第9話

 (※国民視点)


「なんてことだ! ついにこの町まで、妙な獣が現れ始めたぞ」


「ああ、今朝も一人襲われて、怪我を負ったそうだ。隣町でも、同様の被害が出ているらしい」


「ちくしょう! 農作物も食い荒らされるし、どうすればいいんだ!」


「兵の人に報告したんだが、今はあの悪女の捜索で、手が離せないそうだ。あの獣に対応してくれるのは、いったいいつになることか……」


「そんな……。いったいおれたちは、どうすれば……」


     *


 (※デイヴィス殿下視点)


「丸一日以上経過したぞ! まだあの悪女は見つからないのか!?」


「申し訳ありません。あの悪女がどのような経路で逃亡したのか、以前として手掛かりはつかめておりません。現在捜索範囲を広げて、目撃情報も募っているところです。それと、殿下、また正体不明の獣が農作物や人を襲っているとの情報が入りました。それも、一件や二件ではありません。今日だけで、十件を超える報告を受けております」


「そんなことはどうでもいい! 早くあの悪女を見つけ出すんだ! ……なんだ? 外が騒がしいな」


 私は窓から身を乗り出して、下を覗いた。

 すると、見たこともない恐ろしい獣が何体もいた。


「な、なんだ、あれは! おい、今すぐ兵を集めろ! あの獣を何とかしろ!」


「わかりました。しかし殿下、現在ほとんどの兵はあの悪女の捜索に出払っていて、少人数で対抗するしかありません」


「くそっ! こんな時に……」


 私は窓から身を乗り出して下の様子を覗いていたが、上から獣の唸り声が聞こえた。

 そちらに振り向くと、屋根の上に立っている獣と目が合った。

 

 その獣は、私に向かって襲い掛かってきた……。


     *


「よし! これで完成ですね!」


 私は、解いた結界を元に戻した。

 結界は国の中心から段々と広がっていき、魔獣たちを退けるようにして、この国全体を覆った。

 これで、魔獣が国からいなくなり、二度と入ってくることはできない。

 あとは、デイヴィス殿下と話をつけるだけだ。


 殿下には、ここへ来るように手紙で伝えてある。

 そして、彼は何人もの兵と共に、私たちのいるところに尋ねてきた。


「いったいどういうことか、詳しく説明しろ」


 久しぶりに会った殿下の、開口一番のセリフはそんなものだった。

 殿下は肩を怪我しているようだ。

 なかなか、痛そうである。


「ですから、手紙に書いた通りですよ。私が結界を解いたから、魔獣たちがこの国に現れたのです。その証拠に、私が再び結界を張ると、魔獣がこの国からいなくなりました」


「つまり、貴様は悪女ではなく、本当に聖女だということか?」


「ええ、その通りです。まだ信じられないというのなら、もう一度結界を解いてもいいのですが、いかがなさいますか?」


「いや、もういい! 充分だ! 本当にすまなかった! 私が間違っていた! 貴様が聖女だというのは信じよう。だから、二度とあの魔獣が姿を見せないようにしてくれ」


 まあ、当然の返事である。

 今まで散々私のことを悪女呼ばわりしていたけれど、自分で見たものと、その肩の傷の痛みがあるせいだろう。

 私のことをようやく信じてくれたようだ。


「もちろん、追放の件はなしだ。食材の提供も続けるし、これからも好きなだけ、王宮にいて構わない」


「そうですか。食材の提供の件は、ありがたいですね。その件はお受けしようと思います。でも、王宮は結構です。あそこは息苦しくて、とても居心地が悪いですからね。今日からは、アーサーと一緒にここで暮らそうと思います。もちろん殿下との婚約は破棄したままで結構です」


「……わかった。すべて、貴様の言う通りにしよう。それで、魔獣からの危機を防げるのだから。それ以上は、何も望まない」


 殿下は兵たちと共に去っていった。


「さて、これですべて元通りだね」


 アーサーが大きく息を吐きながら言った。


「いいえ、殿下との政略結婚のための婚約を解消できたのだから、元通りではないわ。……それで、私がここであなたと一緒に暮らすって勢いで言ってしまったけれど、あなたはよかったの?」


「いやだったら、君が言った時に否定しているよ」


 アーサーが、私に向かってほほ笑んだ。


「いつかこんな日が来たらいいのにって、私、ずっと待ち望んでいたわ」


 私は、勢いよくアーサーに抱き着いた。

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殿下、私のことを悪女と呼んでいますが、私の正体は聖女ですよ? 下柳 @szmr

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