四章 表裏一体


みんな私に夢をみる。

みんな私に理想ゆめをみる。

みんな私に希望ゆめをみる。


だから私は、みんなの“ゆめ”を演じるの。



ステージに上がり、スポットライトを浴びる。

他の子なんか目じゃないわ。

視線は全て私に集めて、今日も私は“ゆめ”をみせる。


満面の笑みも、少し影のある表情も、静かに目を伏せて憂いを帯びるのも。

全部、全部、みんながそういう私を求めているから。

そう、知っているから。


求められるものを、求められるままに。

みんな誰だって、素敵なゆめがみたいもの。

だって、ゆめをみるのは自由だから。


輝けば輝くほど、影は濃くなっていく。

集まる視線も増えていく。

羨望せんぼう憧憬しょうけい嫉妬しっと憎悪ぞうお

いろんな視線が私を突き刺す。


「裏表の激しい子」

「誰にでもいい顔をして、まるで八方美人」

「大勢の理想の演じすぎて、本当の自分なんてなくなってしまった」

「何もない、ただ空っぽなんて、可哀想」


投げられた悪口だって、最初は痛くも痒くもなかった。


でも、塵も積もれば何とやら。


気が付けばもう元には戻せないくらい、ボコボコと穴が空いていた。


きっと最初から痛かった。


だけど、その痛みが小さかったから気付かなかった……気付かないフリをした。


ステージに上がって、スポットライトを浴びて、みんなのゆめを演じる。


それが私の存在意義。


最も輝ける瞬間で、最も満たされる瞬間。

ゆめを演じる私が表なら、それ以外の私が裏。


でもそれでいい、それでいいの。


例え表と裏に分かれていたって、それはどちらも私に変わりはないのだから。


私はただ、“みんなが見たい方”を見せているだけ。

……だって、“ゆめの裏側”なんて、誰も見なくはないでしょう?


夢は理想ゆめなの。

夢は希望ゆめであるから美しい。


きっと、そこに裏側わたしは要らないの。

だから、そう生きていくって覚悟を決めたの。


決めた、はずなの。


なのに。

ある男が言った。


「貴女の裏側が知りたい」


そう言った。


みんな誰だって、表と裏がある。

表にできないから、それは裏なの。

知られたくないから、見せたくないから、裏側にするの。


「知られたくないから裏なのよ」

「それは重々承知していますとも。ですが」


男は続ける。


「ですが、私は本気で貴女に恋をした! だからステージで輝く貴女だけでなく、その裏側も全て、貴女の全てを知りたいと、そう思うのです」


馬鹿な人。

裏を知って何になるの。


「表でみんなの理想ゆめを演じてあげているのに?」

「言ったでしょう、全てを知りたいと。表も裏もどちらも貴女なのだから」


誰も知ろうとさえしなかった、裏側わたしを。

表側わたしさえ、要らないと思ってしまった裏側わたしを。

この男は知りたいという。


私は思いがけない言葉に戸惑う。


「……さあ、どうかしら。そんなに単純じゃないわ」

「いいえ、こういうのは案外単純だったりするものですよ」


男は軽く微笑みながらそう言った。


……本当はちょっぴり嬉しかったの。


でも見せたくない。

だって本当の私なんて、私でさえ分からないのだから。


「いやしかし、未だ誰も見ない貴女の裏側……やはり探究心が疼きますね」


何せ男の子ですので、と冗句じょうくまで言うものだから。

やっぱり怖くて。


「男の浪漫とか探究心とか、そういうのを満たしたいのなら他を当たって」


そう意地悪く、冷たく、貴方を突き放したのに。


「ああでも、今でさえこんなにも好きで愛おしいと感じているのですから、全てを知っては愛さずにはいられないでしょうね」


なんて、離した距離を直ぐに埋めてくるものだから。


本心なのか、ただ口が上手いだけなのか。

でもいいわ、面白いからほだされてあげる。


誰にも見せたことのない、私の裏側を。

誰かのゆめじゃない、本当の私を。


今夜、貴方だけに見せてあげる。



でも裏側を知ったぐらいで、全てを知った気にならないことね?


私はそんなに単純じゃないわ。




……私の全てを知ったとき、それでも貴方は。



「月が綺麗だと、言ってくれるかしら?」

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星月夜 桜にく @utauta_planet

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