第3話 令嬢、暴走ス
豹変した女神を前に、ジュリエッタは満足そうに腕を組んだ。歯に衣着せぬ言葉こそ聞きたかった。
「お前には私の管轄する世界に行ってもらう。断るなら死ね。私の世界では今、長らく共存していた魔物と人間が争いを始めようとしている。その原因を突き止め、お前の特殊能力で平和に導いて欲しい」
「特殊能力って何ですの」
「お前の世界には異能の力を持つ者がいる。お前もそうだ。それがどんな能力かは抽出してみるまで分からないが、お前からは類稀なる魔力を感じる。恐らく戦乱を瞬時に平定するようなチート級の能力が見付かるだろう」
「なるほど。でも、神様ならご自身で世界を正した方がよろしいのではなくて?」
「私に戦う力はない。ならば能力ある者を送り込み、外から見守る他あるまい」
「まるで虫の観察ですわね。そうやって今まで何人送り込んだんですの」
「余計な詮索は終わりだ。決めろ――、生きるか死ぬかの簡単な二択だ」
どうやら他に選択肢はない。
断ろうものなら、そこで人生が終わる。強情なジュリエッタも、腹を括るしかなかった。
「分かりました。死ぬよりマシですわ。とっとと能力とやらを授かって異世界の親善大使にでもなりますわ」
「良いだろう、契約は締結された」
女神が満足そうに笑う。
邪悪な笑みであった。この人物が管理する世界というものを想像すると、ジュリエッタはいささか不安になった。
が、もう後に引けない。
「お前の魔力を今ここに顕在化する。右腕を差し出せ」
「少し緊張しますわね」
女神がジュリエッタの手前まで歩み寄り、差し出された腕に
眩い閃光が迸った。
ジュリエッタの腕に輝く異国の文字が次々と浮かび上がる。同時に、底知れぬ静かな熱が腕に宿り、それが全身に広がっていくのを感じた。
「何だ、これは――」
女神が目を見開いた。
ジュリエッタの腕に浮かび上がった文字に目を走らせながら、女神の顔色は瞬く間に変わっていった。どうやら予想を大きく超えた力が発現したらしい。
「どうでしたの?」
ジュリエッタの期待に満ちた瞳を静かに見つめ返しながら、女神は表情のない顔で告げた。
「良く聞け、お前の能力を説明する」
「はい」
「まず必要なことは、魔力を高める呪文を唱えながら対象を殴打する」
「ブッ叩くのですわね」
「すると、対象は猛烈な力に吹き飛ばされる」
「強いですわ」
「しかし対象が怪我を負うことはない。飛ばされてから停止するまで対象はあらゆる外力から守られる」
「ええと、つまり」
「つまり――前代未聞のクソ能力だ。飛ばすだけじゃねえか、ゴルフかよ。それで魔物の軍勢を抑え込めるのかよ!」
「ワタクシに言われましても」
「どうしてくれるんだよ、年に一人しか能力の顕在化は出来ないのに!」
「まあ、上手く使えば何かの役に立つかも――」
女神はジュリエッタを睨み付けながら、指先で宙に魔方陣を描き始めた。その魔方陣は徐々に大きさを増して、やがて異世界に通じる門となった。
「そんなら精々そのクソの役にも立たない能力を役立てて? 荒れ狂う戦乱を鎮めて来て下さいな。ここ、入口ですんで」
女神はすっかり幻滅したようにデカい溜息を繰り返した。その身勝手な態度にはジュリエッタもほとほと幻滅していた。
「幾つか確認させて頂きますわ」
「なに?」
「あの二人、虐めの主犯ロザリーと被害者テレサ。一緒に連れて行きますわ」
「なんで?」
「復讐。私を殺そうとした罰ですわ」
「イイヨ、入れとく」
女神がヒステリックに指先を振り回すと、直立不動のロザリーとテレサが異界の門の中に吸い込まれて消えて行った。
「それと、魔力を高める為の呪文、まだ聞いていませんわ」
「呪文は――『ざまぁ』だ。今決めた。ダサいよねえ、ざまぁ!」
「自由に決められるのならもっと――」
「うるせえ、私は機嫌が悪いんだよ。そうそう、あとこれ武器ね、ピコピコハンマーっていうんだけど、貴方にお似合いの武器だから」
ジュリエッタは手の中に握らされた昔懐かしい緋色のハンマーを悲しげに見降ろした。
ハンマーが嫌な訳ではない、妙な呪文だって些細なことだ。ただ、異世界を救ってあげたいと思った善意を踏み躙られたのが悲しかった。
「おい、ぼさっとしてんじゃねえ、さっさと――」
「ざまぁぁあぁああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
突然、気の狂ったような絶叫が響き渡り、緋色のハンマーが女神の顔面に叩きこまれた。女神の体が壮絶な衝撃波に耐えかねて宙を舞う。
天衣無縫の純白の衣は暴風の中の凧のように揉みくちゃになり、四肢は空に投げ飛ばされたヒトデのように鋭く回転しながら、異界の門の中に飛び込んで行った。
「ふう、すっきりですわ」
一人、静寂の中に残されたジュリエッタは、止まった世界を見回しながら呼吸を整えた。久しぶりに大声を出し、少しだけ気分が良かった。
「さよなら、ですわね」
両親のことを少し考え、友人のことを少し考え、最後に自分の未来を思った。死ぬわけではない。――私は幸運だった。
ジュリエッタは異界の門に飛び込んだ。
やがて、世界は色付き始め、時間が動き始める。
その穏やかな日常の中に、もうジュリエッタの姿は見当たらない。
令嬢は狂わしい詠唱に世界の命運を委ねた 萩宮あき @AK-
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