お帰りなさい
真っ暗だ・・・。遠くの方に光が見え、それが大きくなっていく。それとともに徐々に人の声が聞こえる。聞き慣れない音も聞こえてくる。不自然に規則正しく鳴く鳥の鳴き声のような・・・なんだ? この音? 今まで聞いたことがない。重い目蓋を無理やりこじ開けると、見知らぬ天井が。眩しくて視界がぼやける。どうやら周りに人がいるようだ。その人が何かを叫んでいる。「マーリン」と言っているのだろうか? もしや最悪の形で転生魔法が失敗してしまったのだろうか。冗談じゃない。一刻も早く逃げ出したい。だが、体が鉛のように重すぎる。段々と脳内のモヤが晴れ、眼のピントが合ってくると、平たい顔の幼女が私の手を取り、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら何かを話しているのが認識できた。だが、何を言っているのか全く分からない。周りの大人も全員平たい顔で黒髪黒目。いや、大人の女性は茶髪が多い。皆何かを言っているようだが、どこの言語か見当がつかない。そして一人の白い服に身を包んだ女性が何かの器具(何の魔法具だ? 魔力が全く感知できない)を押し当て、もう一人の女性(助手か?)に指示し、記入させている。よく見ると、私の体には針が刺さっているではないか!! なんだこれは!? 人の体に管を刺しまくるとか、イカれてる!! この管や中に入っている水はなんだ!? と叫ぼうとするが、嗄れた声しか出ない。この状況にも関わらず平然としている人々に恐怖を感じ起き上がろうとするが、まるで力が入らない。一体どうなっているんだ!? 私は、いや、ここはどこなんだ!?!?
────2年後
白を基調としたシンプルな部屋に朝日が差し込む。カチカチっと時計の音が鳴り響くその部屋の壁には青いランドセルと紫のランドセルが掛けてあり、勉強机も二台並んで置かれている。ただ、一台は綺麗に整理整頓されているが、もう一台は本が山積みにされ、綺麗とは言い難い状態であった。そして2段ベットの上はもう既に人はいなく、きれいに整頓されていたが、下には未だにすやすやと眠っている幼女がいた。するとその少女にもう既に身支度を整え終えたもう1人の幼女が近づく。
「真凛! いい加減にしなさい! 遅刻するよ!!」
双子の姉の夏凛に責め立てられ、真凛こと私マーリンは眠い体を無理やり起こした。どうやら私は無事第7世界──ここでは通称「地球」という に転生することができたようだ。本来の転生魔法は座標に定めた胎児の体を乗っ取るためその頃より自身の意識を持つことができるはずなのだが、私の場合なぜか5歳になるまで意識が戻らなかった。しかもなぜか双子の片割れ設定。安全面も考慮してノーマル設定(1人)にしたはずなんだが。もしかしたら、第7世界の魔法量の異常な少なさがこのような事態を招いたのかもしれないな。詳細な原因は不明だが、正直5歳まで病院で寝たきりの状態で過ごす羽目になった事実は転生魔法的には失敗の部類に入るのかもしれない。『魔法の天才』と呼ばれてきた自負があるので、とても悔しかった。しかし、起こってしまったのだから仕方がない。現実を受け止め、新たな人生を楽しもうと思ったが、これはこれでかなり厳しかった。まず5年も寝たきりなので筋力が全くない。そのため長期間に渡りリハビリする必要があった。そして、1番の問題は言語が全く分からなかった。5歳の時点で急に1から言語を学ぶことになった。正直本当の5歳児ならスポンジのように吸収するので難しくも何ともないのだろうが、私は既に前世の記憶を持って生まれた実質62歳児! メモリー容量は既に前世の記憶で埋め尽くされているので、スポンジのようには吸収できない。それに前世でもこんな文字見たことない! 発音は母国より簡単なので話すのにも聞き取るのも容易い・・・かと思いきや同じ文字・同じ発音でその時々により意味が異なる言葉が多すぎる! 流暢に日本語を話し、問題なく聞き取るようになったのもここ最近の話だ。
「真凛、朝ごはんほとんど食べてないじゃん!!」
味噌汁のみ口に流し込んで”ご馳走様”と言った途端、夏凛のお小言が響き渡った。
「朝はあまり食べたくないのだよ」
今日の朝ごはんは豆腐の味噌汁にご飯に卵焼きに鮭、おまけにほうれん草のお浸しまでついている。”朝食”という概念は存在していなかったミズガルズ(朝はこの世界で言う栄養ドリンクに近いものを飲むのが一般的だった)出身の私にとっては味噌汁を流し込むだけでも十分であるのだ。というか朝からこんなに食べられわけがなかろう。見るだけで胃がむかつく。
「朝は元気の源! しっかり食べなさい!!」
無理やり卵焼きを私の口の中に突っ込もうとする夏凛。
「いーやーだー」
必死に抵抗していると、それを見た父が吹き出した。
「ハハっ。相変わらず夏凛は手厳しいなあ」
笑わずに助けてくれたまえよ。
夏凛は私にとてもお節介だ。鬱陶しくてたまらない。しかしあまり邪険にもできない。なぜなら私を救ってくれたのは夏凛だからだ。植物状態に近い状態で、何度か延命治療をやめるかの判断を迫られたが、夏凛の賢明な説得により、私は延命治療を続けられたのだ。また、私のリハビリにも根気強く付き合ってくれたのも彼女だ。彼女には感謝してもしきれない恩人である。できればもう少し放っておいてくれると嬉しい。
卵焼きの次は鮭を口に突っ込まれようとした瞬間、母が”もう出発の時間よ!!”と急かしてくれた。夏凛は渋々諦め、夏凛が青、私が紫のランドセルを背負うと二人で一緒に家を出た。
学校に着くと、私は速攻図書室に向かった。
「真凛、また授業には出ないつもりなの?」
夏凛はやれやれと言った口調だ。
「勿論。あんな授業聞いているより、本を読んでた方がいくらか勉強になる」
「真凛は天才だもんね。テストの時だけ呼べばいいんでしょ?」
「そうしてくれ。一応受けとかないとな」
そう言って、夏凛と別れた。
図書室に行くと、司書の人が”またあなたですか”と言う感じで見るが、すぐに自分の仕事に戻っていった。
私は席につき、県図書で借りてきた化学の本を取り出すと、それを読み漁った。
ちなみに学校の入学式の時にもらった教科書類はずっと学校のロッカーに入ったまま。もらってすぐに内容をざっと見ると、国語は受ける価値があるかもしれない(日本語力向上のため)が、算数は記号が違うだけで、仕組みは前の世界と一緒であった。なので時間を有意義に使うためにスキップ制度を活用したいと思い、早速先生にどこで手続きをすれば良いのか尋ねると、先生は驚いたような困ったような顔をして、「スキップ制度は無い」と答えたのだ。私は驚いた。どの国、いやどんな世界でも優秀な存在は貴重であり、優秀な存在に対して惜しみない機会を与えるものだと思っていたからだ。優秀な存在に、より高度な学びを与えることで、国の利益にもなり、益々の繁栄がもたらされるというもの。だから、ある程度の文明ある国では当然スキップ制度があると思っていた。しかしその制度が無いとは・・・。まあそういう国なら仕方ない。郷に入っては郷に従えという言葉どおり、最初は普通に授業を受けていた。のだが・・・・。1週間で私の我慢は爆発した。「平等」を勘違いした指導が多すぎる。人には向き不向きがあるのは当然。だからこそ練度に合わせてクラスを分けた方が良いのに。下のレベルに合わせるような授業内容はどうかと思う。これでは世代を経ることにお馬鹿になっていくではないか。第1世界の奴隷達でもレベル別に授業を受けることができるのに。時間の無駄もいいとこ。私が教わりたいレベルはもっと先のことなのに。
イライラが募り、遂に私は学校側に直訴した。目の前で大学レベルの数学を解き、テスト以外の授業中は図書室で自習させてもらえることに成功した。
今は専ら日本語力を上げるために小説やこの世界を知るための歴史は勿論のこと、化学や機械工学の本を読んでいる。
化学は興味深い。魔法元素に仕組みが似ている。元の世界で魔法を行使する際重要なのは大気中の魔力を素早く体内に取り込み発現させる能力と魔法元素を理解することの2つ。例えば光を出すためにはその素となる魔法元素を組み合わせを頭の中で構築することによって発現するための準備が整うのだ。記号や名前は元の世界とは違うが、似てはいる。これを魔法無しで突き止め、且つ魔法無しでこれを応用している第7世界には敬服した。
そして同じく魔法なしの産物である機械。我々が使用していた魔法道具とは違い電気を主に使った道具達は、とてもワクワクする。特にテレビやパソコンなどの端末は魔法じゃないのになんでこんなことができるのか不思議でたまらなかった(最初テレビを見た時はギョッとした。魔力は感じないのに箱の中で人が喋っている姿はとても新鮮だった)。
この2つを勉強している時が今は一番楽しい。あとは今後のために英語と中国語が大事らしいのでそれを塾にでも通って習いたいのだが・・・。如何せん延命治療に膨大な費用を注がれてしまった身で両親に言い出せずにいた。とりあえず家でこっそり”ようつべ”なる動画サイトを使って無料で勉強中だ。
無論、魔法の研究も行っている。ただあまり捗らない。魔法発現能力は魂に伴う才能でもあるため、この世界でも私の異常な魔力吸収はできるのだが・・・。レベル1の魔法発現に1時間もかかった。どんな世界でも一瞬で発現できたはずなのに。本当にこの世界は魔力濃度が低すぎる。この低さではもしミズガルズの連中が私を血眼になって探していても、ここまで追ってくるには100年も先の話だろうな。確かに私の部屋に残された資料を使えば、10年くらいで追ってこれるかもしれない。しかし、私は自身の魂反応が10秒間ミズガルズ内で無くなれば消失魔法が発動し、部屋にある資料を全て燃やし尽くすように細工しておいた。自分を追ってこなくするためと、ミズガルズに私の研究の成果を根こそぎ奪われたくないがための苦肉の策である。あの資料があれば、50年先まで魔法研究が進むし、人々の生活も潤うだろうが、もうあの世界に”自分”を利用されたくなかった。例え多くの人々が救われるとしても・・・。
消失魔法は転生魔法を行う前に何度も作動するか確認もした。私がいなくなった後、全ての資料が燃やされてることに、上層部は怒り狂うのは目に見えていた。だからこそマルコ大尉を半年前に転属命令を出し、既に私とは無関係な状況にしておいた。だから、全ての矛先はフランシス大尉に向くだろうが・・・まあ大丈夫だろ。彼はめちゃくちゃ打たれ強いし。とまあ部下達にも配慮しておいたので、心配事も一切ない。ここで生きている限り私は自由であり、安全であるのだ。
だが──私は”光よ”と前の世界の低級者向けの呪文を唱え、魔法発動させようとした。が、魔力がなかなか集わず、しばらくした後に解除した。光を灯すことは全くできなかった。やはり昔のように魔法が使えないのはなんとも歯痒いな。せめて10分で発現することができるよう日々研究をしている。
──という風に家でも学校でも充実した日々を送っていた。正直授業については夏凛に何か言われるかと思っていたが、不思議と何も言われなかった。どころか、「せめてこんな田舎じゃなければなあ。真凛に合った学校を探さないと!!」と息巻いていた。なんやかんやでとても頼りになる姉である。
またあなたに逢える日まで 久遠海音 @kuon-kaito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。またあなたに逢える日までの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます