第50話
カンカン照りの水辺にいつまでもいるのは辛いので適当に話を切り上げ、テント場に戻る。今日はこのまま、大知さんの車に乗って麓近くの温泉にひとっ風呂浴びに行く予定なんだよ。美弥さんと大知さんのあれこれはあとで十分聞かせてもらうからまずは風呂には入りたい。
山の上で涼しいとはいえ日差しは強いし、山を上ってきたから俺も美穂も滝のような汗をかいている。
なので、ここはシャワーではなくしっかりと熱々の温泉に使って汗を流し、疲れを癒やしたいところなんだよね。
「わ、わかったよ。じゃあ、美弥さんも行こうか」
「……はい」
※
「大知さん。俺たちバンガローに一回戻って着替えとかお風呂セット取ってから駐車場に戻るね」
「おう。オレたちも用意したらすぐ行くから車のところで待っていてくれ」
「さあ、美穂。行こうか最後のバンガローまでの道のりはきついぞ~」
「登山後に中途半端に休憩しちゃったみたいなものだからちょっと足が重いね」
「ま、その後は温泉だからゆっくり疲れを取ったらいいよ」
「うん。その温泉って近いの?」
「三〇分ぐらいらしいよ。そのまま更に三〇分も走ると超有名温泉地もあるみたいだけど、今から行くところは秘境なんで人がほぼいないらしいよ」
「へ~ すごく楽しみ!」
俺たちが向かったお風呂は、受付などないただ高い板壁に囲まれている無人の露天温泉浴場で、近くの管理している宿泊施設のロビーで料金を払って入り口の鍵を受け取って入るシステムの温泉だった。秘境スギルダロ?
なんとも田舎っぽいざっくりとした管理状況だと思ったけど、そもそもお客さんが俺たちの他にいないからね。これでは管理者の常駐は無駄だろうね。
温泉入り口の説明書きも雨で滲んで読みづらくなっているからか、ここのシステムがわからないと思われる人たちがガチャガチャと入り口のノブを回しているのを見かけて風呂上がりの大知さんがその人に入浴方法を教えてあげていた。こんなこところでも大知さんのいい人ぶりが発揮されているなぁ。俺? ただ見てただけだよ……。
なにはともあれ温泉のお湯は最高でした! 帰る前にもう一度入りたいと思うぐらい。
みんなに後で提案してみようと思っているけど、明日は明日で、川底から温泉水が湧き出ていて川自体が温泉になっているところに行くって話だから、この温泉に再び入るのはまた次の機会になりそう。
※
「ほうほう、それで?」
「吉田さんがタープを下げられるところまで下げてくれて、雨は直接吹きつけなくなったんだけど……」
「なったんだけど?」
「雷は普通の家にいるのとはぜんぜん違くて、雨音がものすごく近くて……雷も怖かったの」
「それでそれで?」
美穂が美弥さんに尋問、じゃなかったいろいろと昨夜の状況を教えてもらっている。
「へ~ それで大知さんが美弥さんのテントに入って一緒に一晩を過ごした、と?」
「そ、そうだけど……。同じテント内でもシュラフは別だし、特に何もなかったぞ」
「大知さん、そんなのは端から承知だよ。それに俺は二人の間に何かあったのかなんて一つも聞いてないよ?」
「ぐぬぬ……」
俺も大知さんに尋も、じゃなかった。状況の確認をしていた。
「でも俺のテントは二人用とは謳ってますけどキュウキュウでなんとか二人寝れますって広さしかないですけど?」
「そ、それは……。なるべく離れるようにはしていたから問題はないはずだ。ねっ、そうですよね、美弥さん?」
「そそそそっ、そうよっ! 真司くんも美穂も何を勘違いしているの? おかしなことを聞く子たちですよね、大知さん?」
「大知さん、ねぇ~。お姉ちゃんまで名前呼びとは……へ~ ま、あのあとなんのお姉ちゃんから連絡もなかったんで無事なんだろうって思っていましたけどね。二人が仲良くなってくれるのは私たち的にも嬉しいことなんで、特に何もありませんよ?」
「も、もう! あなた達だって昨日の夜は大変だったでしょ?」
「まあ、雷が怖かったんで私たちは強く 強く 強く抱き合って寝たけどね~ 真司くんっ」
抱き合っていただけじゃないですけど……。それで雨のせいではないけどおフトンもいろいろと湿ってしまったので他人の視線から隠すように干すはめになったんだよね。言わないけど! これは絶対!
「っ‼ そ、そうよね。あんたたち自宅でも一緒の部屋で寝泊まりしてたもんね……。今更だったわ……」
「ふふふ。お姉ちゃんより私のほうがオトナなんだからね!」
「み、美穂ももういいじゃない⁉ ほら星も見えてきたし、今夜はいい天気で満天の星空だよ!」
このままでは美穂が余計なことを口走りそうでコワイよ! いつまでも根掘り葉掘り聞いていてはせっかくの雰囲気が台無しになっちゃう。
今聞かなくたって、大知さんと美弥さんの二人がうまくいくようならば一々俺たちが聞かなくても目に入るし、美園さんあたりが大はしゃぎでいろいろ教えてくれるはず。
今はゆったりと焚き火を眺めながら真夏の夜を楽しもうじゃないか?
「ふふ、『星の夢、月の目覚め』みたいね!」
「なにそれ、実在する小説なの? どういう話なの?」
「う~んとね。愛し合う二人を中心にして愛の輪が広がって行く話なんだけど――」
美穂の話す小説の物語はまるで俺たちのような話だった。
事実は小説より奇なりというけれど、俺たちの恋模様は小説のようであり、小説なんてありえないような面白おかしいことも起きたりしている。
これからもこんなふうに時を過ごせたら……。
いや、絶対にそうするんだよな。
美穂の笑顔を見ながら俺はそう思った次第。
*****
一旦これにておしまい。
また続きが溜まったりしたら投稿しますね。
読んでいただきありがとうございました。
恋愛小説のような恋がした……とは一言も言っていないのにっ!あ、それ元ネタは小説じゃないけど? 403μぐらむ @155
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