近所のおじいちゃん

小丘真知

近所のおじいちゃん

面白いおじいちゃんがいたんですよ、町内に。

といっても外れの方に平家を借りて住んでた人なんですけどね。



歳は60〜70歳くらいじゃないかしら。

矍鑠かくしゃくとしてらっしゃって、足取りもしっかりしててね。

いつも朝早くから、家の周りや近所の道路を掃き清めてたし、公園の草むしりなんかもやってらっしゃって。

学校へ通う子供達が近くを通るでしょ。

そうしたら大きな声で「おはようございます!」なんて挨拶されてね。

有名人でしたよ。

そんなだから子供達も面白がって、散歩しているおじいちゃんつかまえて、遊んでもらってましたよ。

そうしたらね、おじいちゃんがいろんな遊びを教えてくれるから、みんな大喜びしてたんですよ。

普通のかくれんぼや鬼ごっこだって知らない子がいるくらいですから、珍しかったんでしょうねぇ。

折り紙や草笛、竹とんぼでしょう。

なんか変わったかごめかごめだったり、竹馬だったり凧揚げだったりね。

私たちもなんだか懐かしくなって一緒になって楽しんでましたね。


中でも一番子供たちが面白がったのは、お話じゃないかしら。

あのほら、扇子で机叩いて話す人いるじゃないですか、活弁師でしたっけ。

あんな感じでもう、朗々と話始めるんですよ。

時は戦国〜ぅなんちゃらかんちゃら〜みたいな。

子供たちも珍しいものだから聞き入っちゃって。

紙芝居とかもやってくれましたよ。

あとは、怪談ね。

子供たちみんな大好き、怪談。

私たちが聞いたようなお話をしてくれたんですけど、やっぱり話す人が違うとね。

迫力が違うんですよ。

雪女とか耳なし…芳一?あとは、のっぺらぼうとか。

虎になっちゃう人の話とかもあったじゃないですか、ああゆうの。

お家に子供たちをご招待してそういう話をしてくれることもあって、それでお菓子たくさんお土産に持たせてくれるもんだから、みんな喜んで通ってました。


それでね私たちも行ったんですよ、おじいちゃんの家に。

ほら、もらってばっかりって訳にもいかないでしょう?

お茶受け持って伺ったことがあるんですよ。

ああ、そうそう。

客間に通されてお話してたら、床の間に立派な刀が飾られているのが見えてね。

うわーなんて言ったら少しご披露してくださって、あのぅ、居合術を。

ええ、もう大変な腕前のようですよ。

健康のためですなんてご謙遜されていましたけど。

もうあっという間に刀が鞘から出てくるというか、瞬間移動するみたいに刀がパッて現れるんですね。

一緒に行った田所さんと、拍手ですよ拍手。

頭をかいて照れ笑いされてて、かわいらしいなぁなんて。


あ、それで思い出した、そうそうそう。

いやね、下の子がもう真面目な顔で言うんですよ。


おじいちゃんは、江戸時代のサムライなんだって。


内緒なんだってって、こしょこしょ声で言うんですよ。

おじいちゃんはたまーに、子供たちにそういう、なんていうか、秘密の話を聞かせてくれるみたいなんですね。

それで、うちの子にはそんな話をしたみたいなんですよ、おじいちゃんは若い頃サムライだったんだっていうね。

それで刀を見せてくれたんだって、本物の刀だったからサムライだって、子供が真面目に言うもんだから、あたしおっかしくって笑っちゃって。

おじいちゃん一体何歳なのよって言ったら、そっかぁなんて言ってましたけど。

他にも、明治維新でおじいちゃんは戊辰の役で戦ったんだぁとか。

アメリカと戦争するために兵隊に行ったんだぞうとか。

もうそれはそれは数々の武勇伝をお持ちみたいで。

あんまり子供達が真面目に言うもんだから私と田所さんとで笑い話にしてましたよ、怒られますけど。


そうしたら、上の子がね。

中学生になるんですけど、そのおじいちゃんに会いたいって言い出して。

僕もおじいちゃんのお話聞きたいって言うんですよ。

上の子はなんだか、そういう歴史とか昔の話が好きみたいで。

大河ドラマを夫と並んで見てるくらいですからね。

それで、弟に連れられて二人でおじいちゃんのところに行ってから、上の子も通うようになったんです。

最初は楽しそうでしたよ。

おじいちゃんのサムライの話すごかったぁ、明治の話怖かったぁって興奮してましたけど。


ふっと、行かなくなったんです。


いついつからっていうのは、私もちょっと覚えてないんですけど。

そういえば最近行ってないなぁって気づいて。

晩御飯の時に聞いたんです、最近おじいちゃんのところ行ってないのぉ?って。

そうしたら、うん…なんて元気なさげで。

聞いてみたら、おじいちゃん引っ越すんだって言ってましてね。

あ、そっかぁそれで寂しくなっていかないんだねって。

でもそしたら、ね?

ご挨拶に行かないとって思いましたから。

いつなの?って聞いたら、分からないって首を振って。

でもすぐに引っ越すからお母さんたちには言わなくていいよ、お世話になりましたって言ってたって、なんかぼそぼそって言ってるんでねぇ。

そう言う訳にもいかないのよ一緒にいきましょうって言ったら、また首を振るんですよ。



おじいちゃんが怖いって。



え、何かあったの?

変なことでもされた?

って私も気になっちゃって、色々聞いてみたんです。

そしたら、少し話してくれたんです。


ちょうどおじいちゃんが引っ越しの話をしてくれた時だったそうですけど。

うちの子もそっかぁって寂しくなったんですけど、気を取り直しておじいちゃんの話を聞かせてもらってたんだそうです。

おじいちゃんも喜んでね、お話ししてたそうですけど。

それがなんか、のっぺらぼうの話になったみたいなんですね。

あの、小泉八雲さんのくわいだんの話です。

それでうちの子は、そういうのを知ってる方ですから。

それはのっぺらぼうの話じゃないよって。

あのほら、おそば屋だかうどん屋だかのご主人が、こんな顔でしょう〜?ばぁっ、てやるお話あるじゃないですか。

あれはのっぺらぼうの話だって勘違いされているけど、本当はむじなだって言ったんですって。

それを聞いたおじいちゃん、とっても感心して。

よく知ってるなぁって褒めてくれたんですって。

そしたらうちの子が、おじいちゃんも流石に、本当ののっぺらぼうは知らないでしょう?って言ったら、おじいちゃんがまたいつもの、神妙な顔をして。

内緒にしてくれれば教えちゃるって、いつものこしょこしょ話が始まったんですって。

それでうちの子ものっかってね、なぁに?って聞いたんです。

そしたら、おじいちゃんが言うには、ですよ?



ぬっぺらぼうをみたことがあるって。



私は笑っちゃったんですけどね。

真面目な顔して言うんですよ。

うちの子も心の中では笑ってたらしいんですけどね。

へぇ〜ってやって、ぬっぺらぼうって何なの?って聞いたら

ほうじゃな、って考えてから、まあ妖怪は妖怪じゃ、と。

ただの、ってゆっくり前置きして




薬じゃ って言ったんですって。




うちの子が、え?くすり?って聞き返そうとしたら、おじいちゃんこっちをじっとみながら笑って




うまいぞぅ って。




その目がビー玉みたいに光ってて、すごく怖かったって。




うちの子、飛び出してきちゃったみたいなんですね。




後ろから、お前も食うかぁ?あははははははって笑い声がして、もう本当に怖かったから二度と行きたくないって言うんですよ。




またそんな話ねぇ?

間に受けてどうすんのって私は言ったんですけどね。

いつものおじいちゃんのホラ話じゃないのって。

その後、田所さんとかと一緒におじいちゃんを訪ねたら、なんでも妹さんがご病気で帰らなきゃいけなくなったそうなんですね。

最後におじいちゃんがね、ちょっとやり過ぎましたと。

謝っておいてくださいなんて、頭をかいておられたので、私もいいえ〜気にしないでくださいって言いましたよ。




それから1週間もしなかったんじゃないかしら。

おじいちゃんは引っ越されていきましたね。





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