12時発、1時着。
尾八原ジュージ
12時発、1時着。
同じデザイン事務所に勤めていた高崎さんは、「きっちり」という感じの人だった。
たとえば昼休憩に入るとき、彼は「飯行きまーす」と言って、いの一番に事務所を出ていく。それがいつも計ったみたいに12時ぴったりだった。そして始業時刻の1時ぴったりになると、「戻りやしたー」と言いながら戻ってくる。
あまりに正確なので鉄道好きの社長がからかって、「高崎線各駅停車」とあだ名をつけた。高崎さんもそれを気に入ったらしく、5回に1回くらいは「飯行きまーす」じゃなくて「各駅停車発車しまーす」と言いながら、事務所を出ていくようになった。
その日もいつも通り、高崎さんは12時ぴったりに「飯行きまーす」と事務所を出ていった。そして始業開始の1時ぴったりに事務所のドアがギーバタンと開閉し、「戻りやしたー」と声が聞こえた。確かに聞こえた。
だから皆、高崎さんが戻っていないことになかなか気づかなかった。たまたま近くを通りかかった印刷会社の営業さんが、「さっきあっちで事故に遭ったの、おたくの高崎さんじゃない!?」と血相を変えて飛び込んで来るまで、誰もおかしいと思わなかったのだ。
あの「戻りやしたー」という声が聞こえたとき、高崎さんは事務所から徒歩5分くらいの交差点で車に撥ねられて、道路に倒れたまま救急車を待っていたのだという。
「でも、高崎くんの声聞こえたよね? 戻りやしたーって」
血相を変えた社長が、皆の顔を見回して尋ねた。私だけじゃなく、そのとき事務所にいた社員全員が頷いた。
高崎さんがその事故で亡くなって、そろそろ1年が経とうとしている。
今でも時々声が聞こえる、なんて言ったらいかにも怪談らしいのだけど、実際のところはあれ以来一度も、彼が事務所に戻ってきたことはない。高崎さんのことだから、きっときっちり自分の死を悟ってあの世に行ってしまったんだろう、なんて皆は言うけれど、私は少し寂しい。
12時発、1時着。 尾八原ジュージ @zi-yon
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