世にも平和な戦争
真偽ゆらり
争いの火種にはお湯を注げ
蓋を線までめくり、一気圧の環境で沸騰させたお湯を線まで注ぎ蓋を閉じる。そして蓋に書かれた時間を待つだけ。
気をつければ大人でも子供でも作って食べる事ができる。世界にこれほど平等な『作って食べられるモノ』があるだろうか。
え、ある?
そ、そう……じゃあ日本の一般家庭で自炊が得意ではなく、特にアレルギーが無い人達かつ不摂生をし過ぎてない人にとって。でどうだ?
細かい?
はぁ……じゃあ、この話を読んでる君とか。
それかお湯が沸かせて、作り方に書いてある通りに作れる人にとって。でいいや。
もう反論は聞かんぞ。
「……て、俺は誰に向かって話しかけているんだっての」
携帯の時計を見る。そろそろ緑のたぬきにお湯を注いで三分経った。蓋をめくり、取り出してあった天ぷらを軽くつゆに漬けて豪快に齧る。
ザクザクとした食感が、口内から響く快音が傷付いた俺の心を癒やしてくれる。
天ぷらを半分ほど食べ、残りは麺の下へ。
天ぷらがつゆを吸っている間に蕎麦を豪快に啜る。あまり褒められた行為ではないが、よく噛まずに飲み込み次の麺を啜っていく。
汁が跳ねて眼鏡に黄金色の雫がつくが構うものか。失恋の悲しみをぶつける様に絶えず麺を口の中へ。
「んぐ!? み、水!」
喉に詰まった。
つゆがあるからと飲み物を用意しておらず、肝心のつゆも流し込めるほど冷めてない。
万事急須。
短く、しがない人生が脳裏に蘇る。
小さい頃、初めて食べた『緑のたぬき』の味と作り方の手軽さに覚えた感動。
いつの頃からか我が家で定着した年越し
夜食の『緑のたぬき』を食べる為に夜遅くまで勉強をした受験生活の日々。
初恋玉砕した日に食べたやけに
いつもご飯を作ってくれる母さんが入院していつもより味気なく感じた『緑のたぬき』に日常のありがたみを知った。
「はい、水」
渡された水を勢いよく飲み干す。
「俺の走馬灯、緑のたぬきばっかだな!?」
「お兄ちゃん……そりゃ、緑のたぬき食べながら走馬灯見れば緑一色の走馬灯になるよ。ってこのやり取り何回目? また失恋したんだ。通算十敗目、おめでとう!」
「まだ七敗目だ、妹よ。お前の敗北も足すでない……いや、待て。お前の失恋を足しても一つ足りな——その赤いきつね。妹よ、お前もか」
水の入ったコップを渡してくれた妹が持っていたのは赤いきつねだった。
「そうよ! 悪い? それといつも言うけど、失恋には赤いきつねよ!」
「何を言うか! 緑のたぬきだ!」
我らが兄妹の第……何次かは忘れた赤緑戦争いや、緑赤戦争の幕開けである。
先行、妹。
「いい? つゆを吸って噛むと溢れる出し汁で包み込んでくれるお揚げこそ至高の癒しよ!」
後攻、兄こと俺。
「なんの! 初めは硬い食感で失恋の悔しさをぶつけさせてくれ、つゆを吸った後は柔らかな食感と吸った出し汁で心を解す。静と動を合わせ持つ天ぷらこそ究極の癒しだ!」
妹の追撃。
「失恋の悔しさはうどんのコシが受け止めてくれるわ。そして食べているうちに気持ちを前向きにしてくれるもの」
俺の反撃。
「喉越しのいい蕎麦を豪快に齧っていれば失恋の悲しみや悔しさはどうだってよくなるさ」
つゆに関しての争いは無い。
つゆに関してはどっちも美味いと俺達の中では結論が出ているからだ。
「こうなったら、アレしかないわね」
「そう……だな」
「お湯は?」「まだあるぞ」
新しい『緑のたぬき』と『赤いきつね』を箱から取り出し、『緑のたぬき』を妹へ。
さて、早いが終戦の時間だ。
お湯を注ぐとしようか。
世にも平和な戦争 真偽ゆらり @Silvanote
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