勇者のお仕事 赤と緑のスポンサー編

nikata

さいしょでさいご

 とある王都の外れに突如現れた雲を突き抜けるほどの高さの塔。

 誰かが言った。


「まるでコンテストのタイミングに合わせたようだ」


 その塔の最上階には『最高の粉末ダシ』があるという。ギルドから依頼を受けた勇者一行はその塔の最上階に何を見るのか。


「はい。というわけで、今日は振休の戦士さんと有給の賢者さんの代わりに助っ人が来てくれています。じゃあ簡単に自己紹介を」


 勇者が促すと一組のフレッシュな男女が一歩前に出る。男性は短髪黒髪に利発そうな顔立ちで青い鎧を装備している。対して女性は、黄色いエプロン姿でゆるふわのショートヘアが良く似合う顔立ちだ。二人とも緊張した面持ちだ。


「今日一日お世話になります担当営業と申します! よろしくお願いします!」

「え、えっと、東洋スイです。ダンジョンは初めてですが精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」


 二人が挨拶をした相手、魔法使いも相手に習ってペコリとお辞儀をする。


「こちらこそよろしくお願いします。えっと、魔法使いです」


 それを見届けた勇者が満足そうに頷く。


「はい。じゃあ今日の朝礼はここまでにします」

「え、今の朝礼? 朝礼なんて今までやったことなかったのに」

「じゃあ最後にいつものやって終わりたいと思います」

「ちょっと、いつものってな――」


 首を傾げる魔法使いを無視して勇者が続ける。


「全ては、笑顔のために。はい!」

「「全ては、笑顔のために」」


 勇者に続いて復唱した担当とスイは息がピッタリ合っていた。


「今までやったことないやつ普通にやった!」


 ツッコむ魔法使いを気にする風もなく勇者が言う。


「さあ、目指すは最上階にあると言われる『最高の粉末ダシ』です!」




「今だ、魔法使いさん!」

「いっくよー!」


 魔法使いは ファイヤーボルトを 唱えた。

 150のダメージ。

 アークデイモンを たおした。


「らっくしょー♪ 当然の結果だよ☆」


 戦闘が終わり勝利ポーズも取り終わったあとで、素に戻った魔法使いがフウっと息をつく。


「いよいよ次が一〇〇階層……。最後の階ね」

「そうですね。戦士さんと賢者さんが居ないにも関わらずなんとかここまで来れたのは担当さんとスイさんのおかげですね」


 勇者が背後の二人を見る。担当とスイは傷だらけになりながらも、ここまで勇者と魔法使いを後方から支援してきた。この二人にも何か戦う理由があるのだ。魔法使いはそう思った。


「じゃあ最後の階層に上がる前に一回ここで休憩入れましょう。体力も随分消耗しちゃいましたし」


 勇者の提案で一同はダンジョンの端っこに腰を下ろした。


「じゃあ私MP回復薬もーらおっと」


 魔法使いがいつもどおり液体状の回復薬に手を伸ばす。


「ちょっと待ったああーー!」


 それを勇者が声で制する。


「ビックリしたっ! なによ急に!?」


 驚いて動きを止めた魔法使いに勇者が言う。


「僕は前から考えてたんですけど、回復アイテムが薬草とか飲み物だけって虚しくないですか?」

「いや、ホントいきなりなに!? アンタいっつもおいしいおいしいって薬草もしゃもしゃ食べてたじゃない」

「もう!」


 勇者の悲痛な叫びがダンジョン内にこだました。


「リアルに考えてくださいよ? どこの世界にあんな苦い草食べただけで体力全開する人間がいるんですか!?」

「どこの世界って、この世界に居るじゃん」

「やせ我慢してるに決まってるじゃないですか! 魔法使いさんだって本当はMP回復のためだからって産地も分からない水なんて飲みたくないでしょ!?」

「それはそうだけど……」

「じゃあ今日からはこれがMP回復薬です。事前にお湯は入れておきました」

 魔法使いは勇者からあるものを受け取る。

「え、何? ……緑のたぬき? これって――」


 魔法使いの言葉を遮って勇者が「そうです!」と声高に叫ぶ。


「ご存知、緑のたぬきです!」


 勇者は、ババーン! と効果音が入りそうな勢いで商品名を口にした。しかし魔法使いはテンション低めに返す。


「えー。私今炭水化物たんすいかぶつ抜きダイエットしてるし……」

「でた! 炭水化物抜きダイエット! どうして女子はそうやってすぐ炭水化物を毛嫌いするんですか? 炭水化物に故郷の村でも焼かれたんですか?」

「だって炭水化物取ると太っちゃうし……」


 勇者の主張に魔法使いはすぐさま反論する。しかし、勇者はいつもの二倍速ぐらいの速さで捲し立てる。お湯を入れてもうすぐ三分経ちそうだからだ。


「いーや! そうじゃない、そうじゃないですよ魔法使いさん。確かに炭水化物を抜くと一時的に体重は落ちるかも知れません。ですが逆に太りやすい体質になってしまうんですよ!」

「「な、なんだってーーー!」」


 魔法使いとハモるようにスイも驚きの声を上げる。おそらく彼女も炭水化物に故郷の村を焼かれたのだろう。


「そもそも人間の身体はちゃんと栄養価の高い物を摂ってそれ以上に運動すれば絶対に痩せるように出来てるんです。魔法使いさんなんて普段からバンバン魔法打ちまくってカロリー消費してるんだからちゃんと食事を摂ったって普通に痩せますよ」

「うーん……。確かに勇者にしてはまともなこと言ってるけど……」


 そう言いながらも魔法使いはパチンと箸を割ると緑のたぬきをスルスルと口に含――


「ちょっと待って! 私まだ食べるって決めてないし! 勝手に地の文がフライングしてるだけだから!」

「ダメですよ魔法使いさん。一度地の文に書いたことは作者であろうと覆せないですから。ほら、早く食べてくださいほら早く」

「えー……こんなのってあり?」


 勇者に促され、今度こそ本当に魔法使いは緑のたぬきを口にした。


「ん!? これ普通に美味しいかも! 鰹節と煮干し、それに昆布出汁が回復魔法のように身体全体を優しく包んでくれるようだわ! それに蕎麦自体も喉越しが良いしかき揚げもあっさりしててとっても食べやすい!」


 魔法使いは 緑のたぬきを使用した。

 MPが全開した。


「そうでしょうそうでしょう。あまりに美味しくてついそんな料理漫画みたいなコメントが飛び出してしまうでしょう」


 勇者が満足そうにうんうんと頷く。いつの間にか勇者も赤いきつねを平らげてHPが全開している。


「さあ! もちゃんと入れましたし、あとは『最高の粉末ダシ』を手に入れるだけです!」


 勇者の言う『キーワード』が気にはなったが、魔法使いは敢えて聞こえないフリをした。




「どうやらこの宝箱に『最高の粉末ダシ』が眠っているようですね」


 なんやかんやで最上階のボスを倒した勇者一行は宝箱を前にゴクリと唾を飲み込む。


「……実は僕達、お二人に隠していたことがあるんです」


 唐突に担当が口を開く。見ればスイもどこか思いつめたような表情だ。


「実は僕達、東洋水産の社員なんです! 今回弊社の社長から『最高の粉末ダシ』を手に入れるよう指示があって――」

「え、知ってるけど?」

「「ええーーー! なんで知ってるんですか!?」」


 突然のカミングアウトにも関わらず、平然とした魔法使いの態度に担当とスイの二人が驚く。


「いや、だって普通に分かるでしょ……。担当さんが装備してる青い鎧にTSのロゴ入ってるし、スイちゃんのエプロンにもマルちゃんマーク入ってるし……」

「じゃあ、最初から僕達の正体に気付いていたんですね」

「いや、寧ろ隠してることにまったく気付かなかったっていうか。大体勇者もいきなり回復アイテムにマルちゃん製品を推し始めるし、多分今回のスポンサーが東洋水産ってことかなって」


 魔法使いはこともなげに言ってのけた。


「バレてましたか」


 勇者が苦笑する。


「でも実際食べてみて良かったでしょ? 美味しい物が食べられると味気ない冒険の日々にも彩りが添えられるじゃないですか」

「まあ、たまにはこういうのも悪くないかも」


 魔法使いも珍しく勇者の言葉に素直に同意する。


「じゃあ、あまり文字数も残っていないし、開けちゃいましょう」


 勇者に促され、担当が宝箱を開けた。そこには、


「こ、これは『普通の粉末ダシ』じゃないか……」

「そんな! じゃあ私たち一体なんのために……」


 中身を見て愕然とする二人。しかし勇者が言い放つ。


「『最高の粉末ダシ』は宝箱の中になんて無い!」


 唖然とした表情でその場の全員が見るなか、勇者は続ける。


「あなた達がここに辿り着くまでに経験したことこそが、『感動』と言う名の最高の粉末ダシなんです!」


 魔法使いがジト目で勇者を見る。


「ちょっとなに言ってるか分からないんだけど――」

「「ハッ!?」」

「なんか二人が気付いたみたいになった!」


 何かに気付いた担当が呟く。


「もしかして社長は……」

「そうです。最高の料理は最高の食材だけじゃ作れない。食べてくれる人の笑顔を思い浮かべ、必死に料理に携わること。つまり、『』。それが一番大事なんです。きっと社長さんはあなた達にそれを伝えたかったんですよ」




 時は過ぎ。一行はあいも変わらず冒険中。


「そう言えば昔一緒に冒険した担当さんが社長に就任したんだって。しかも一緒に居たスイちゃんと結婚したみたいだし。あれから二人とも頑張ったんだね」


 魔法使いが嬉しそうに笑う。それを聞いた勇者は懐かしそうに遠くの空を見つめる。


「じゃああの二人は『愛』という最強のスパイスも手に入れたんですね。……まあ僕にはなんとなく分かってましたけどね」

「またまたー。でもあの時の勇者はほんのちょっとだけ主人公っぽかったかなー」

「ぽかったじゃなくて、僕は最初からずっと主人公ですから!」


 パーティー一行は二人のやり取りを見て笑う。その笑い声は、どこまでも広がる青空の下、いつまでも絶えず続いた。いや、ホントに。


 あの時、普通の粉末ダシが宝箱から出てきた時パニクって咄嗟になんか変なこと言っちゃったけど結果なんかあの場の皆心打たれて担当さんなんて社長にまで上り詰めたみたいだし結果オーライ的な?


 勇者はフッと笑う。


「……言うてみるもんやな」


 勇者たちの戦いは続く!


 そして、


 東洋水産の戦いも続く!

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