第2話 令嬢、看破ス


 ジュリエッタは泥だらけの体を起こしながら、女神なる存在を疑り深い目で見詰めた。悪い冗談のような話である。

 しかし、実際に時間が止まっている以上、今は信じる他ない。


「ワタクシが歩道に戻ってから時間を動かして下されば万事解決ですわ」

「それは出来ない決まりになっています」

「どうしてですの」

「そういう決まりになっているからです」

「答えになっていませんわ。ほら、ワタクシもう安全な所に移動しちゃいましてよ」

 ジュリエッタがひょこひょこと車道から離れていく。

「無駄です。私が元の位置に戻してから時間を動かしますので」

「なんでそんな酷いことするんですの」

「決まりだからです」

「その決まりがある理由を訊いておりますの。助けられるものを助けない決まりなんて間違っていますわ」


 ジュリエッタは良くも悪くも豪胆であった。肝が据わっていて頼られることも多いが、その分、敵も多く作る。

 女神が小さな溜め息を漏らした。


「運命を変えると時空間が乱れて世界が崩壊してしまうのです」

「ワタクシを歩道に動かすだけで世界が崩壊するんですの?」

「そうです」

「脆い世界ですのね」

「そうです」

「いや、おかしいですわ。私が異世界に行ったら、私が消えたことになって世界が崩壊しますわ」

「いいえ、貴方は撥ねられて死んだことにしておきます。死体も残ります」

「私が増えてしまいますわ」

「こちらの世界には一人なので問題はありません」

「なるほど」


 ジュリエッタが不承不承ながら頷くと、女神はまた優しい笑顔を向けて来た。改めてみると、どこか固い笑顔である。


「これから貴方に向かって頂く世界は――」

「ワタクシまだ行くとは言っていませんわ」

「では、苦しみながら無惨にすり潰されたいのですね」


 女神の言葉の節々から感じる妙な焦燥のようなものが、ジュリエッタは気になっていた。是が非でも異世界に送ろうとする強い意志を感じる。


「一つ条件を聞いて下さらないかしら」

「どのような」

「あの虐めっ子の持っているカメラを取り上げて欲しいんですの。故意に突き飛ばした証拠が残れば、哀れなテレサはそれで脅され続けてしまいますから」

「良いでしょう。それでは異世界についての説明を――」

「何も良くありませんわ」


 女神の顔が歪んだ。慌てて微笑み直すが、それでもまだ歪んでいる。


「貴方は嘘つきですのね。カメラを取り上げれば物が移動する。データを消したとしても運命が変化する。それは世界を崩壊させる行為だったはず」


 女神は静かに俯いた。

 そして、ジュリエッタはとうとう女神が本性を現すのを見た。天衣無縫の純白のローブを翻しながら、女神は今度こそ傲慢に笑った。


「うるさい小娘だねえ」

「丁寧な言葉使いまで大嘘でしたのね」

「ああ、そうだよ。全部大嘘だ。アンタを救おうが世界は崩壊なんてしやしないさ。だが、そんなことはしない。こちとら慈善事業じゃねえんだ」



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