第15話
桜たちは少しずつ枯れていくなか、まだ終わってたまるかとばかりに力強く咲き誇る数本の桜たち。そこは満開の桜並木ではなくなってしまったが、それとはまた違った美しさが、風情が存在していた。
そんな、ゆっくりと移り変わる季節を表すかのような道を、様々な視線を受けながらも悠々と歩いていく少年がいた。呆れた表情を浮かべる者や笑いをこらえる者もいたが、その視線の大半は頭にハテナを浮かべながら少年を抜かしていった。
少年はそんな視線に気づいていなかった。というよりも気付けるわけもなかった。目こそかろうじて開いているものの、脳は完全に眠ったままであった。そんな状態でカメのごとくのそりのそりと歩み進めていく少年を、奇妙な目で眺めながら通り過ぎていく学園の生徒たちにはなんの非もないだろう。
「やあ、チカ。やっぱり君は最高に変だね」
「………………」
そんな少年、チカの肩を、後ろからたたく者がいた。
「おーい。チカ、寝てるのか?おーい」
「………………」
「そんな状態でよくここまで来れたね。それもサボり魔の君が」
「………………だれ?」
「起きてたんだね、良かったよ。僕はカイだ。君の将来の義弟だよ」
「…………………カイ」
「ああ、改めておはようチカ」
「………………はよう」
早朝にもかかわらず、どこまでも爽やかで眩しささえ感じさせるカイの姿を、チカはようやく認識したが、まだ脳の覚醒にまでは至ってはいなかった。
「それにしても、本当によく来たね」
「……………なにが?」
「君がそこまでして学校に来るとは思わなかった」
「……………意味、わかんない…」
「それは、君を見かけたすべての人のセリフだろうね」
「………カイが、バグった…」
「チカには言われたくないな。君はまず自分の格好を理解するべきだよ?」
そう言われたチカは、目線を落とし自らの格好を確認した。
チカの格好は、すべてがおかしかった。まず足元、ローファー派だとかスニーカー派だとかそういう領域ではなかった。そもそも靴下を履いていないのだ。素足にサンダルである。ズボンはシンプルなグレーのスウェット。上半身はとうとうブレザーさえ着ておらず、ブランドのロゴがプリントされた白のパーカーのみ。極めつけには、カバンの代わりとばかりに、枕を持っているのである。
視線を集めないほうがおかしかったのである。
「………あーっと……どんまい?」
「僕に言っても仕方ないだろう」
「………はは、寝ぼけてた」
「だろうね。それ以外には見えないさ」
「………まあ、いっか…」
「君のその自由さには少し憧れるよ」
カイは呆れたように言ってはいるが、その表情からは、チカというまだまだ未知の存在に対する興味が見てとれた。
二人は軽くおしゃべりをしながら歩みを進め、やがて校門へと到着した。豪華絢爛ともいえる大きな校門には、数人の教職員がたっており、そこにはチカ達の担任教師でもある綾子の姿もあった。二人が通り過ぎようとすると、案の定綾子からのストップがかかった。
「おーいバカチカー、ちょっとこっちこーい」
「あはは、捕まったねチカ」
「………ん」
「いってらっしゃい、またあとで」
カイはチカの背中を綾子のほうへと軽く押すと、手を振りながら校舎へと向かうのであった。
チカは大人しく綾子の前まで歩いて行った。綾子は改めてチカの姿をよく観察し、一度大きなため息を吐き腰に手を当てた。
「あー、なんつーかもう、何から言えばいいか私には分からん」
「………じゃあ、もう行っていい?」
「駄目に決まってるだろ。はぁ、それで?その格好はいったいなんだ?」
「…………なんか、気づいたら。ね?」
「ね?じゃねーよバカ。なんつーかあれだな、バカチカはバカチカだなほんと」
「…………寝ぼけてたんだ」
「そうかい」
綾子はチカと肩を組むようにし、校門から少し離れたところへと引っ張っていく。他からの視線が切れたところへと来ると、話を再開した。
「まあぶっちゃけ私はどんな格好だろうと別に構いやしないさ。ただ一応ほかの先生たちの目もあるからな、ほっとくわけにもいかないんだ」
「…………ん、ごめん…」
「いいさ、これもお前の学園生活だ。まあそんな格好でも登校してきたのには驚いたけどな」
「…………言われたから」
「ん?なにをだ?」
「…………サボりは、ほどほどって…」
「ほう。いいことを言う奴だな。もしや彼女か?」
「……彼女じゃ、ないけど…」
「なんだ、好きなのか?」
「……まだ、よくわかんない。けど…もっと知りたいとは…思う」
「ほう。ほうほう!しっかり青春してるじゃないか!」
「……ん」
「そうかそうか。安心したぞ私は。よし、何かあったら教えろよ?」
「………綾ちゃんに?」
「そうだ!なんなら恋愛相談も聞いてやるぞ?」
「………気が向いたらね」
綾子はウキウキした様子で、もう一度チカと肩を組むと校舎の方へと歩き始めるのだった。
「………服、このままで、いいの?」
「まあ校則違反ではないからな。ギリギリセーフにしてやる」
「…………そなの?」
「ああ。まあうちは校則ゆるゆるだからな」
二人は結局、教室につくまで肩を組んだまま校内を闊歩するのであった。
ちなみに、この日のチカは持ってきた枕を存分に活用するのであった。
美女と少年 べぽ。 @drs-kiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。美女と少年の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます