第13話


 入学式よりほんの少し時がたち、皆、学園生活というものに徐々に順応していっている。学業に集中する者、部活動に力を入れる者、アルバイトに励む者、特になにもしない者。それぞれが仲の良い友人をつくったり、部活動やコミュニティに属したり、はたまた一人を好む者であったり。各々の学園生活をおくり始めていた。それはもちろん、チカ達だって例外ではない。


 チカはやはり龍といる時間が多かった。クラス内でもチカと龍が幼馴染であり、二人はよく一緒にいるという認識が出来上がっていた。

 カイとも順調に交友関係を深めていった。お昼を共にすることも、放課後出かけることもある。しかし、常に三人でつるむということには今のところなっていなかった。理由はとても単純である。いかんせんカイは人気者であった。整ったルックスに親しみやすい性格、有名なモデルの弟であるカイに、クラスっメイトたちは集まった。要は、クラスのリーダー的存在になったのだ。

 それとは対称的に、チカと龍の二人はというと、見た目のインパクトや本人たちのキャラクター、真面目とは言い難い生活態度ゆえか若干浮いた存在になっていた。決して邪険にされているわけでも、話しかけてくる相手が皆無なわけでもなかったが、クラスメイト達は二人との距離感をまだまだ掴めてはおらず、探り探りといったところであった。もし二人に、少しでもクラスメイト達に歩み寄ろうという意思があれば状況は変わっていたかもしれないが、クラス内の事情などに全く興味がなかった。当然、若干浮いた存在になっていることに何も感じておらず、チカにいたっては気付いてすらいなかった。

 

 そんなある日の昼休み、チカと龍の二人は学園近くの住宅街にひっそりと佇む、もんじゃ焼き屋にいた。その店構えは決して綺麗とはいい辛く、古かった。良く言うのであれば、味があるといったところだろう。店の玄関の暖簾には【もんじゃのあけみ】と書かれている。

 店内にはカウンターテーブルと鉄板プレート付きのテーブル席がいくつかあるだけのシンプルな作りで、カウンターの内側では店主であるあけみが調理をしていた。あけみは、これぞおばあちゃんといった風貌をしていた。

 チカと龍はテーブル席でもんじゃ焼きをつつきながら、いつも通りの緩い会話をしつつ、くつろいでいた。


「………うま…」

「ちがいねぇ。カイの奴がボヤいてたぞ」

「……なんて?」

「僕も行きたかったってよ」

「…きたら、いいのに」

「無理だろ。今日はクラスの連中につかまってたしな」

「……ふ~ん…」

「ま、その気になればいつでも来れるだろうよ」

「……ん、多いもんね。ここ、くること…」

「サボりすぎもほどほどにしねぇとだけどな」

「…ん、大丈夫だよ………」

「はぁ~。その根拠は何だってんだ」

「…んー、まだ、綾ちゃんに、何も言われてないから……」

「確かにな。納得しちまったわ」

「………ん」


 そんな話をだらだらとしていると、テーブルの上に大きなボウルが二つ乗せられた。


「チカ坊、龍坊!あんたら暇なんだったらこの黒豆剥いといとくれ」

「……ばあちゃん」

「また雑用か?」

「学校サボってんだからそれぐらい手伝いなおバカ!」

「………んー」

「サボりとばあちゃんは関係なくねぇか?」

「うるさい子だね全く!お代もまけたげるんだからさっさとやっとくれ」


 あけみはそれだけ言うと、白く染まったパーマヘアーをぷりぷりと揺らしながらカウンターへと戻っていった。チカと龍も何か言い返すということはなく、大人しくボウルいっぱいに入っている黒豆を剥きながら会話を再開していくのであった。


「ったく、人使いが荒い」

「………でも、いいひと」

「んなこたぁわかってんよ。じゃなきゃ通わねぇし手伝わねぇよ」

「……ん、だね…」

「それはそうとチカ、最近はどうなんだ?」

「……なにが?」

「カイの姉ちゃんとだよ。会ったりしてんのか?」

「……けっこう、うちの店に、きてくれるよ」

「へぇ、そうだったのか。意外と鉢合わせになんねぇもんだな」

「……だね」

「まあそんなに来てんならそのうち会うか」

「……かもね」

「店だけなのか?」

「……んー、うん。今のとこ……学校では、まだ会ったことない…」

「まあ広いからしゃーねぇか」

「……ん…でも、そのうち探しに来るって……」

「へぇ、そりゃ面白そうだ」

「……ね」

「それにしても多いなこの豆」

「…………眠たく、なってきた」

「寝たら置いてくからな」

「………………んー」


 結局二人が黒豆を剥き終わる頃には、午後の授業はすでに始まっており、二人は学園には戻らず自宅へと帰っていくのであった。


 翌日、話を聞いたカイは大層羨ましそうにしていた。


 

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