第6話

「あの……何だったんですか?誰だったんですか?」


やっとソファを下りてきた徹が不可解な顔で尋ねるが、


「まぁそれを語るためにもだな、そもそもの私の落としものを探さないといけないんだが……と、あれ?ここにあるじゃないか。なんでお前の部屋に置いてあるんだ?」


と、窓際のPCデスクの上のUSBメモリーを手に取る。


「え?あぁ、それですか?あれ?それ遊佐木先生のなんですか?僕のだと思って下から持って来たんですけど。あはは、灯台もと暗しってやつですね」


「あはは、じゃない、この盗人ぬすっとが。おかげで今日一日丸々無駄遣いしてしまったじゃないか」


「すみません……」


「……まぁいい。とりあえずコーヒーでもれてくれるか?考えたら、散歩に出て帰って来て、これを探しにまた山に登って戻って来て、今の今まで何も飲み食いしてなかったよ」


キッチンの棚に置かれた小洒落こじゃれたコーヒーメーカーを眺めながら、遊佐木がカウンターの小さな椅子に腰を下ろした。


「さて、まずはだな」


徹が差し出した小さなコーヒーカップを取り、こうばしい香りを放つ黒い液体を小さく口に含みながら、もう片方の手でUSBメモリーをつまみ上げた遊佐木が切り出す。


「このUSBには、私が開発した『動物型自律駆動デバイス制御AI』が入っている。さっきの依田は陸軍諜報部の軍人でもあり研究員でもあってな。昨日ちょうどこのAIの不具合を修正して書き換えたんで、USBごとあいつに送ろうと思っていた所でもあったんだ。ついでにさっき渡せれば良かったのにな」


「……え?あれ?動物型自律駆動デバイス……?と、いうことは……あのもふもふしたアレ、要するにロボットだったんですか?嘘でしょ?あんなリアルな、っていうかリアルよりリアルな癒やされようの物体が、機械だったって?っていうか先生もまぁまぁとんでもないものを紛失してるし」


自分も口に運びかけていたカップを思わず下ろして、徹が驚きの声を上げる。


「私も現物を見るのは初めてですっかりだまされてしまったな。一年前ぐらいに、四足歩行の動物型ならば全てに応用可能なAIプログラムが完成して、当時まだ機械も丸出しでサイズも馬ぐらいあった試作品の段階までは、私も現場に関わっていたんだがね。しかし、そこからほんの一年でここまで仕上げてくるとは思っていなかったよ」


「いや、それにしたって……だいたい軍隊にあんなかわいい物体なんか必要あるんですか?……あぁ、戦場で疲弊ひへいした兵士の癒やしとかにはいいかも知れないですね」


もふもふの抱き心地を思い出しながら徹が言うが、


「お前は幸せなやつだな。あんなものスパイに決まってるだろうが。だがその目的に使用するにはもう少し動物そのものを研究する必要がありそうだな。あんな妙なUMAでは敵どころかその辺の一般人にすら好奇を引いて、簡単に捕獲されて見世物にされたり解剖されたりしてしまうぞ。後で依田に言っておこう」


「はぁ……スパイですか……。今時本当にそんなのいるんですかねぇ」


「ま、意外といるのさ。科学者にはそんな世界は関係無い、と言いたいところだが、私も好んで協力したいわけでは無いのだがね、依田は大学の後輩だし、何しろコレの払いがねぇ……すごいんだよ、このテの話ってのは」


と苦笑いを浮かべつつ右手の親指と人差指で丸を作って見せた遊佐木が、カップを置いて立ち上がった。


「あぁ、仕事に戻りますか」


「いや、せっかく捕まえたUMAがまさかの結末で消化不良感も著しいのでな、ちょっと旅に出てくる」


「?どこへ?」


玄関へと向かう遊佐木の背に徹が尋ねると、


「UMA狩りさ。依田には貸しができたからな。ちょっと動いてもらって、そうだな……やっぱり南米かなぁ、美味いコーヒーもあるし。じゃ、そういうことでしばらく留守を頼むよ」


遊佐木が振り返って微笑んだ。


「はぁ……?でも科学者がUMA狩りって……」


「ふ、ふ、ふ、存在しないなどと一体誰が立証できるんだい?可能性はゼロでは無いのだよ、そうだろう?」


唖然あぜんとしている徹を尻目に、遊佐木は長い黒髪を揺らして楽しげに階段を駆け降りて行った。


















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LOST UMA 遠矢九十九(トオヤツクモ) @108-99

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