第22話
ところ変わってミュイの屋敷。敵の掃討を終えたユウとマリアは、契約を履行せんとミュイ今後の予定について話し合っていた。
「ここからは速度が命です。まずは我々がここまで乗ってきた高機動車にミュイさんを始めとする重要人物を乗せてベースに戻り、その後すぐに大型トラックでキルト王国に戻って住人を回収します」
「異存ありません。メンバーの指定はこちらで行っても構いませんか?」
「はい。ただ、人数に関しては最大で7名までとさせてください。それ以上は乗せられません」
「わかりました。私は最後で構いません。ジゼル、人を決めてください」
「な、ダメです! ミュイ様がお先です」
「しかし、民を置いて国を離れる訳には……」
「すいませんが、契約書の履行者に何かあっては困るのでミュイさんは最優先です」
「この者もこう言っている事です、何卒考え直してください……」
「……わかりました。民の移動にはどれほどの時間がかかるのでしょうか?」
「人数にもよると思いますが、飛ばせば三日以内で済むと思いますよ。なので、帝国兵がまた襲ってくる前に住民の回収は終わります」
「三日? たったそれだけの日数で済むというのですか?」
「トラックの荷台なので乗り心地は保証しませんけどね」
この世界の主な移動手段は馬だ。馬車での平均時速は10キロ程度である事を考えると、安定して60キロ以上のスピードで走れる車の速度というのは異世界人からしてみると異常という他なかった。
普通であれば何をバカな事を一蹴されてしまうところだが、ミュイはユウ達の戦いをその目で見ている。おかげでそういうものかとすぐに納得してみせた。しかし、
「バカな事を言うな! 貴様らのベースとやらがどこにあるのか知らんが、民全ての移動が三日で済む訳なかろう!」
ジゼルは大人である事が災いして、なかなか自分の中で凝り固まった価値観を放棄する事が出来ずにいるようだった。
彼女の言っている事は何も間違っていない。少なくとも、「異世界の基準では」だが。ユウ達地球側の基準では三日という日数はむしろ遅くすら思う。
「まあまあ物は試しってやつだ。あんたも乗ればわかるさ」
フレッドはポンとジゼルの肩に手を置いてそう言った。が、ジゼルに「気安く触るな!」とその手を叩き落されてしまった。
悲しそうに泣き真似をするフレッドをマリアがいじっているのを横目に、ユウはジゼルに向かってこう言った。
「ミュイさんを高機動車に乗せるとなると、世話役が必要になります。ジゼルさんがその役目を担ってもらっても?」
「もちろんだ!」
ジゼルに胸に拳を当てて力強くそう言い切った。
「脳筋はああやって扱うんだよー、わかったかなフレッド君?」
泣き真似を続けているフレッドを鞘に入れたナイフの先で突きながらマリアが言った。ちなみにマリアはジゼルに聞こえないよう周到に日本語で話している。
「どうして俺ばっかりこんななんだ……」
「酒場でしか女を釣った事がないからじゃない? まともな女の扱い忘れちゃったぁ?」
「うるせえ! どうせ俺なんて尻の軽い女にしか相手にされねえよ!」
「誰もそんな事は言っていないだろうに……ていうか、聞こえてなくてもニュアンスでわかるかもしれないんだから変な事は話すな」
「はーい。ほらあんたも、いつまでもウジウジしてないで隊長サンの命令聞く!」
「ちくしょう……俺だって姐さんが帰ってきたら……」
「だめだこりゃ。バカはほっといてあたし達はお仕事しましょ」
「なんだってこうなんだ……」
戦闘直後とは思えないギャグチックな雰囲気のままユウはミュイと直近の行動について話し合った。
結果、屋敷で匿っている国民の生き残りに説明をさせてほしいという流れになった。確かに、なんの説明もないままに住む場所を追われるのは少々酷な話だ。
「よかったの? 説明なんてする時間与えてさぁ」
国民への説明は戦いの爪痕残る屋敷の庭で行う事になった。そこへ移動する道すがら、マリアは日本語でそう問いかけてきた。ミュイ達に聞かれたくない話しという事だ。
「納得しないまま連れて行って、脱走でもされたらたまったもんじゃないからな」
「でも何も言わずにドナドナした方が労働力は確実に取れるんだよぉ? ちゃんと説明したらこの場に留まる人だって出てくるでしょ」
「しょうがないさ。俺達は人買いじゃないんだ。最低限の倫理観くらいは持たなきゃ」
「ふうん……ま、ユウがいいならいーけどさ」
屋敷の庭に集められた国民達は、これからどんな発表があるのか戦々恐々としていた。それも無理からぬ話だ。彼らは屋敷の中にいたせいで、外で何が起こっていたのかを知らないのだ。皆、帝国兵から命からがら逃げた記憶がびっしりと焼き付いている。
あの惨状から想起する事など、キルト王国の敗北宣言以外にない。まさかあの状況から勝ったなどとは誰も思わないだろう。
「皆さんに大事なお話があります」
無数に突き刺さる視線を一身に引き受けたミュイは、手始めに力強くそう発した。
「まず初めに、わたし達の国を襲っていた帝国兵は全て追い払われました。ここにいる三人の勇士のおかげです」
ミュイはそう言って後ろに控えていたユウ達を指差した。
ミュイの言葉を聞いた国民は口々に信じられないと言った。だが、亜人特有の聴力で本当に帝国兵がキルト王国からいなくなかった事を悟ると、今度は話題の中心にユウ達が上がっていった。
怪しげな格好をした三人のヒト属。屈強そうには見えない。しかも一人は女だ。とても帝国兵の軍勢を追い払えるとは思えなかった。するとあれは代表者で他にも大勢いるのか、そういった話の流れになるのは必然だった。
ミュイはそうした流れを断ち切るように、帝国兵を追い払ったのがここにいる三人だけである事を説明した。その上で、民に今後の選択を迫った。
「わたし達は選択を迫られています。すなわち、この焼け野原に残り、今後も襲ってくるであろう帝国兵達と矛を交えるか。それともこの森を後にし、フェンリルの保護下に入るか」
ミュイは民一人ひとりの顔を見渡した。そして、こう続けた。
「わたしはジゼルと共にフェンリルの保護下に入ります。ですが、皆さんの中にはその選択をよく思われない方もいるでしょう。ですから、強制は致しません。よく考え、自身にとって最良の選択をしてください。期限は明日のこの時間までです」
ミュイはそう言って屋敷へと戻っていった。残された民は混乱の真っ只中にあるようだった。口々にどうするか相談している。大半は二択のどちらかを選択するかという相談だったが、中には急な選択を迫ったミュイを批判している者もいた。
そうした光景を一通り見聞きしたユウは、マリアとフレッドを伴って屋敷へ戻った。
応接間ではミュイのお供役であるジゼルが忙しなく指示を出していた。ミュイが高機動車で移動する間不自由ないように着替えや食事などの用意をさせているのだ。
そんな中、ミュイは一人ソファに腰掛け深いため息を吐いていた。ユウはそんなミュイに側まで行くと、こう言った。
「王族として最後の役目、お疲れ様でした」
「最後……そう、そうですね。わたしの選択は正しかったのでしょうか」
「それは俺にはわかりません。ですが、あの場で何もせずにいれば、確実にこの国は帝国に滅ばされていた。それだけは確かです」
「あなた方には感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございます」
そう言ってミュイは深々と頭を下げた。
「いえ、我々は契約に則って行動しただけです。そこまでしていただくような事ではありません」
「フェンリルにとってはあの程度、赤子の手をひねるのと変わらないのですね」
「そこまで言ってしまうと少々語弊がありますが……まあ、そんなところです。それはそうと、ミュイさんはこの辺の地勢について明るい方ですか?」
「地勢、ですか? 多少であれば存じておりますが」
「鉄が取れる土地はご存知ですか? 出来ればその周辺に、帝国に虐げられている部族がいれば尚いいのですが」
「それでしたら、ここを南に行ったところにドワーフの集落があります。つい最近、帝国に侵略されたそうで。以前はそことやり取りがあったのですが、ひと月ほど前から連絡がつかないのです。恐らく、帝国の植民地に……」
(その条件なら鉱脈も働き手も獲得出来る。次の目的が決まったな)
「助けに行くおつもりですか?」
「まずはここの事を片付けてから、ですが」
「その、なるべく穏便にしていただけると……ここのように焼け野原にされてしまうと、復興が出来ませんから。あっ、決して非難している訳ではないのです。民を救っていただいたのは事実ですから。感謝しているのも本当です」
ミュイは生まれ持っての勘の鋭さからユウ達がわざと国を焼け野原にしたのだという事を察していた。それがどのような理由から行われたかまでは思い至らなかったが、それでもなんらかの思惑があって行われた事だというのは理解していた。
「……気付いてたんですか」
「その……はい。フレッドさんがお使いになっている銃をユウさん達もお持ちになっているのに使わなかったので不思議に思っていたんです。そこからは連想ゲームで……でも、この事はわたし以外誰も気付いていないと思います。皆、爆発の威力に驚いていましたから」
「参ったな……。まあ、バレてるんならしょうがないか。お話しした通り、こちらも台所事情が良いとは言えない状況ですからね。なんとしても働き手が欲しかった訳です」
ここまで話せば勘の良いミュイの事だ、皆まで言わずとも理解するだろう。事実、ミュイは「そうだったのですね」と頷いた。
「軽蔑しましたか?」
ユウ側にしてみれば、通常の兵器で敵を殲滅するとなると、こちら側に被害が出る可能性があった。働き手確保のために、という前提条件はあれど、フェンリルに被害を出さないとなればグレネードランチャーでの殲滅が最も安全だと判断したに過ぎない。とはいえ、それを非難すると言われてしまえば何も言い返せないのもまた事実だ。
ユウは平手の一発も受ける事を覚悟して返事を待ったが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「いいえ、必要だからそうしたのでしょう?」
「責めないんですね」
「わたしだって、必要に駆られればそうした判断を下します。ですから、わたしにユウさんを責める権利はありません」
「ほんとに参ったな。ミュイさん、幾つでしたっけ?」
「今年で12の年になります」
「信じられないな。大人と話してるみたいですよ」
「ふふっ、そうなるように育てられましたから。それと、わたしはもう王族を離れるのですから、敬語を使わずともよいのですよ。さんづけも結構です」
「それもそうですね。ではそちらも敬語使わないでいいですよ」
「もうっ! 敬語になってますよ」
「あっと、これは失礼」
「それに、わたしの敬語は癖みたいなものですから気にしないでください」
「そっか。じゃあ、ミュイ。これからよろしく」
「はい。よろしくお願い致します」
二人は固く手を握った。そんな二人の様子を面白くなさそうな顔でじーっと見ていたのがマリアだった。明らかに不機嫌ですというオーラを身にまといながら近寄ってくると、彼女はこう言った。
「ずいぶん仲よさそーじゃん。車の用意が出来ましたよぉ。それとも声かけない方がよかったぁ?」
「いや、ちょうど話しがまとまったところだ。……なんでそんな機嫌悪いんだよ?」
「さぁ? 自分で考えろ。げしげし」
そう言ってブーツの先でスネを蹴ってくるマリア。本気でないのは当然だが、地味に痛いからやめてほしかった。
「やめろって、何を怒ってるんだよ」
「うっさいバーカ」
マリアが機嫌を損ねた理由がわからないユウは、それからあの手この手で彼女の機嫌をとろうとするのだった。
蹂躙スル現代兵器、武装企業ハ解放ス。~企業に騙されて異世界に行ったけど、破棄された軍事基地を見つけたので亜人達と蜂起します~ 山城京(yamasiro kei) @yamasiro
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