忘れていた感覚に、私は懐かしさを感じた。


 しかし、私の心はそれどころではなかった。


 学校にいるときは、誰と話していても彼を見つけると自然と目で追ってしまい、寝る前にはどうしても彼を思い出してしまい、心臓が言うことを聞かなくなってしまう。


「これが『恋』なんだ……」


 私は胸のあたりを握りしめると、少し嬉しそうな声でそう呟く。


 確かに胸は苦しいのに、それでも嫌な気分にはならなかった。


 お昼休み、私の周りに集まって来た女の子たちが、好きな人の話でもりあがる。

 けど、私はその話には混ざれない。


 今までだってそうだった。

 けど、今は少しだけ気持ちが違う。


 前までは、私とは住む世界が違うのだと思っていた。


 でも、今は違う。

 私も、同じように感じられるのだ。


 だから、私も同じように思っていた。

 彼と一緒に下校したり、どこかへ遊びに行ったり、普通に会話をしたり。


 そんな楽しそうなことを想像する。


 それだけで、私は幸せを感じられることができた。


 私はその時、『恋』をしている人達が、どうして幸せそうだったのか、ようやく理解することができた。



 そんな風にしていると、時間はあっという間に過ぎていった。

 10月の末、またしても転機は突然訪れる。


 放課後、先生のお手伝いをして少し変えるのが送れて、一人で昇降口へと向かうと、同じく一人でゴミ箱を抱えて校舎裏へと歩いて行く彼を見つけた。


 私は、何となく気になってついて行ってしまった。


 本当にただの気まぐれだった。


 ちょっとついて行ったら帰ろうと思っていた。

 しかし、そんなときふと彼の声が聞こえてきた。


「誰か、俺に『恋』を教えてくれ……」


 私は、その言葉を聞いて、昔の自分と重なった。


 だから、思ったのだ。

 私を救ってくれた彼に、少しでも恩返しができれば、と。


 いや、それは建前かもしれない。

 やっぱり、私は彼のことが好きだったからだろう。


 だから、私は彼の方を叩き、こう声を掛けた。


「その役、私に引き受けさせてくれませんか?」


 私のそんな発言に、彼は驚いた様子をしていた。


 そして、その後話の流れで付き合うこととなった。


 その時私は一度フラれてしまったが、お試しということで恋人になった。


 そこからは、私の想像が現実に変わっていった。


 彼と一緒hに下校し、一緒にたくさんの場所へ行った。

 そして、いろんなお話をして、たくさん笑い合った。


 完璧な水野姫花としてではなく、本当の水野姫花として。


 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、つい先日、私と彼との恋人期間が終了した。

 結局、私が楽しんだだけで、彼には何も返すことができなかったのだ。


 私には、彼に『恋』を教えてあげられるだけの力はなかったのだ。



 私に『恋』を教えてくれた彼の名前は、青凪冬治君。


 頭がよくて、人柄もいい、本当にかっこいい私の初恋の相手。


 そして、私が今日、初めて失恋を経験した相手。


「返しきれなかった、な……」


 私は後悔と悲しさで、一晩中枕を濡らした。

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