第4話

「僕は…。僕は君と一緒にいられない…。」「えっ…。」ソフィは僕の返答を聞くと、茫然自失とした反応を見せた。僕は彼女のその様子を見てとても辛かった。だが僕はどうしてもこう言わなければならなかった。


それから数分、沈黙が続く。それは嵐の前の静けさの如く、不穏な空気だった。そして数分たった後、ソフィがようやく口を開けた。だがそこにはいつも楽しく、明るい口調は消え去っていた。


「そう…。でも私、離れたくない。お願い、一緒にいて頂戴。」ソフィは今にも途切れそうな声を発しながら、僕の体に抱き着いた。その抱き着く力はとても強く、まるで鎖に巻き付けられるかのようだった。


「…。ごめんよ。僕には帰る場所があるんだ。だから…。」僕はボソッとそう呟いた。そして僕の体に巻き付いているソフィを優しく振りほどいた。


だがソフィにはその優しさが逆に突き放されたように感じたのか、彼女の顔は一切生気を感じ取れなかった。僕はその様子を見て、胸がとても苦しくなった。


その時、僕は塔の外で雨が降っていることに気づいた。その雨音はとても勢いよく、そして身悶えしているかのようだった。


「ねぇ。本当に帰っちゃうの…。」ソフィが目に涙を浮かべながら、僕に悲しく語りかけた。


「あぁ…。」僕はもう一度そう答えた。その瞬間、ソフィは両手で僕を勢いよく押し倒した。「うわっ!」僕は余りに唐突だったので、そのまま勢いよくしりもちをついた。


「何で…。何で嫌なのですか。一緒にいることが…。」ソフィはそう悲観に暮れた物言いで僕に語りかけた。そしてこう続けた。「それにそこまでして元の場所に帰りたいのですか。一体そこに何があるのですか。ここよりも楽しいのですか?自由なのですか?」


「あぁ。そうさ。楽しいし、自由さ。ここも十分だが、外の世界もそれ並さ。そこででしか食べれない美味しい物もあるし、遊園地やショッピングモールなどの楽しめる場所もたくさんある。それにやっぱり人と関わかな。僕はそれが楽しい。」僕はそうソフィに訴えるかの如く伝えた。


「はぁ…。そうですか。けれども私にはまったくわかりませんわ。それに楽しい、自由と言っていても、それは本当のことなのですか?」ソフィはそう呆れた様子を見せる。それはまるでそのことを嫌っているかのように。


「あぁ、本当さ。」僕はそれでも訴えかけた。だがその時、僕の心の中から急にもやもやとした物が現れて来た。そしてこう問いかけてきた。「それは本当なのか…。」


僕は戸惑った。今まではこんなことは思わなかったのに。だがそんなことを思っている間にも、もやもやが広がっていく。まるで一気に放出したかのように。いや、解放したのだ。ソフィのあの言葉によって。


ソフィはそんな戸惑う僕の様子を見て、すぐさま訴えかける。「やっぱり…。あなたも本当はストレスとかを抱えているのでしょう。その様子を見ていたら分かる。」「…。」確かにそうだった。僕は今までストレスを膨大に抱え込んでいた。それでも僕は見ないふりをし続けた。そうでもしないと今まで自分が頑張ってきたことが無になる。


それは自由を手に入れるために。だがその幻想は今、崩れ去ろうとしている。そこには虚無出しか残っていなかった。僕は沈黙する。何も言葉が出なかった。するとその時、ソフィは落ち込んだ僕の肩を優しく叩いた。


「そこまで苦しまなくていいのです。あなたはとても頑張ってきた。それでいいでしょう。それ以上頑張ってしまうと、あなた自身がだめになってしまいますわ。だからお気を確かに。」ソフィは透き通るような声で、僕の耳元でつぶやいた。そこにはさっきのような様子は薄れ、少し穏やさを取り戻していた。


それから彼女は僕が突っ立っている横に座り込んだ。「あなたも座ってください。少しお話があります。」「…。分かった。」僕はそう言わるがままに座り込んだ。そしてソフィの口が動き始めた。


「実を言うところ、私はあなた達が住んでいる世界がとても嫌いなのです。だってそこは空っぽだから。」「空っぽ?」「そう。だって一見楽しいだとか、自由だとか謳っているけれど、本当はそんなものは無い。あるのはただの空っぽな地獄。そこには感情が無い。みんな何で生きているのか分からない。でもみんなはそれを受け入れている。それはあなたが証明している。ほら、楽しいのでしょう。」「…。」


僕は言葉一つ出なかった。そのままソフィは話を続けた。


「それでいやになった。そりゃ千年も生きりゃ、こうなるだろうと言われるかもしれないけれどね。でも私はそんな世界、不老不死になる以前から嫌だった。…。ほらあの時言ったでしょ、私も昔は別の所で住んでいたって。それはさっき言った空っぽの世界だった。けれど私には耐えられなかった。もう限界だった。でもある時、あの能力を手にした。色々な世界に行ける能力を。」「そうなのか…。それでその能力を。けれどそれはどうやって手に入れたんだ?」


「それは分からない。気づいたらその能力に目覚めていた。」「そうか…。」僕はただそう呟いた。しかし今ソフィの話を聞いて、僕の心の中は四苦八苦した気持ちになっていた。それは何か複雑に絡み合っているように、とてもややこしく、そして苦しかった。


だが僕はその気持ちを表には出さなかった。そのおかげか、彼女はその様子には気づかずに話をまた続けた。


「そして私はその能力を使い、いろいろな世界に飛び込んだ。とっても楽しかった。初めてだったの、こんな感情になるの。まるでしがらみから解放されたようにね。で、そうしている内に私は住んでいる世界から遠のいた。それはまるで追放されたかのようにね。でも私は生き残れた。あの能力があったおかげでね。それからは思いっきり楽しんだ。でも最近何だかちょっと寂しくなった。その時にあなたを見つけた。これが今までの私。」


そうソフィは朗読のように語っていた昔話を終えた。その時の彼女はまるですべてを吐き出したように、とてもすがすがしかった。僕は彼女の様子を見た後、外の様子をちらりと見た。そこには雨上がりの後の、清々しい青空が広がっていた。


「で、それで…。」ソフィが僕の服の袖を掴んだ。「あなたはここに残りますか。それとも元の世界に戻りますか。」僕は彼女のその問いかけを聞き、悩んだ。それから数十分後、僕は返答を返した。


「僕は…。僕は、それでも戻らなければならない。」それは僕にとっては屈指の決断だった。「…。そう。」ソフィは軽くため息をついた。「確かに楽しかった。それは心の底から。けれどそれと同時に何か、僕の存在が徐々になくなるような気がした。耐えられなかった。だから…、僕は戻る。ソフィのようにはなれない。」


僕はそう雄弁に弁舌を振るった。ソフィはそれを聞き、少し暗い顔を表した。そこには諦めや、失望感が含まれているように見えた。


「…。分かった。それじゃあ、あなたを元の世界に戻しますわ。後悔、しませんわね…。」ソフィは立ち上がり、そう警告するかの如く申し上げた。「あぁ、しない。」僕は確固たる決心をしていたから、そんな迷いは通用しなかった。そして僕は立ち上がった。


「そう…。それじゃ、戻すわね。」ソフィがそう呟くと、そのまま立ち上がる。そして僕の方に手を差し伸べた。「それでは、行きますわよ。」


僕は彼女の、その差し伸べられた手を掴む。そこには若干の迷いも生まれた。だがそれでも僕は、手を掴んだ。そして僕たちは、重たい足を一歩ずつ前へ出してく。それは初めて会った時とは程遠く、とても悲しいかった。


それから僕とソフィは、重たい足を引きずりながら、一歩一歩進んで行った。そこには会話など一切なく、沈黙だけが続いている。それは僕たちの足音が響き渡るくらい静かだった。


するとその時、僕は急にソフィの様子が気になった。そして彼女の方へ目をちらりと傾ける。そして目線の先には、ソフィの失望と気鬱が入り混じっている表情が映った。その表情は一種の絶望にも見え、また一種の諦めのようにも見えた。


「…。」だが僕は、それを見ないふりをするように、目線を元に戻す。それは長く、彼女のその表情を見たくなかったからだ。そして僕たちは段々と、走る速さを上げていく。それにつれて光が、周りを囲んでいった。それはまるで僕たちを、袋で包み込むかのように。


すると突然、ソフィが僕の体を勢いよく押した。それはまるで崖から突き落とされたかのように。「うわっ!」僕はその時、驚嘆した声を上げる。余りに当然だったからだ。そしてそのまま、一人だけ白い空間に投げ出された。


「なっ、何をするんだ。」僕は余りに突然で裏声を出す。「別に何もしていませんわ。さぁ、行ってください。この先にあなたの住んでいた世界があります。」ソフィはそう促すようにして言う。そこには感情も何も入っていなかった。


「…。」僕は、彼女のその声を聞いて、何一つ言葉が出なかった。いや何も思いつかなかった。そして僕はそのまま、先へ先へ歩いて行こうとした。


だがその時、後ろからソフィの声がかすかに聞こえた。それは今にも消えそうなくらいに。僕はそれを聞き、すぐさま後ろを振りむく。


そこにはソフィが手を軽く振っていた。そこには何か、人間の温かみのような物があった。だが肝心の、彼女が何を言っていたかは分からなかった。


僕はそれを確認すると、すぐさま振り返る。そしてまた歩き出した。そして先へ先へ進んで行くにつれ、光がどんどん眩しくなっていく。そしてついには前が見えなくなるほどになっていた。「うっ!」僕は余りの眩しさに、両腕で顔を遮った。


その時、また微かにソフィの声が聞こえてきた。それはこう言っているように聞こえた。「私はあなたがとっても好きです。けれどもあなたは私の世界では生きてはいけない。そこがとても残念です。でもそれは仕方が無いでしょう。だからさようなら。永遠に…。」「…。さようなら。」僕は一言、ソフィに告げた。そしてそのまま、僕は光に包まれて消えていった…。


…。太陽の光が眩しかった。僕はその眩しさで気が付きた。そして瞼をゆっくりと開いた。その時確認できたのは、太陽が少し左側へ傾いていることだった。「…。ここは。」僕は上半身を起こし、周りを一周見渡した。そこは僕が散歩をしていた林道だった。


「僕。何で、こんな所で寝ていたんだ。」そう頭に疑問を浮かべながら、ゆっくりと立ち上がった。一瞬その時、強烈な頭痛が走った。「うぅ。」僕は頭を抱えた。でもそれはたった一瞬だったので、すぐ元通りになった。


「おそらく疲れが出たんだろうな。…。よし、帰ろう。明日は仕事だし。」そう呟くと僕は入り口へ戻るために、林道を歩いて行く。その道は木陰によって真っ暗闇になっていた。



























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