三章 罪と罰


花が好き。

動物が好き。

大きな山も、広い海も。

全部、大好き。


この世界に、要らないものなんて一つもない。

そう、例えるなら。

まるで宝箱のようだと、私は思った。




花壇の手入れをしていた午後。


「綺麗な花ですね」


一人の男が声をかけてきた。


「分かりますか! 綺麗でしょう。お気に入りなんです」

「いや、実に素晴らしい!初めて見るものばかりです」


男は目を輝かせ、食い入るように花壇を見ていた。


「花、好きなんですか?」


私が聞くと、


「花だけではありません。動物も、山も、海も。この世界は素晴らしいものに溢れている!」


男は勢いよく立ち上がると、私を見て言った。


「そう、例えるなら、宝箱のようなものなのです!」

「ええ、ええ本当に!」


価値観の一致。


好きなものを共有できる喜びに、私はたちまち浮かれてしまい、


「花壇の向こうには畑もあるの! あと大きな水槽もあるのよ! ああでもそれだけじゃないわ!」


意気揚々と案内をした。

男の手を引いて、あっちへこっちへ連れ回して。

そしてそれが終わる頃には、私たちはすっかり打ち解けていた。


「今日初めて会ったのが嘘みたいだ」

「きっと気が合うのね、私たち」

「きっと気が合うんだ、僕たち」


すると、男は手を差し出してきた。


「なあに?」

「握手だよ。友だちの証さ!」


友だち。


生まれて初めての、友だち。


差し出された手を握り返す。


「ええ、これからよろしくね」


彼と友だちになってからというもの、私のところには多くの人が訪れるようになった。

みんな彼の友だちで、見たことのないものを見てみたい、という宝探しの気分で来る人が多かった。


初めのうちはよかったの。

でも人が増えるに連れ、問題も増えていった。


芽吹めぶいたばかりの花の芽を、雑草と言われ踏みつけられたり。

時間をかけて育てた果実を、お腹が空いたからと勝手に取られたり。

水槽だって、触ってほしくなかったのに。


でも注意すると、みんな口を揃えて言った。


「知らなかったんだ、許してよ。僕たち、私たちは友だちじゃないか」


そう言った。


私の友だちは彼一人。

あなたたちは友だちなんかじゃないわ。

そう言おうとして。

私の友だちではないけれど、それでも唯一の友だちである彼が、大切にしている人たちだから。

そう思って、口にはせずに呑み込んだ。


失敗しても、間違っても。

反省して、そこから学んで、次に活かす。

それが人間のいいところだと、知っているから。

きっともう少しの辛抱。

もう少しして、みんなが彼のようになってくれれば。

そう思っていた。


なのに。

彼らは反省するどころか、前よりももっと酷くなっていった。


やめて、やめてよ!

踏み荒らさないで!

壊さないで!

汚さないで!


私の、私の大切な宝物なのに!!

お願い、やめて、やめてったら!


「この世界は、素晴らしいものに溢れている、宝箱じゃなかったの?」


かたわらにいた彼に問う。


「宝箱だとも! この世界は素晴らしい資源ものばかりだ」


友だちなんて言葉に踊らされて。


私たちは最初から、同じものなんて見ていなかったのね。

貴方は、それを知っていたのね。

知っていて、黙っていた。


私を、利用したのね。


踏み荒らされた大地は戻らず。

壊された生態系は戻らず。

汚された水は戻らず。


傷付いた私の宝物たちは、もう戻らない。


怒りが、哀しみが、ぐちゃぐちゃに入り乱れる。


赦さない。

赦さない。


まずはこの哀しみで、そこらじゅうに大きな水溜りでも作ってやろう。

足場もどろどろに崩してやろう。


抗えないほどの勢いで、何もかもを、押し流してやろう。

そしてこの怒りをもって、全てを壊してやろう。


私は。


〝私たち〟は。


絶対にあなたたちを赦さない。

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