第14話
雲一つ存在しない晴天の青空と、綺麗な青色が一面に広がっている広大な海。聴こえる音は静かなさざ波と数羽のカモメの合唱。そんな天気のいいある日、チカは朝からNONBIRIで働いていた。とはいっても特にやることはなく、たまにボスと言葉を交わしながらゆったりした時間を過ごしていた。
「全く、連休だっていうのに来る連中はいつもと変わらない顔ぶればっかりだ」
「………嫌なの?」
「嫌とは言わないが、たまには新鮮さが欲しくなる」
「……へ~」
「まあ常連がいるからこそなんだがな」
「…うん」
「それはそうとチカ、学校はどうだ?」
「……楽しいよ、わりと…」
「それは何よりだ。部活に入ったりしないのか?」
「……あー、うん。あんま、興味ないや」
「そうか」
「…ん」
「別に店を優先しなくてもいいからな」
「……やりたいから、やってる」
「そうか。だったらいい」
「…ん」
まるで親子かのような会話をする二人と、静かにコーヒーを楽しむ常連が数人。そんなのんびりとした店内に、来店を知らせるベルの音が鳴った。
「や、チカ君。こんにちはボス」
「……ん、いらっしゃい」
「おう、嬢ちゃんか。ゆっくりしていってくれ」
軽く手を振りながら颯爽と店に入ってきたのは雛乃であった。以前に比べるとずいぶんとNONBIRIに馴染んだ雛乃は、戸惑うことなくチカの前のカウンター席に腰を下ろした。
ボスはそんな雛乃に注文を聞くことはせず、カップにコーヒーを注いでいく。
「嬢ちゃんもすっかり常連じゃないか?」
「あはは、だったら嬉しいんですけど」
「店主が言うんだ、間違いないさ」
「ありがとうございます。チカ君も、嬉しい?」
「………なにが?」
「私が常連さんだって」
「……あーうん…そうだね」
「あはは、相変わらず反応薄いなぁ~」
「全くだ。こいつはいくつになっても変わらない」
ボスは入れたコーヒーとお茶請けを雛乃の前に置くと、「ごゆっくり」とだけ言うと、そのままスタッフルームへと姿を消した。
「……仕事、休み?」
「今日は午後から撮影なの」
「……へ~、大変だね…」
「チカ君だって朝から働いてるじゃん」
「……うちは、ひまだから」
「でも、すごくいいお店だと思うな」
「……ん、どれは同感」
「ふふ、チカ君お店のこと好きだよね」
「……んー。まあ、家みたいな感じ…かも」
「家かぁ。いいね、なんだかそういうの」
「………うん」
二人は相変わらずの雰囲気で、店内に少しずつ甘い空気を流していく。
「あっ!そういえば聞いたよ!」
「……なにを?」
「チカ君、カイと同じクラスなんでしょ?」
「……うん」
「チカ君、カイにいろいろ話したでしょ?」
「……あー、うん」
「も~、すっごいからかわれちゃったんだからね?」
「……ごめん?」
「あはは、別に謝らなくてもいいよ」
「……そう?」
「うん。びっくりしちゃったのと、ちょっと恥ずかしかっただけだから…」
「……カイ、なんかすごい、はしゃいでたよ」
「なんか想像つくよ。我が弟ながら変わってるもん」
「……ん、変だよね。カイ…」
「ふふふっ、チカ君には言われたくないんじゃない?」
「……え、なんで?」
「きっと、そういうところだよ」
「…………?」
「ふふふふっ」
首を傾げているチカと、それを見て楽しそうに笑う雛乃。店内にはますます甘い空気が流れていくのだが、残念ながら二人に自覚はなかった。もはや名物になりつつある二人の会話を、常連たちは耳を傾けつつ微笑ましそうに見守っていた。なお、ボスが早々にスタッフルームに引っ込んだのは、この空気から逃れるためだったりもする。
「あっ、そういえばごめんね?」
「……なにが?」
「学校。まだ探しに行けてないから」
「……あー、そういえば…」
「お仕事忙しくて、最近学校にもあんまり行けてないの」
「………楽しい?モデル…」
「うん!お仕事はすごく楽しくさせてもらってるよ!」
「……じゃあ、いいよ」
「ふふ、うん。ありがとね」
「……ん」
「お仕事落ち着いたら、絶対行くから、待っててね?」
「……うん」
「あ、でもカイが言ってたよ?チカはよくサボってるって」
「…あー……なくもない、かも」
「やっぱり。ほどほどに、だよ?」
「…………あーうん、そうする…」
「ふふっ、よろしい」
二人はそんな言葉を交わしながら、互いにこのゆったりとした時間を楽しんだ。
常連たちはそんな二人を眺め、甘い空気をも楽しんだ。
ボスはそんな空気から逃れ、コーヒー豆の整理を楽しんだ。
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