異世界に落ちた真っ先に死にそうなポジションのおっさんの回想

広晴

おっさんの回想


少しだけ昔、私たちは日本という国で暮らしていたんだ。


それが突然この国のはじっこへ放り出されて、いろいろなことがあって、ずいぶん苦労して今の暮らしを手に入れた。

最初、私はまったく何もできなくて、彼らにはだいぶん面倒をかけた。

面倒を掛けられたこともあったけどね。

でも来たばかりのころの私は、一番年上で体力もなくて、太ってて文句が多くて。

経験も何の役にも立たなくて、そのくせ偉そうだった。


ふふ、うん。そうだよ。この私の話さ。

本当だとも。じゃあ一番最初の時のお話をしようか。


お布団をちゃんとかけたかい?

さあ目をつぶって。

夜、何にも無い草原を想像してみて。

草原っていうのは原っぱのことだよ。

寒くはなかったね。

そう、そしてそこに、ぽいって石ころを投げるみたいに私たちは捨てられたんだ。



◆◆◆



「はあ?! 異世界?! 何を・・・寝ぼけたことを・・・!」

「ですからあなたのカバンを私たちと共有してください。」

「何だと・・・!」


私だって分かっている。

頭上に光る2つの月が、私の良く知った夜ではないことを主張している。

目の前の若造に言われなくたって分かっているとも。


だが冷静でなどいられるものか!

時間は夜。

明かりは若造の連れらしい小娘の携帯だけ。

周りは見渡す限りの草原。

街の明かりなど見えやしない。

遠くにはかすかに山の稜線と林だか森だかが見える。

常識的に考えて野生動物がいないわけがない。


先ほどまで夕方の街中で、信号を待っていたら、足元に黒い穴が開いて、落ちたと思ったらこの状況だ。

恐怖を抱かないほうがどうかしている!

私は自慢じゃないが運動はできないし、体力もない。

50歳が近づき腹も出ている。

こんなサバイバルに急に放り出されて耐えられるものか!

ようやく部長の椅子を手に入れられそうな、こんな時期に!

日本へ帰せ!無礼なガキに憤って何が悪い!



私の周囲にいるのは、5人。

同じく穴に落ちた、同じ信号を待っていた連中だ。


1、私にカバンの中身を見せろと迫る慇懃無礼な男子学生。

2、携帯の明かりをこちらに向ける、慇懃無礼な男子学生の連れらしき髪の長い生真面目そうな女子学生。

3、長髪の小娘の陰に隠れて怖々こちらを伺う髪が短い女子学生。

4、上の3人と同じ制服だが、明らかに3人から距離を取っている、覇気のない男子学生。

5、30代くらいに見える特徴のないスーツ姿の男。


私が周囲を見回している間に、3人の学生は何やら小声で話していたかと思えば、いきなりこの若造が私のカバンを寄越せと迫ってきたのだ。


「この状況からしてここは異世界なんです。だから協力しないと生き残れないと言ってるんですよ。」

「だからと言ってなぜ私のカバンを渡さなければならない!」


明かりをこちらに向ける長髪の小娘が会話に入ってくる。

「全員の持ち物を確認してこの状況にあたろうという話です。お分かりいただけませんか?」

その上からの物言いにカチンとくる。


「気に入らん!」

「はあ?」

「お前らの態度は気に入らん!だからカバンは渡さん!信用できる態度ではない!」


やれやれとばかりに肩をすくめる若造。

「そんなことを言ってる場合じゃないことくらい分かるでしょう。」

呆れたように憐れむように若造が言う。


やかましい!自分が小物なのは誰よりも知っている!

映画くらい見るから、この状況では自分が真っ先に死ぬポジションなのも理解している!

だから怖いし、信頼できないやつに所持品を預けられないんだろうが!

ていうか小娘は私の顔にライトを当てるな!眩しい!



「確かにアンタら態度悪いよな。」

突然、覇気のない学生がけだるげな低い声で口を挟んできた。

全員がそちらに顔を向ける。


「フツーは自己紹介からじゃねーの?知らんけど。

いきなりカバン寄越せとか、どこの山賊デスカ?。

つーか俺みたいな陰キャに年上への礼儀とか諭されてんじゃねーデスヨ。陽キャ様。」


若造と長髪女を見る目つきが怖い。覇気がないとか思ってスマン少年。

そしてありがとう少年。


長髪の小娘が少し表情を緩めて、

「・・・確かにそうですね。私も混乱していたようです。失礼しました。

私は天道渚。秀徳高校の2年です。」

いい加減、私にライトを向けるのをやめろ!


長髪の小娘が口を閉じると、短髪の小娘が続けて、

「わ、私は小奈津あかねです。しゅ、秀徳高校の1年です。あの、すみませんでしたっ。」

いろいろ不安で怖いよな!わかるぞ!


慇懃無礼な若造が不承不承という体で続く。

「・・・工藤帯刀だ。」

お前は何年か言わんのかい!クソガキ!


低い声のローテンション棒読みで、目つきの悪いナイスガイが自己紹介する。

「はーい。秀徳高校1年3組。大和新太でーす。よろしくねー。」

仲良くする気ある?ないよね、さっきの煽り方じゃあ。


スーツの中年は、やはりあまり特徴のない声で、

「えー、高町商事の船田明です。32歳で、営業やってます。」

高町商事はIT機器に強い中堅の会社だよね。


あ、私の番か。

「・・・小野寺高道。48歳。事務職だ。ライトを人の顔に向けるな小娘。尋問でもしているつもりか。」


「あ、も、申し訳ありません!」

やっとライトが下ろされたが目がまだ少しチカチカしている。

この仕打ちは忘れんからな!



「さて先ほども言ったように、荷物の共有をして協力して事態に当たりたいのだが、異論は?」

お前が勝手に仕切ってること以外には異論はないよ工藤。


「なんでアンタが仕切ってんですか?何様デスカ?小野寺さんから信用できないって言われたのそういうトコじゃないんですかねえ?もう忘れちゃいました山賊さん?」

大和君もいちいち煽らんでいいと思うが、いいぞもっとやれ。


「まあまあ、工藤君も、大和君も、小野寺さんの言うことももっともです。」

船田が人のよさそうな声で割って入る。

「先ほどの工藤君と天道さんの態度は確かに良くなかったです。

でもこの異常事態ですからね。混乱もするでしょうし、水に流しましょうよ。小野寺さん、大和君。」


「・・・きちんと互いを尊重していけるのなら、協力は構わない。」

私は船田に答える。

私は大人だからな! 小物だからやられたことは忘れんけどな!


「・・・俺も、賢いつもりで人様をナチュラルに下に見るヤツラ以外となら大丈夫でーす。」

学校で彼らと何かあったの?おじさんが話聞こうか?部下の愚痴聞くのとか、割と得意よ?


工藤は大和君を睨むが、それ以上何も言わなかった。

天道がその工藤の頭をつかんで下げさせ、「申し訳ありませんでした。」と自分も頭を下げる。

小奈津はその横で小さくなっている。


「ええと、それじゃあ僭越ながら、ひとまず私が司会進行役ということで、ひとつ。」

船田が買って出てくれた。苦労してそうだなあ、彼は。


「正直、私はまだ混乱しています。どうするべきか、さっぱりです。

方針について意見がある方は挙手をお願いします。

あ、荷物の共有については保留にします。」

工藤が顔を背ける。


それから私たちは意見を出し合った。

最初は恐る恐る、徐々にヒートアップして。

日が昇るころには疲れ切っていたが、死にたくない一心で移動することになった。

それが私たちの旅の始まりだった。



◆◆◆



それから語りつくせないほど色々なことがあった。



私が小学生くらい、船田が中学生くらいに若返ったこと。


大和君が狼男になったこと。


工藤が2度、女に騙されて我々の財産を持ち逃げされたこと。


小奈津が右足を失ったこと。


天道が輪姦されて病気をうつされ、廃人になりかかったこと。


他にも細かい事件はあったが、数え切れん。




私は頑張った。

旅の当初、はっきり言って足手まといだった私を、船田と小奈津が励まし、足を挫いた時には大和君がおぶってくれた。

ふらつく大和君に「私を置いていきなさい」と泣きながら言ったら、「やだよバーカ」と笑われた。

彼らには頭が上がらない。


途中、草原にぽっかり開いた地割れに落ちた私を追ってきてくれて、よく分からんSFチックな、宇宙船の中のような場所に迷い込んだ。

私のミスで、そこで見つけた怪しげな薬を浴びてしまって、船田ともどもこんな姿になった。

私の方が被った量が多かったせいか、より子供に戻っていた。

大和君と船田にゲラゲラ笑われたな。ふん、私にだって子供時代はあったんだ。

後でいろいろ聞いたところ、そういう場所を「遺跡」と呼んでおり、若返りの薬も普通に見つかっているそうだ。

掛かってすぐ体が溶けなければ(!)大丈夫らしいが、いつ薬が切れて元の姿に戻るか、今でも気が気じゃない。


ポジティブシンキングで、少年の見た目を活かして商会の見習いに潜り込み、書類仕事と計算で地道に立場を作って金を貯めた。

表計算ソフトとコミュニケーションツールが欲しい。

今では小さいが王都に自分の店を持った。



船田も頑張った。

私の兄として一緒に同じ商会に潜り込み、営業としてどえらい業績をたたき出した。

その決済書類を見たときは何かの間違いかと思ったが本当で、王都の商売人界隈では有名人になった。

今では店の共同経営者だ。

少し前に現地の耳が尖った美人と結婚して近所に引っ越した。うらやましい。



大和君に何があったのかは未だに話してくれない。

少し毛深くなっちゃったが、本人は割と気に入ってるらしい。

新月には、彼が買った我々共同の庭付き一軒家(というか屋敷。訳アリ物件だったらしい。)に帰ってきて、具合悪そうに寝込んでいる。おつかれさまです稼ぎ頭。

船田が引っ越したので、ちょいちょいサシ飲みに付き合ってもらっている。



工藤は今は一緒に住んでいないが、罪悪感はあるのか、時々幾ばくかの金を私たちの店に置いていく。

どこで何をしているかは分からない。

船田と小奈津は心配しているが、あいつは女にだらしないので、多分、反省できてない。また私たちに迷惑をかける。大和君も同意見だ。

金を取られただけで済んでまだマシだったのだ。この家には若く美しい女性が二人もいるのだから。



小奈津は杖と義足を作って店番に立ってくれている。

家にいていいと言ってるが、健気に働いてくれている。

あと大和君は鈍いからもっと押したほうがいいよ。

私が少しずつサシ飲みで君の良さを伝えているけどさ。



天道はようやく病気が癒えたけれど、あらゆる記憶を失ってしまった。

辛すぎる記憶を自分で封じてしまったのだろう。

まっさらな新しい彼女として、一つ一つ物事を教えている。

言葉も忘れていたが、自頭が良いからだろうか、すぐに理解して、拙いながらも喋れるようになった。

だが成人男性を見ると怖いと言って泣き喚くので、家の中のことを少しだけ手伝ってもらっている。



なんとか誰も死んでいない。

だが日本に帰る方法は見当もつかない。


彼らやいろんな人たちに助けられて、必死に走って、協力して、やっと生活が軌道に乗ってきた。

けれどこの世界で生きることはとても厳しい。

思わぬことが度々起こるし、まだあまり気は抜けないが、まあ充実だけはしている。



◆◆◆



私の昔語りを聞きながら、天道は眠った。

童女のような寝顔は、満ち足りているように、幸せそうに見えた。


少しは記憶が刺激されるかもと思ったのだが、まったくそんなことはなかった。

良かったのか、悪かったのか。

判断はつかない。いつも悩む。これでいいのか。間違っていないか。

けれど辛い記憶ばかりではなかったはずなのだ。

せめて親御さんのことは思い出してあげてほしい、と願うのは私の残してきた家族に重ねているからだろう。自分勝手だな、私は。


私にしがみついて寝ている天道の鼻をつまむ。

しがみつく力が少し強くなった。

ふん。私は出会った時の仕打ちをまだ忘れていないぞ。

小物だからな私は。眩しかったんだからな。


こんなにしがみつかれては、今日も自分のベッドに戻れそうにない。

彼女の顔にかかった髪をそっと払い、少しだけ頭を撫でて、私も眠りについた。



この暖かさは安心するな、などと思いながら。



<終>

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