第49話
果たしてバンガローに俺たちが着く頃には大粒の雨が降り始めた。
「ギリギリセーフ! 雷もすごい! 大迫力! 本気で怖い! 助けて真司くん!」
なんだか言っていることとは反対に楽しそうな美穂。
尋ねてみたら今は雷にいいイメージがついたので昔よりは怖くないそうだ。雷にいいイメージって何って思ったけどあれがきっかけで初めての夜を過ごしたからだって! 照れるじゃないかよ!
「まあ、それはそれとして美弥さんは大丈夫かな?」
「もうっ! もうちょっとノッてくれてもいいんじゃないの? えっと、仕方ないから聞いてみるね」
あぐらの俺の上にちょこんと座って俺の腕に抱かれている美穂は言葉の通りあまり雷を怖がっている様子はない。たまに大きな音がするとビクってなっているけどね。
『吉田さんがタープを下げてテントを完全に覆ってくれたから雨は平気だけど雷が』
ドーーーーーン!
落雷。
雷光と雷鳴がほぼ同時なのですぐ近くに落ちたのだろう。山の上とはいえ避雷針があちこちの施設ごとに立っており、もしかしたらそれのどこかにでも落ちたのだろう。
さすがの美穂も黙って俺にしがみついている。
もう美穂も美弥さんのことを気にしている場合じゃないみたいなので俺が大知さんにメッセージを送り聞いてみることにする。
するとすぐに返信があり、『美弥さんは怖がってはいるけどテントのなかで落ち着いている。おれが傍にいるのでこっちは大丈夫だ。心配してくれて悪いな!』とある。
「ふ~ん。そっか、傍ね。ならアッチは大知さんに任せておけば大丈夫だな」
それから三〇分もすると、雨はまだ止んでいなけれど、雷は雲放電のピカピカしかなくなったので緊張感は和らいできた。山では雷雲が二回三回と連続と来襲するのもよくある話なので気は抜けないんだけどさ。
バンガローの明かりはLEDランタン一つ。オイルランタンの炎色で雰囲気あるものを選んだ。
シュラフは二つをドッキングできるものを新調して今回持ってきた。もちろん美穂とダブルで寝るため。
雷が通り過ぎていったのに美穂はまだ俺にしがみついたまま。俺もずっと座りっぱなしはつかれるので今はシュラフに寝転んで二人で抱き合っているかたち。
もぞもぞと美穂の手が俺の身体を弄ってくる。手だけじゃない。美穂は唇でも俺の身体を弄ってくる。
「美穂……」
呼ぶと、トロンとした目で俺を見上げてくる。
「んぐ……。ちゅ、ちゅう……」
そのまま俺は美穂の唇を奪う。
明日も予定では早い時刻なんだけど、そんな先のことよりも今が大事。
「真司くん……。きて……」
第二波、もしかしたら第三波の雷雲が来たのかもしれないけど、俺たちはお互いに夢中になっていたので気づくことはなかった。
*
昨夜の雷雨が嘘のように雲ひとつない晴れ渡った青空が天を覆っている。
今は朝八時。
すっかり寝坊である。
当初の予定では六時頃起床、七時半頃ハイキングに出発……のはずだったんだよね。
ただし、とても満足した清々しい気持ちなので後悔はない!
「さて、予定変更。二つ手前の峰まで行って折り返しすれば二時にはテント場に到着するな。よし、無問題、無問題」
念の為のコース計画は出発時刻の三〇分遅れから三時間遅れまで作っておいたので何ら支障は無いんだよ! 無いもんはないのっ!
「おはよぅ……真司くん」
眠気眼をこすりながら美穂も起きてきた。
「あっちの水場で顔を洗ってきちゃいな。もう少しで朝ごはんができるよ」
「ふぁ~い。おにゃかすいた……」
昨日の夕飯は早い時間だったからなそれは腹が減っても仕方ないだろうね。運動もたっぷりしたから、余計だよね。俺もお腹ペコペコだよ。
木々の間から昨夜の雨水が落ちてくるのでタープを張り直し、その下にベンチとテーブルを設置する。
スキレットをシングルストーブで熱してベーコンと卵を落とす。焼き終える前にスライスチーズを載せた食パンをホットサンドクッカーにセットする。
卵の白身が固まってきた頃合いをみて、スキレットからベーコンエッグを取り出して食パンの上に乗せ、マヨネーズとケチャップをたっぷりかける。スキレットを退かしてクッカーを火にかけて裏返しながら焼けばベーコンエッグホットサンドの出来上がり。
「いい匂い……」
「さっ、美穂から食べて。コーヒーはそっちのポットに作ってあるからそこのカップに注いで飲んでくれ」
再度同じことを繰り返して自分の分のホットサンドも作る。ボリュームもあって美味しい割にはあっという間に出来上がるし、洗い物も少ないのでオススメだ。
シュラフを目立たないところに干して、着替えを持って管理棟でシャワーを浴びたら登山用の装備を整え、いざハイキングに出発だ。最初の登山予定がハイキングになったけど気にする必要は無いんだよ。景色が素晴らしところをちゃんとチョイスしているからね。
*
「すごくきれいだったね。でも、あの上まで行けたらもっと遠くまで見えたんだよね……次は早起きできるように控えようね」
「ははは……」
俺たち控えられるんだろうか? 特に美穂が⁉
「あ、見てみて! あれお姉ちゃんと吉田さんじゃない?」
ルートを短くしたので予定よりもだいぶ早くキャンプ場についたのでいいもの見られた。
美弥さんと大知さんが手を繋いで湖のほとりを散歩しているところに遭遇したんだ。
「ただいまっ、お姉ちゃん! ふたりともいい雰囲気だったね!」
美穂がそんなことを言うもんだからか、二人はさっと手を離してしまった。
「い、いや。こ、これは……。足場が悪いんで美弥さんが転ぶといけないから――」
「そ。そう、そうなの。わたし、ドジだから吉田さんに助けてらって――」
俺たちは別に手を繋いでいたことについて一切指摘はしていないんだけどね。
うむ。こういうことか。
自分たちの付き合い出す前の映画デートなんかこんな感じに他人からは見えていたんだな。
なんとも感慨深い。
美弥さんと大知さんが赤い顔して大汗をかいているのは夏の日差しが暑いだけじゃないんだろうな。
「うわぁ~ 『嵐の丘』のワンシーンみたいで感動的ですらあるわぁ」
嵐が丘なら知っているけど『嵐の丘』ってなに? ちょっと美穂は読む小説がニッチすぎやしないかい?
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