ドS美少女が俺の前でだけドMになる

木崎ユウメ

ドS美少女が俺の前でだけドMになる

片切庸一かたぎり よういちです。宜しくお願いします」


 高校一年生の夏。俺、片切庸一は転校生としてこの学校へやって来た。親の仕事の都合で隣の市へ引っ越したのだ。そんなありふれた理由に加え、俺自身、特段顔が良い訳でも、頭が良い訳でもなく、ごく一般的な男子高校生である。

 『元不良』という事を除けば、だ。


 中学校三年間、俺は不良だった。幾度となく喧嘩をしたし、一時期は教師にも恐れられていた記憶がある。当時の俺は、それを誇りだと思っていたが、高校生になってからというもの、そんなモノは何の役にも立たなくなった。

 そして俺は決心した。この転校を機に、不良だった頃の俺を捨て去ろう、と。

 こうして、髪を黒に染め、ブレザーをキッチリ校則通りに着て、真面目な男子高校生となった……はずだ。

 

「じゃあ片切、そこの空いている席使ってくれ」

「分かりました」

 

 よし、ちゃんと敬語も使えた。完璧だ。

 

「可哀想に、あいつ氷室ひむろの隣だぜ……」

「みんな氷室の隣を嫌がるせいで、先生が転校生を隣にしたんだろ」

「そこ、静かにしろ」


 俺が席に座ると同時に、そんな声が聞こえて来た。なんだ? 俺の隣の奴の事か?

 一体どんな奴なのかと、隣に目を向けると、そこに座っていたのは、非の打ち所がない絶世の美少女だった。長い黒髪に、整った顔立ち。男子が考える理想の女性像をそのまま体現したかの様だ。

 豊満な胸を持ち、スタイルも抜群に良い。まさに完璧美少女。俺が彼女にいだいた第一印象だった。


「氷室、仲良くしてやってくれよ」

「当然です。


 なんてこった。こんな美少女に仲良くされてしまったら、俺の高校生活は薔薇色になってしまうのではないか!?


 だがそんな夢は、一瞬にして砕け散った。


 一時限目の授業が終わり、休み時間に入った時の事だ。

 俺は転校生という事で、みんなから話しかけられるのでは無いかと期待していたのだが、そんな事は全く無かったし、隣のクラスの奴? が、何人か俺の事を見に来た様だったが、一目見た瞬間、「つまんねえ奴だな……」とでも言いたげな様子で帰って行ってしまう。


 こんなもんかよ、転校なんて……。

 悲しくなったので、誰かに話しかけに行こうと思ったが、すでに固定グループが出来ている様で、俺が入る余地などは存在しなかった。まるで全員で俺をハブろうとしているかの様だった、気のせいだろうけど。

 一般人って、どうやってコミュニケーションとるんだ!? ヤバい、このままじゃせっかくの高校デビューが……!

 ……ん?


 何故か隣の美少女、氷室と呼ばれる人物が一人で読書をしていたので、俺は話しかけてみる事にした。


「……あの、氷室さん? で良かったかな」

「…………」


 無視された。


「あの……」

「……要件は?」

「えっと、要件って程じゃ無いんだけど——」

「——じゃあどうして話しかけてきたの? あなたは私が読書をしていることが分からなかった訳なの?」

「何を読んでらっしゃる……?」

「私はそれに対して答える必要性がある?」

「……俺が俺の疑問を晴らす必要性がある」

「……これは夢野久作の『ドグラ・マグラ』よ。三大奇書と呼ばれているくらいだから、一度くらい聞いたことあるでしょう?」

「え、知らないんだけど」

「……嘘でしょう、あなたどんな人生送って来たのよ」

「そこまで言うか……」

「ええ、言うわ。逆に言わない人の方が不思議に思う」


 おっかない。どうして彼女がみんなからハブられているのか分かった気がする。完璧美少女の大き過ぎる欠点だ。

 だが、これだけならそこまで嫌う理由にはならなくないか? 

 そう思うのは、俺だけなのだろうか。



 ——————

 昼休み


「なあ、片切だっけ? 大丈夫だったか?」


 昼休みが始まり、いまだ友達が出来ていない俺は一人寂しく弁当を食べようとしていたところに、一人の男が話しかけてくれた。


「そうだけど。何のことだ?」

「氷室のことだよ。休み時間なんか話してなかったか?」

「あぁ、読書してたから、何読んでるんだって聞いただけだよ」

「そうか……何も知らないお前に教えてやるが、アイツとはもう関わらない方がいいぞ」

「ど、どうして?」

「これは、俺の友達の話なんだが、俺じゃなくて、友達の話なんだが……そいつは愚かにも、彼女に告白をしたんだ……!」


 「お前の話じゃねーの?」と言いたくなったが、やめておいた。


「はぁ、それで、どうなったんだ?」

「あぁ、屋上に呼び出し、告白したら、彼女は真顔でこう言ったんだ。『だったら、私の為にここから飛び降りてくれる?』ってな。オカシイだろ!」

「いやいや、だったらどうして飛び降りな……なんでもない」


 危ない危ない。

 中学の不良仲間だったら飛び降りそうな奴何人もいたからなぁ。


「ひどいよなぁ」

「でも、フラれてはいないじゃないか」

「……そうだけどよ、いくらなんでもひどくねぇか!?」

「いやいや、不器用なだけで、氷室の優しさかも知れないぞ? 告白を無下にしようとした訳じゃないのかも知れない。案外、もう一度告白したらOKしてくれるかも」

「んなわけねぇだろ! それに、氷室はみんなから嫌われてんだよ。告白する奴なんていねぇよ。俺だって……」

「周りに流され過ぎじゃないか?」


 俺はそう尋ねると、こいつは少し悲しそうな顔をして答えた。


「……そんなもんだろ、今時いまどきの高校生なんて」


 キーンコーンカーンコーン


 突然チャイムが鳴り響いた。


「やべっ、もう昼休み終わりだ!」

「えぇ!? まだ何も食べてねぇのに!」



 ——————

 放課後


 俺は昼休みに食べ損ねた弁当を食べる為に屋上へ来た。教室で食べようと思ったが、日直が鍵を閉めたいらしく、俺は大人しく出て行く事にした。そうして行き着いた先が屋上だったのだ。

 

「いただきます」


 ……寂しすぎる。



「……ごちそうさまでした」

 

 五分程度で食べ終わった。


 寂しさから、生徒手帳に忍ばせておいた中学時代のヤンキー仲間との写真を取り出した。

 この写真は、もうヤンキーにはならないといういましめの為のモノだったのに。


 ガチャン


 突然、屋上の扉が開いた。

 

「……ふん」

「ひ、氷室……さん」


 どうして氷室がここに、と尋ねようとしたが、その瞬間——風が吹き荒れた。

 その影響で、俺の両目に砂塵がものすごい勢いで飛んでくる。


「うわ、目にゴミが!」


 俺は涙目になりながら目を擦った。

 

「いってぇ」


 その時、ふと気が付いた。

 写真を失くしたということに。 

 俺持ってたよね!? え、飛ばされた!?

 その写真は最悪な事に、


「これ、もしかしてあなた?」


 氷室の手に渡ってしまった。


「……違う」

「この写真の人、髪色は違うけど、あなたにしか見えないわ。あなたもしかして、不良だったの?」

「……そ、そんな訳ないだろ。真面目な男子中学生だったよ」

「だったら、どうしてこの学校に不良っぽい格好をした人達が校門に集まってる訳?」


 は!? 確かに中学時代に色んな奴らから恨まれるようなことをした覚えはあるが、そこまで根に持ってる奴がいたのか!?

 俺は慌てて振り向いた。


「嘘よ」

「…………え?」

「嘘」


 嘘? 


「やっぱりあなた不良だったのね」

 

 嘘だろ……転校初日に不良バレなんて冗談じゃない。

 日本中探しても俺ほどに高校デビューに失敗した男子はいないのではないか。

 ……いや、まだ諦めるわけにはいかない。俺の人生がかかっているのだ。何とか弁明しなければ。


「あの、本当に一生のお願いだから、このことは誰にも言わないで欲しいんだけど……」

「いいわよ」

「え、いいの?」

「その代わり、一つ条件をいいかしら」


 助かった……やっぱり、氷室はみんなが思うほど悪い人じゃない。それどころか素晴らしい人間だ。俺はどんな条件でも受け入れようじゃないか。


「わ、私を殴って欲しいの……」

「……は?」

「お願い! 一回だけでいいから!」


 どういうことだ? 一体何が起こっている?

 一旦状況を把握しよう。俺が不良だった事が氷室にバレ、そうしたら氷室は俺に殴って欲しい、と。

 ……いやなんでだよ。


「い、嫌だ」

「なんで!」

「こっちのセリフだよ!」


「——おーい、誰か居るのか〜?」

「「!?」」


 不味い、誰か来た。


「チッ、邪魔が入った。あなたの顔覚えたからな、片切庸一」

「お、おう」


 氷室はそう言うと、急に冷たい態度になり、足早に屋上から去って行った。


「……こっわ」

「おっ、お前だったか転校生。庸一だっけか?」

「あぁ。えっと君は……」

「俺か? 俺は宗介そうすけだ。庸一、また氷室に絡まれてたのか?」

「……すまなかった宗介、確かに氷室はやばい奴だった」

「分かってくれたかッ」

「いきなり殴ってくれだなんてな」

「は? 殴られたの間違いだろ? 氷室、三年の先輩をボコボコにしたって噂もあるくらいだぞ?」


 あれ? 


「いや、俺は確かに氷室に殴ってくれと言われたんだ」

「おいおい、庸一までおかしくなっちまったのか!? 氷室は絶対そんなこと言わねえよ!」


 あれ?

 氷室は俺の前でだけドMになる……?

 

「まぁ取り敢えず屋上から出てくれ。俺鍵閉めないといけないから」

「あ、あぁ。悪かったな」



 ——————

 放課後 正門前


 やはり、俺の不良バレが原因で氷室が俺に殴れと言ってきたのか。

 だが、どうしてだ? 不良だったら誰にでも殴られに行くのか。

 流石の氷室でもそんな事はしないだろう。……分からないけど。


「待っていたわ、庸一君」

「あー、氷室か」

「一緒に帰りましょう」

「道知らないだろ」

「私の家、十分で着くから付いてくればいいわ」

「分かったよ」


 そういえば、こうして女の子と二人で家に帰るのは初めてだ。相手が相手だから全く嬉しく無いけど。


「で、いつ私を殴ってくれるの? 待ちきれないのだけれど」

「しねぇよ?」

「は? じゃあ写真バラされてもいいの?」

「それはよくない。返してくれよ……」

「条件を呑むと言ったのはそっちでしょう? 約束は守ってもらうから」

「……仕方ないな、これでいいか」


 俺は氷室の胸ぐらを掴み上げた。あわよくば写真を奪い返せないかとも考えて。


「はぁん♡」


 ……え?

 俺はつい驚いてしまい、氷室から手を離してしまった。必然的に、氷室は地面に尻持ちをつくことになった。


「あぁ♡ すごい♡ やっぱりあなた、相当強いのね♡」


 俺が驚いたのは、氷室が急に声を出したからではなく、氷室の体幹、そして目視では分からなかったアスリートのような筋肉質な身体にだ。


「あ、もう私の家着いたから帰っていいわよ。写真も返してあげるから」

「お、おう。そうか」


 氷室は振り返ることなく家の中へ消えていった。

 俺は安堵した。氷室について、多少のモヤモヤを抱えることになったが、元不良という事がクラスにバレる事は無くなったのだから。

 こうして、俺達の歪な関わりに終わりが告げられ…………た訳ではなく、始まりに過ぎなかった。何故なら、


「あなた、うちに何か用ですか? それとも、まさか妹の彼氏!?」


 氷室の姉に出会った。


「ええと、友達みたいなもんです。もう帰りますんで」

「待ちなさい。妹に友達なんて出来るはずない。詳しく話を聞かせて」



  ——————

 

 俺は今日のことをありのまま喋った。


「なるほどね……確かにあの子らしいかも」

「あの子らしい、ですか」

「うん。あなたなら分かるでしょうけど、あの子は男の子も顔負けな程に強いの」

「やっぱり」

「うん。だから信じられない」

「うん?」

「あの子は絶対的な女王様であって、実はドMでしたなんてことはあり得ないのよ!! あたし、あの子に優しくされたこと一回も無いのよ!?」

「……」

「あなた、ちょっとうち来なさい」

「えぇ!?」


 そうして、俺は氷室の姉に制服をぐいぐい引っ張られた。伸びそうだからやめて欲しかった。


 ——————


「妹ー、ただいまー」

「んー」

「氷室ー、邪魔するよー」

「んー!?」


 そこにいたのは、胸元を開けたワイシャツとスカート姿の氷室だった。


「よ、庸一君、入るなら言ってよ!」

「さっき言ったぞ?」

「おい、お前あたしの妹に逆らうのか?」


 この姉、妹のことが好きすぎないか。


「お前は黙ってろ」


 ……妹も姉に辛辣すぎる。


「はぁぁぁ♡♡♡♡♡♡」


 この姉妹、二人揃ってドM?



 ——————


「こほん。それじゃあ、二人の関係について聞かせてもらおうか」


 氷室(姉)は半ば強引に俺と氷室(妹)(着替えたらしい)(私服)をリビングへと押し込んだ。



「関係も何も、俺らまだ会って初日だし」

「そうね」

「は!?」


 なにしろ俺は転校初日。


「てめえ! あたしの大事な妹の性格歪めやがって! 殺すぞー!」


 氷室(姉)は憤慨した様(?)で、俺に殴りかかってきた、怖。

 俺は氷室(姉)の拳を右手で軽く掴むと、「おぉ、君、強いね……」と言って、それ以上何もしてこなかった。氷室(妹)が想像以上の力を持っていたために、氷室(姉)には少しビビったが、無事に対処出来て俺は安堵あんどした。


「彼、私より強いからね」

「ホントに? でもあなたが言うならそうなのよね……」

「なあ、氷室って子供の頃何かやってたの?」

「別に何もやってないわよ」

「ウチの妹は天才だからね!」

「なのに根がドMだなんてなー」

「そんなわけねえっつってんだろカス!!」


 氷室(姉)がブチぎれた。これ地雷なのか……。


「やめなさいって……」


 氷室(妹)が顔を真っ赤にしてそう呟いた。ガチで照れてるじゃん……。


「とっとと帰れ女たらし!」

「ハイハイ、じゃあ俺帰るよ」


 俺嫌われすぎでは? そもそも、普通の男子高校生はこんな会話するのか? 俺は普通の男子高校生になれているのだろうか。部屋を出ながら、そんなことを考える。

 俺が玄関で靴を履いていると、氷室(妹)がいつもの仏頂面ではなく、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をして現れた。


「ん? どうした?」

「……気が変わった」

「はい?」

「よ、庸一君、これからも私のこと痛めつけてくれる?」


 こんな言葉聞いたことが無いんだが。

 まあ、俺の答えは変わらない。


「絶対ヤダ」

「はああん♡」


 しまった! 逆効果だ……。


「あ、明日ちゃんと学校来てくれよ! 俺、お前しか喋れる人いないから!」

「当たり前でしょ、これからの学校が楽しみだわ!」

「ハイハイ、、氷室」

「……結衣ゆい。私の名前!」


 ……そうか、俺のことはずっと名前で呼んでくれていたのに、俺はずっと結衣のことを苗字でしか呼んでいなかったな。

 だったら、これからずっとこう呼びたい。


、結衣」



 ——————

 翌日


 結衣来ないじゃん!!

 周りからは「ラッキー、今日氷室いないじゃん」「優等生気取りもついに休んだかー」等々結衣の悪口で盛り上がっているようだ。


 俺が考えていた普通は、もっと綺麗なものだったんだけどな。

 

「おーい、お前ら席着けー」


 教師が壇上に立ち、教室はスッと静かになった。


「よーし、欠席いないなー」


 結衣が居ないことに気づいていないのか?


「え~、近頃、この辺りで暴走族だか不良だかの集団をよく見かけるらしいから、気を付けてもら——」


「あの、先生! 結衣さんが来ていないんですが」

「ユイ……? ああ、氷室のことか……おかしいな、何も聞いてないんだが」


 結衣が無断で学校を休んだのか? そんなことあるか?


「ユイ?」

「今、ユイって言ってた?」

 

 俺のことを言ってるのだろうな。


「マジかよ、あの転校生氷室と仲良くなったのかよ」


 一回名前で呼んだくらいでこんなに言われるのか。

 だが、今はそんなことどうでもいい。結衣のことが心配だ。


「先生、すみません。体調悪いんで保健室行ってきます」

「あ? ああ」


一体どうしたんだ、結衣……。



 ——————


 「杞憂に終わってくれればいいが……」


 俺は結衣の家に向かって全力で走った。

 やけに人通りが多かった気がしたが、気には留めなかった。


「はあ……はあ……!」


 俺が息を切らし始めた時、結衣の家が見えた。

 慌ててインターホンを押すと、丁度結衣の姉が玄関から顔を出した。


「あれ? どうしたよ、結衣ならもう行ったよ」

「!?」


 確定だ。結衣の身に何かあったんだ。


「結衣が学校に来てないんです!!」

「はあ!?」

「……何も心当たりはないんですね?」

「うん……もしかしたら、事故にあったのかもしれない。あなた、ここに来る途中妹を見なかったの?」

「特に変わったことは……いや、一つ心当たりがあります」


 これは最悪の場合だが、もしも、俺の想像が当たっていたならば——結衣は死んでいる。


「急がないと……」


 その時だった。


「見つけたぞー! 片切庸一くーん!」


 声の主は、漆黒の特攻服に身を包んだ金髪の男だ。そして、十数人、同じ特攻服を着た男たちを連れている。


「お前が、だな? しかし、随分弱そうじゃねえか」


 金髪の男がそう言うと、取り巻きたちが笑みを浮かべ出した。


「懐かしいじゃないか、その呼び名」

「嫌でも忘れねえよ。片切庸一。お前のせいで俺の仲間は死ぬんだ」

「何言ってんだ? 俺はお前に喧嘩を売られたら買うって言ってんだ。それは俺じゃなくてお前のせいなんだよ」


 それに、俺が人を殺したことは一度もない。


「うるさい! いい気でいられるのも今だけだぞ!」


 はあ、不良と関わることなんてもう無いと思ってたのに。

 次の瞬間、不良の男が一段と声のトーンを落として言った。


「お前はここで倒す、片切庸一」

「……なあ、一つだけ聞かせてくれ、はお前らの仕業なのか?」


 この質問の意味が伝わるのなら、結衣はこいつらに攫われたということになる。


「そうだと言ったら?」


 当たりだ。


「よかったよ、お前らみたいな雑魚が犯人で」

「……お前ら、あいつを殺すぞ」

「「「「オオオオォ!!!」」」


 数十人の不良の男たちが俺に向かって一斉に走り出した。だが、昔に比べればはるかに少ない。舐められたものだ。


「悪いが、お前らの相手をしている暇はないんだよ」


 この程度の雑魚なら全員一撃で済む、が、如何せん数が多い。一番手っ取り早い方法は、リーダー格であろう金髪の男を最初に倒すこと。

 そして、結衣の居場所を聞き出し、助ける。


「よし」

 

 俺は金髪の男に向かって走った。他の不良たちには接触せず、最短距離を行く。

 残り十メートル。


「おいお前ら! 何やってんだ! ちゃんと食い止めろ!」

「す、すいません。でも、こいつ全然捕まんなくて……」

「チッ!」


 残り五メートル。


「くっ、くそっ!」


 残り一メートル。

 俺は金髪の男に回し蹴りを放つ。金髪の男の顔面に命中し、「ぎゃあ」と声を上げて、大体一メートル吹っ飛んだ。


「はあ? やっぱり弱すぎる。まだ上がいるだろ。そいつが女を攫ったのか?」

「……そ、その通りだ」

「そいつらはどこだ?」

「——須崎さん! 大丈夫ですか」


 周りの不良たちから心配の声がかかった。須崎というのは俺が倒した金髪の男の名前だろう。こんな奴でも、部下からは信頼されているのだろう。


「な、なあ片切! 今回は上に命令されたから仕方なくお前を襲ったんだ。お前が言った通り、俺より強い奴に言われてさからえなかったんだ。逆らったら俺も仲間も何されるか分かんないんだ!」


 そう言うと、須崎は俺に向かって土下座をした。


「片切、お願いだ……。片切が探している女の場所まで案内する。だから俺の仲間には手を出さないでやってくれ!」

「だったら! そんなみっともねえ真似すんじゃねえ! お前は命令されてたからって、仕方なく言うことを聞いてただけかもしれねえけどよ、お前の部下は違う、お前に付いて来てんだ、お前の為に動いて、お前の為に戦うんだ!」

「うぅっ……」

「お前には、人の上に立つ者としての覚悟が足りてねえ」


 須崎の気持ちは大いに理解できる。

 だからこそ、俺は須崎のこの土下座を許す訳にはいかなかった。


「まあ、お前の仲間を傷つけたりはしねえから安心しろ」

「ッ! 片切、感謝する……」

「じゃあ、案内頼めるか、須崎」

「ああ、勿論だ」



 ——————

 郊外 廃倉庫前


 郊外にある使われることの無くなった倉庫。いつ造られたのか分からない程に朽ち、屋根や壁が所々剥げ落ちている倉庫が見えた。


「片切さん、ここです。ここに女を連れて行っているのを見ました」

「須崎、お前はここで待っててくれ。ここからは俺の問題だ」

「片切さん、俺も行きます!」

「……言い方が悪かったな。はっきり言うが、お前じゃ足手まといだ。お前じゃ太刀打ち出来ない奴らだったからお前は今こうして俺の元にいるんじゃないのか?」

「……分かりました。お気をつけて」



 結衣、無事でいてくれ……!

 俺は倉庫の扉に手を掛ける。錆びれているせいか、思うように動かない。両手を掛けて引くと、扉がガガガガッとけたたましい音を立てながら開いていく。

 中は静まり返っていた。

 そして、中央に寝かされて、両手両足を縛られている少女。紛れもない、彼女だ。  

 良かった。無事だ。最悪の事態は避けられた。

 俺は急いで結衣の元へ駆け寄る。

 だが、彼女は俺を見ると、彼女の顔は一瞬にして青ざめた。


「庸一君、来ちゃ駄目……」

「……? 結衣、無事か? 待ってろ、すぐに解いて——」

「——危ない!」


 ゴッ


「ぐッ!」


 突然、俺の後頭部に強い衝撃が走った。視界が歪み、足がふらつく。立つことすら厳しい。俺は出せる力を全て振り絞り、後ろに視線を飛ばした。

 そこにいたのは、血がびっしりと付着した鉄パイプを持ち、俺を睨みつける見知らぬ男。


「終わりましたよ、巌井いわいさん」

「あぁよくやった、…………片切、久しぶりだな」

「……」


 どうでもいい。結衣が無事ならば、何でもいい。

 

「結衣、大丈夫か? すぐ縄解いてやるから」


 俺は結衣を縛っている縄に手を伸ばして気づく。結衣の額から血が流れている。よく見ると、服にも所々血が付着して白い制服が赤く染まっているのが確認出来る。


「庸一君、私は大丈夫。この血は私じゃない。アイツらに抵抗して付いたモノなの。……もう少し上手くやれば、勝てたかも知れなかった」


 嘘だ。

 服の血の真相は定かではないが、額の血は確実に結衣の血だ。今も結衣の額から血が流れているのが見て分かる。


「強いな、結衣は」

「ねえ、庸一君こそ大丈夫なの? 血が……」

「このくらい何でもないって」

「駄目よ! 庸一君、死んじゃうよ……」


 結衣は真剣だ。しかし、結衣が俺のことでこんなに思い詰める必要なんてない。


「何言ってんだよ。俺はこれからお前を痛めつけなきゃいけないんだ。こんなとこで死ぬ訳ねえだろ、馬鹿が」


 なんて言ったモノの、実際ちょっとピンチだったりする。


「庸一君っ! 大好き♡」


 チョロすぎない?

 

 しかし、今の俺に笑顔を作る余裕はなかった。


「きゃあ♡ 庸一君が私をそんなに睨みつけるなんて! 怖いわ!」


 ……まあ、いいか、結衣が元気になってくれたなら。


「おい、最後の話は終わったかー?」

「こっちのセリフだ。お前ら、俺に倒される覚悟は出来てんの?」

「舐めてんじゃねえぞガキ!」

「お、来るか」


 俺を殴りやがった男がキレ出した様だ。


「——馬鹿野郎! 迂闊うかつに近づくんじゃねえ!」

 

 巌井が叫ぶ、だが、何もかも遅い。

 

「死ね! 片切!」


 俺を殴りやがった男はそう言いながら鉄パイプを振り回す。俺はその大振りな攻撃をかわしながら、反撃の機会をうかがう。

 鉄パイプを振るたびにブオンブオンと音が立つ。狙いはその音の狭間だ。俺は右腕の拳を握り力を込め、音の狭間、静寂が訪れた刹那に全力で鉄パイプを殴った。


 バキキィィン


 鉄パイプは丁度ど真ん中で折れ曲がった。


「な!? こいつ、バケモンかよ……」


 俺は放心している男に五割程度の力で金的をしておいた。殴られた恨みもあるので五割より少し強かった知れない、が仕方ない。


「ぐわぁぁぁぁぉぉぉ」


 男は実に滑稽こっけいな声を上げながら沈んでいった。


「あとはお前だけだぜ? 巌井。こんな大掛かりなことしてよぉ、二個も年下の俺に負けたのがよっぽど悔しかったのか?」

「……俺が悪かった! 頼む! 許してくれ、庸一! 俺はどうしてもお前に勝ちたかったんだ!」

「言っとくが、俺はブチギレてんだよ? よってたかって一人きりの女虐いじめて」

「悪かった、悪かった。だから…………死んでくれや」


 巌井は腰ポケットからナイフを取り出し、俺に突きつけてきた。


「はあ、もう諦めろよ」


 俺が左足で巌井のひじの辺りを蹴ると、「ぐうッ」と声を漏らし、ナイフを落とした。俺はすかさずそのナイフを右足で軽く蹴る。


「……ふう、一件落着、か?」


 俺は結衣を縛るために使われていた縄を拾い、その辺の柱に巌井を固く、固ーく結びつけた。俺を殴りやがった男は気絶していたので、巌井の側に置いておいた。

 

「須崎ー! 終わったぞー! 警察呼んでくれー」 


 俺は倉庫の外で待機していた須崎に呼びかけると、すぐに返事が返ってきた。


「わ、ホントですか片切さん!? 分かりました!」

「……よし」

「庸一君っ」

「ん? どうした、結衣」

「ありがとう。助けに来てくれて」

「おい、頭怪我しておかしくなったのか? 結衣はそんなこと言わないだろ」

「わ、私にだって感謝の言葉くらい言えるわよ!」

「はいはい、分かったから帰るぞ。ほら、歩けるか? おんぶしてやろうか?」

「ひ、一人で歩けます。…………ご主人様」


 一時はどうなるかと思ったが、結衣が無事でよかった。

 ……最後に結衣がボソッと「ご主人様」と呟いたのは俺の気のせいだと思いたい。

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