切っ先と俺
「最悪だ……最低だ……」
戦慄の保健室を経て、昼休みの空き教室。
貧乳派の禊を破ったことに、そして何より刃物の切っ先をあそこに向けられて「負けて」しまった事に。俺は猛烈な敗北感を味わって居た。
お互い着衣の上なので普通に致して居ないのだがこれは敗北と言って間違い無い。
「先輩、落ち込まないでください! 」
「ああ、癒やされたい……まな板、つるぺたの美……」
何時もなら慄く当然のように隣へ陣取って押し付けられている薦星のおっぱいにも気が向かない程に滅入る精神。それを破ったのは、他でもない薦星だった。
「……これ切り取れば振り向いてくれますか」
「え?わーーーー!? 」
薦星がこれ、と指して切っ先を向けたのは、他でもない彼女の豊満なおっぱい。
「待て待て待て!!いくら貧乳派といえどそれは嬉しくない!!そのままのお前で居て!! 」
「えっ」
いや待て。そこでキュンとするな。怖い。そんな思いを胸に、恐る恐る視線を薦星の顔へ。わあ満面の笑み。怖。
「先輩がそう言うのなら! 」
「だから押し付けるなって!! 」
「……先輩、さっきゆゆのこれに興奮したの?それとも……これ? 」
「切っ先も向けるんじゃありません!! 」
「……はあ」
屈辱の敗北を喫して、1日。結局その後の帰宅時間もべっとりと引っ付かれ、風呂の最中までlime爆撃を受けた俺の精神は面白いほどに疲弊して居た。して居た。のに。
「なあ、何で俺お前と一緒にいんの……? 」
「デートですよ、先輩! 」
第2話:切っ先と俺
デート。なんで。今日は休みで、今からショッピングモールに、家族と。そう寝惚けた頭で考える俺の腕には、当然のようにふよんとした感触が乗っている。おかしい。だって。
「今日俺は母さんと姉貴の荷物持ちの筈……」
「ふふふ、私たち3人からのサプライズ、なのです! 」
そう言って薦星がカバンから取り出したるは、『遊園地の』『ペアチケット』だった。
「……や」
「や? 」
「やられたああああああ……!! 」
そう言う事か!!くそ、かしまし鬼共め!!小首を可愛らしく傾げるきらきらヒロインに、しかし生じる感情は底知れぬ恐怖だ。ヤバい、してやられた。まさか休日まで毒牙を伸ばして来ようとは。そんな俺の胸中を知ってか知らずか、眼前の私服姿の彼女がぴょこ、と愛らしく跳ねてくるりと廻る。
体のラインを強調しすぎず、しかし寸胴に見せない柔らかなニットに、非対称のスカートがひらりと揺れる。赤い帽子から覗く色めいた頰と、何時もと違いゆるりと編まれた髪に来るものがないと言えば嘘になるが、しかしそれは外見上の話である。
こいつは、刃を俺と自分とで挟んで興奮できるヤンデレだ。
「先輩、今度はあれに乗りましょう! 」
「……へいへーい」
「あそこ!マスコットのバッキーちゃんが居ます!写真撮りましょう! 」
「……あいよー」
絶望の朝から進む事短針2周。くらい。最初の終わった感は何処へやら、俺と薦星は至って普通の遊園地デートと洒落込んで居た。まあ遊園地では薦星のヤンデレが明るい空気のせいか薄らいでいるのが大きいのだが。
「何時もこうなら可愛いんだがなあ……」
言ってしまってはっとする。今俺は何と言った?気がついて前を見ると、聞こえる距離に薦星が居た。あ、終わった。これはヤンデレる。
「……いやその」
「先輩。今の」
ほんとですか。続く言葉に、もう逃げられないと悟って頷く。さあ、どう来る?刃物か?それとも保健室みたいに……?そう身構えた俺の目に、映ったのは。
「う、うう、うう〜……」
真っ赤に萎れた、薦星だった。
「な、んだその反応!?おい、薦星! 」
「だって先輩が……! 」
普段言わないこと言うから。そう言う顔は、溶けそうにふにゃりと茹っている。いや誰だこれ。可愛いな。じゃなくて。こいつ、もしや。
『押しに弱いのか……!? 』
このヤンデレは、押しに弱い。そう気がついた俺の行動は早かった。
胸を押し付け挟み込んでくれば、押し返して堪能する。しなだれかかれば引き込んで抱きしめる。そのまま熱っぽく見つめてくれば目隠しして囁き返す。自分でもドン引く程に、押しに押しまくった。
押しに弱いのなら、押して押して押せば引くのでは?そう考えたのだ。事実、薦星はこちらの想定通り、いや以上の反応を見せた。ひゃん!と声を上げたり、赤くなって黙り込んだり、びくんと体を仰け反らせたり。これは実に効果的だったと言っていいだろう。そして、その結果は。
「その結果がこれだよ! 」
「ななななに言ってるんですか先輩!!さささ刺します!!刺しますよ!? 」
結果は。結論から言うと、密室で殺されかけている真っ最中だ。怒涛の押しに晒されて、どうやらテンパったらしいヤンデレは、観覧車の頂上で俺の胸へおっぱいを預け絶賛刃物持ち出し中だ。俺にまたがる形になった太ももの感触がすこぶる柔らかい。ぐるぐると廻る瞳に、荒い息。キスしそうなほどの距離で、しかし二人の間に挟まるは鋭い刃物。
『本当、俺たちって変だよなあ』
ここまで来ると逆に冷静になった頭で顎についた切っ先とついでに薦星をちらと見遣る。
夕暮れに染められて色を濃くした濃紫に、相反して光る編まれたロングヘアが眩しい。こんな距離で、こんな体勢で。一体何をやっているのだか。そう思っていると、自然に言葉が溢れ出た。
「なあ、薦星」
「せんぱ、」
「終わりにしないか、こんな事」
「……え? 」
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