俺と薦星
「いま、なんて? 」
薦星の、震える声が響く。観覧車の窓から差し込む夕日で、俯く彼女の表情までは見えなかった。
第3話:俺と薦星
遊園地から数えて、最初の登校日。天気は、雨。薦星と出会って、惚れられて。俺は初めて一人で登校した。カバンに好きなグラビアアイドルの雑誌が入っていても脅されない。クラスメイトと貧乳談義をしても責められない。至極、快適だ。
快適な、筈なのに。
雑誌を教室でうっかり落としたタイミングで、思わずクラスメイトと騒いだタイミングで。
薦星の影が、いやに胸の中にちらついた。
俺は、考える。薦星は、俺のどこにあそこまで執着したのだろう。出会いのインパクトはあれど、顔は並、頭も運動神経も別段よくない。貧乳好きで、あいつのアプローチもよくあしらった。
考えても終ぞ答えの出なかったそれに、諦めの良い頭が退場を急かす。ああ、もういいか。そう思って頭の後ろに手を組んだ、刹那。
薦星と、大柄な男が視界の隅を横切った。
「……薦星、と……? 」
だれだ、あれ。そう思ったのは一瞬で、俺の頭は直ぐに薦星をひたりと追う男の正体に行き着く。あいつは、あいつは。
「あの野郎、停学明けやがったのか……!」
薦星にしつこく言い寄っていた、あの不良だ。水をぶっかけた俺を殴って停学になっていた筈だが、どうやらそれが明けたらしい。しかし、何故薦星と一緒に。まさか。
「また言い寄ろうってのか?懲りねえ奴……! 」
言って、はっとする。このままでは、薦星が危ないのではないか?
そう考えて動きかけた足が、あと少しのところで止まる。
あいつを振った今、俺が出しゃばる意味などあるだろうか。最悪、先生にでもチクって帰ればいい。それが一番、後腐れがなくて安全だ。
「…………」
行くな、帰れ。そう指令を出す理性と、それに準じて止まった足。だが、でも、しかし。理性と相反する感情が、俺の中には渦巻いていた。
「……ちくしょう……!! 」
走って、走って、走る。
うじうじと考えている間に、薦星と不良はどうやら中々遠くへ移動してしまったらしく、影も形も見当たらなかった。
あの馬鹿不良が行きそうな所なら兎も角、移動先を決める主導権を握っているのは薦星だ。空き教室、図書室、保健室。薦星の行きそうなところに特攻を掛けるも、全て空振りに終わってしまっていた。
「あいつ、一体どこに居るってんだよ……! 」
そう一人ごちて、汗を拭う。後は、後、行っていない場所は。巡らせた頭にある一つの場所が浮かんだ。
「体育館の、裏……! 」
「……めて、下さ……! 」
「騒ぐな……めやがって……!! 」
体育館裏、俺と薦星の初対面の場所。そこは、恐ろしい思いをした場所だからか、それとも薦星の苦手な不良が屯しやすい場所だからか。薦星が避けていた筈の場所だった。だが、しかし。
そこから、薦星と件の不良の声がした。
(あの屑、本当に懲りてねえ……!! )
様子を見るため体を預けた壁越しに、薦星と不良の様子が目に入る。
「や、めて!嫌……!! 」
「は、ふざけやがってクソ女が! 」
嫌がる薦星に、尚も不良が言い寄っている……と言うよりは最早脅迫していると言っていい光景が、そこには広がっていた。
(どうする?先生を呼んで……いや、大声を出すか?じゃないと間に合わないかも知れない! )
薦星に被害を出さずに、しかし俺と分かりにくいように。そう巡らせていた考えは、次の瞬間吹っ飛んだ。
「俺あ知ってるんだぜ、薦星!お前、冴えねえ男にしなだれかかってヨガってる位欲求不満なんだってなあ?俺とも一発ぐれえヤれよ、アバズレ! 」
「!! 」
誰が、誰が、誰が。あいつは冴えない俺をバカみたいに一途に慕って、あの手この手で気を引いて。他の奴に目もくれずに、直向きに。
湧き上がったのは、この上ない怒り。その衝動のまま、俺は傍に転がっていたバケツ一杯に泥水を汲み上げた。
「てめえ、ふざけんな!! 」
茶色く濁った泥水が、不良の体へと放物線を描く。驚く薦星と、びしゃびしゃに濡れそぼる不良の間抜け顔。
ふたつの顔が、やけにスローモーションで俺の目に焼き付いた。
「…………」
「…………」
「……あ、れ?……痛っって……!! 」
泥水ぶちまけから、どれほど経っただろうか。俺は、先週末ぶりの天井を視界に目を覚ました。
「んあ、保健室……? 」
呟いて、手を包む暖かな感触に気がつく。目線の斜め下。俺の手を握る細い、繊細な手の持ち主は。
「薦星! 」
「先輩……!! 」
真っ赤に泣きはらした目でこちらを見つめる、薦星だった。
薦星の談によると。泥水を浴びた不良は例のごとく逆上して俺をボコボコにしたらしく、騒ぎを聞きつけた先生に引き剥がされるまでそれはまあ丁寧に全身ぶん殴ってくれたらしい。
そんな不良を必死に止めようとしてくれたのか、薦星の制服には泥水と返り血らしい汚れがべっとりとついてしまっていた。
「……なんつーか、悪い。最初から大人しく先生でも呼んでたほうが良かったな」
「そんな、事……!! 」
言い終わらないうちに、大粒の涙を流した薦星がしゃくりあげる。
「……めんなさい……ごめんな、さい……!!う、……っ」
「薦星」
「……っ」
なんだろう、この感情は。思う間も無く、俺の手は薦星をゆるりと抱き寄せる。
甘い匂い、柔らかい髪。そして。
むにゅり。慣れ切った筈の感触に、ひどく胸が高鳴った。
「こんな、事、されたら……諦め、られないよお……!! 」
「ごめん。ごめんな、薦星」
言い終わって、一瞬。
「! 」
気付けば、俺は薦星の唇を奪っていた。
……あんなこと言っておいて。舌の根も乾かない内にと言われても仕方ないけれど。頭に血が上ったあの時の感情は、薦星に馳せた感情は、確かに。
「負けたよ。好きだわ、お前が」
悔しい程の、好意だった。
「先輩、朝ですよ! 」
「意外ッ!それはベッドの中! 」
薦星に思いを伝えて、初めての朝。目が覚めた俺の視界に飛び込んできたのは、制服姿で添い寝と洒落込むヤンデレだった。
「お前やっぱこええわ……」
「先輩、着替えにする?ごはんにする?それとも…私? 」
「今は夜じゃねえぞ」
あしらって、起床。こんな朝だが、何だか清々しい。
そんなちょっぴり甘やかな気分は、次の薦星の言葉で恐怖に変わる。
「さ、行きましょう先輩!……あれ?カバンの、中……」
まずい、あの中には、昨日持ち出したグラビア雑誌が、まだ。
固まる俺に向けられたのは、笑顔と光る切っ先と。
「先輩の、浮気者!! 」
ふにゅんと、おっぱい。
ヤンデレ後輩がおっぱい押し付けてくる話 樹 慧一 @keiichi_itsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます