赤と緑
Fuyugiku.
赤と緑
「私たち、見た目が全然違うから分かり合えないかと思ってた」
赤いきつねは言った。
「うん、私も。色が違うだけで、一番大事なところが同じなんて凄いことだよね!」
緑のたぬきが目を爛々と輝かせると、二人は声を合わせた。
「「かつお出汁!!!」」
きゃーっと手を取って喜びあった。近くにいながら、あたかも比較対象として生を受けたかのような二人が、初めてお互いを認め合った瞬間だった。
それ以来、二人は生まれた時のこと、生み出してくれた親たちのこと、そして地方に散らばる兄弟たちのこと、相手の中に自分を見つけるかのように話し、聞き、共感し、笑い合った。
赤いきつねは赤ではなく狐の毛色のような黄色が良かったと言うと、緑のたぬきも天ぷらの衣のような黄色が良かったと返し、お互いの丸みを帯びたスタイルが可愛いよねと讃えあっていた。
今年の秋は雨が続いた。
緑のたぬきは、天ぷらが湿気ってしまうのではと気が気ではなかった。
「湿気らないって分かってるんだけどね、気持ち的に不安になっちゃうの」
お湯をかけられるのだから関係ないじゃない、と赤いきつねは心の中で思った。
「特に桜海老は、香ばしい状態でいる方が良いでしょう?」
「桜海老が入ってるの?」
赤いきつねは、心底驚いたような返事をした。赤いきつねにとって、出汁を際立たせることが何よりも重要だったので、香りの強い桜海老なんてものはもってのほかだった。赤いきつねは、緑のたぬきとの共通点に喜んでいたので、この大きな相違点に落胆し失望した。
返事に困った赤いきつねのところに、男の手が伸びてきた。
「リサはきつね?」
「うん、お揚げが好き」
「ほんと食に関しては趣味合わないよな」
「ね。サトシとフェスで出会った時は、好きなアーティストが被りまくって仲良くなったのにね」
赤いきつねと緑のたぬきの目の前に現れた男女は、そう言って赤と緑を一つずつ手に取った。
「そうだな。つくづく違う人間だったんだなって思うよ」
え?とリサと呼ばれた女が聞き返した。サトシと呼ばれた男に掴まれた赤いきつねは、その指に力が込められたのを感じる。
「一緒に住まない?」
赤いきつねは、男がなぜ違う人間と一緒に住みたがるのか分からなかった。
「……もっと、知りたいと思って」
反応のない女に向かって、男は小さく呟いた。
赤いきつねは、緑のたぬきと同じところを見つけるたびに喜んだ。お互い違うと知っていたから、同じであることが何倍も何十倍も幸せに思えたのだ。そうして、赤いきつねは緑のたぬきではなくて、緑のたぬきは赤いきつねでないことを思い出した。
「それ、ここで言う?」
ようやく口を開いた女は、こちらも少し照れたように返事をした。赤いきつねと緑のたぬきはスーパーのカゴに入れられ、レジへと運ばれた。
赤いきつねは重ねられて下にいる緑のきつねを覗き込んだ。
「桜海老の他に、何が入っているの?」
「あと、玉ねぎが入ってるよ。最近新しくしたの」
赤いきつねは、自分と同じか違うかでしか緑のたぬきを知らなかったことを知った。そして、カゴの中から元いた場所を眺めると、赤いきつねと、あるいは赤いきつねと緑のたぬきたちと違うものが色とりどりにあった。同じように丸っこくって、でも違う色だったり、そもそも形が四角いものさえもあった。
「そうなんだ。それって……すごいね」
目を輝かせた赤いきつねに、緑のたぬきは少し戸惑いながら返事を考えた。
「ありがとう。……赤いきつねのお揚げも大人気だね」
赤いきつねと緑のたぬきは、雨から守られるように布のバッグに入れられた。
男はそのショッピングバッグを肩にかけ傘をさし、女と並んで歩いた。雨が傘に跳ね返り、時折聞き返しながら二人は会話をした。男が耳を傾けると、雨粒がバッグの中のビニールで包まれた赤と緑に滴った。
赤と緑 Fuyugiku. @fuyugiku000
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