第7世界

さようなら

「────では、しばらく自室に戻る。用がある時はいつも通りメッセージを送ってくれ」

部下のフランシスに指示を下し、マーリンは自室、つまり”監禁部屋”に戻った。扉を閉め、壁にもたれかかり改めて部屋を眺めると、この部屋には私らしさが詰まっていた。机には乱雑に置かれた機密文書や積み上げられた論文集がある。本棚には溢れ返るほどの専門書。それとは裏腹に隣室にある実験場にあるサンプルには瓶一つ一つにラベルが貼られ整理され、器具も綺麗に洗って並べてある。誰が見ても分かりやすい配置であり、この部屋と隣室とは笑えるくらいキレイ度が雲泥の差である。お気に入りの水晶に触れると、ニコニコと笑った亡き夫の姿が浮かび上がる。この水晶は亡き夫との思い出を閉じ込めた”メモリー水晶”である。

「まさか君と過ごした時が、私の人生の中で一番輝き、慶びに満ち溢れて、そしてあんなにも短かったとは信じられないよ」

水晶に向かって話しかけるも、夫はニコニコ笑うだけで、語りかけてはくれない。ふと反射する自分の顔が、夫とは違い確実に年齢を重ねてしまってることに寂しさを感じた。

この部屋に軟禁されるようになって──世界から戦争兵器扱いをされるようになって、どれほどの歳月が流れたであろうか。私の人生はどこから間違っていたのだろうか・・・?


────最年少でミズガルズ1の大学院を華々しく卒業し、ミズガルズ最高の魔法研究機関に就職が決まった青春時代。次々に奇抜な論文を発表し、学会に認められ、出世街道まっしぐらだった。メディアには天才的な頭脳と計り知れない魔力を兼ね備えた美女ともてはやされており、自分でも満更でもなかった。そして部下(とは言え私自身が11歳で就職して10年後に出会ったので、5つほど年上ではある)として出会った第一印象最悪な男とまさか結婚することになるとは夢にも思わなかった。ある事件をきっかけに、彼との誤解が解けると、私たちの関係は一変した。険悪な上司と部下の関係から、恋人へ。彼には私に無いものがたくさんあり、私にとって正に最高で最良のパートナーである。最終的には彼と結婚し、まさに公私共に満たされ充実した日々であった。・・・戦争の足音が徐々に近づいているとも知らずに。

結婚の2年後、第2世界のアースガルズの住人が我がミズガルズの皇太子を射殺した事件が起きた。これを発端にアースガルズとミズガルズの戦争が勃発。翌年には魔法研究者として私と夫も出兵するよう命令が下された。出兵後は、後方の研究室にて第2世界の魔法濃度や魔法術式を解析したりする日々を送っていた。その時に妊娠が発覚し、夫と共に喜んだ。妊娠中であるのを理由に故郷に帰る事の許可を得て、明日帰るための準備をしていた時のこと。

夫が何かに気づき、

「マーリン!伏せろ!!」

と言いながら、私に覆いかぶさってきた。

一瞬だった。

何発か銃声が聞こえたかと思えば、夫は頭から血を流していた。夫に呼びかけても何も返事が返ってこない。必死に癒しの魔術をかけても再び瞳に光が宿ることはなかった。即死だった。私は怒りで我を失い、今まで無意識に抑えていた夥しい量の魔力が暴走した。9つ世界の内1番の魔力の濃度を誇る第2世界という条件も加わり、第2世界を丸ごと襲う大災害を起こした。大地は揺れ、大気は引き裂かれ、波は大いに荒れた。自分でも感情のコンロールも魔力のコントロールも何もできず、ただただ自分の激情に従っていた。すると、ズキンとした痛みが走る。ちょうど臍の下あたり、つまり彼と私の子がいる辺り。お腹の痛みで我に帰ると、全てが収まり、静まり返る。気づけば、全てが破壊されていた。頭から血を流した夫に目をやると、無情な現実が突きつけられた。しばらくして、呆けていた部下が恐る恐る言う「お腹は大丈夫ですか?」と。

その瞬間、一気に血の気が引いた。腹を見てみると血の跡が。人目も憚らず慌てて服をめくると、お腹に歪だが”癒しの魔術”を施した跡があった。周りには部下一人。彼女の仕業では無いという。もちろん、私はこんな怪我を負っていたことなど気づきもしなかったし、私が治療したのだったら、こんな歪な形になるはずはない。では誰が・・・・? と考えようとすると、立っていられなくなるほどお腹が急に痛み始めた。

私は緊急搬送され、再び意識を戻した時には母国の魔法治療病院にいた。唇が震えながらも医者に聞く。「私の子は・・・?」と。医者は落ち着かせようとハーブティーを飲ませようとしたが、喉を通らなかった。医者は覚悟を決め、話した。「死産だった」と。

医者の話では弾がお腹を貫通したとき、胎児が母体を守ろうと無意識に魔法を発動させた可能性が高いとのことだった。私はボロボロ泣き出した。

「私がこの子を守らなきゃいけない立場だったのに・・!」

しかし医者は首をふった。

「君が如何に天才的な魔法使いかはミズガルズに生きる人間にとっては常識的なほど知っている。そんな君が如何に完璧な”癒しの魔術”を掛けたとしても間に合わなかったと断言できる。なぜなら弾は胎児にも当たっていたんだ。ほぼ即死に近い状態だったと思われるよ」

涙が止まらなかった。私は人生最高のパートナーと最愛の子を一度に亡くした。そこからだったかもしれない。私の人生が国・・・いや世界の”もの”になったのは。

病室の窓からぼーっと窓を眺める日がいく日か続いた。しばらくすると、軍部のお偉い方が私を見舞いにきた。「君のために──」とか「安全を確保──」とか色々言っていたが、要は私の尋常すぎる魔力のキャパシティとそれを使いこなす頭脳に目をつけた軍部に保護の名目の元軟禁生活を送るよう提案という名の”命令”をされているのだ。すべてが面倒で億劫で、どうでもよかった。夫と子供を失い、生きている意味が分からない。かと言って自殺しようとも思わない。夫と子はもっと生きたかったに違いないのに、”自殺”なんて贅沢はできなかった。本当はすぐにでも彼らのそばに行きたかった────。どこでもいいから自分を必要としてくれている場所にいたかったし、いる必要があった。1人でいるともう2度と立ち直れない気がしたから。だからこの時、何の交渉もせずに軍部の意向に承知してしまった。

退院後、軍の最高施設の最深部に住むように言われ、今いる自室が与えられた。この部屋に入ったばかりの頃、しばらくの間は無気力だった。何もやる気が出ないし、やりたくない。ただ軍に言われるがままにモルモットとして実験のカリキュラムをこなし、食べて寝るだけの生活だった。しかし、夫と子が命を掛けて守ってくれた自身の命を無駄にすることはできないと考えを改め、今後の世界大戦で最前線で戦うことになった。どうせ命を散らすならせめて何かの役に立つように死にたい。そういう考えはなかったかと言えば嘘になる。第4世界、第5世界と次々と支配していく第3世界であるミズガルズ。第5世界との戦争に勝った際に今までの功績を認められ中将になった。そしてしばらくの労いを兼ねて第2世界へバカンスを兼ねて出向を命令される。夫と子供が眠る世界へ──。

夫と共に初めてこの地に降り立った時も思ったが、この世界は懐かしい匂いがする。第2世界はミズガルズでは”アースガルズ”と呼んでいるが、第2世界の人々はミズガルズを”完璧主義者”、自分たちの世界を”観察者”と呼んでいる。その呼び方は第2世界にふさわしく、学者気質の者が多い世界であった。故に根っからの研究者である私にとっては居心地が良いのかもしれない。近代的でもあるが新緑が多いこの地は、戦争で疲弊した私にはちょうど良かった。しばらく滞在していると、この世界の復興に力を貸したくなった。確かにこの世界のスナイパーが私の夫と子に直接手を下した。が、それが”戦争”というもの。兵士としてこの地に降り立った以上、敵兵を殺すこともあれば殺されることもある。イーブンな関係で、どっちかが卑怯なことをしたわけではない。そもそも戦争に参加している時点で敵兵を恨むことはお門違いなのだ。だから私は、私を狙った者を恨んでもないし、探す気もない。ただ、一介の研究者がなぜ狙われたのかは不思議であった。噂によると、我が第3世界の司令部候補の中に私がいた研究所も入っており、(司令部のトップが女性官僚だったこともあり)研究所でトップの役職についていた私が狙われたとのことだった。何とついてない。人違いだったからと言ってこの素晴らしい世界を恨む気にはなれない。寧ろ間違えたせいで、この世界は半壊になったのだから、気の毒なのは第2世界の一般の人々である。貴重な魔法や技術が半数以上消失したとのことなので、一生をかけて復興に尽力するのが妥当だろう。ということで復興に力を貸した。その過程で私は第2世界の住民から神格化されている事を知った。まるで荒ぶる神を収めるためのような扱いで貢物が大量に送られてきたり私のために祭りを行ったり・・・。とてもやりにくかったし、正直鬱陶しかった。が、美しい都市を何とか作り上げた。彼らは感謝を込めて、この都市名を私の名前を付けた。気恥ずかしかったが、彼らの気持ちを無下にはできなかった。夫と子が眠るこの世界に骨を埋めようと決意した。

だが世界暦855年、3つの世界を領域とした第3世界に危機感を覚え、ついに他の世界が動きを見せた。第1と第6と第8が協定を結び、第3世界へ宣戦布告。第3世界は3つの世界相手に戦うことになった。最初は武人の多い第8へ遠征する命令を受けていたのだが。第6が得意とする呪術魔法に我が軍は苦戦。泥沼の戦いとなり、その状況を打破するため、私が行くことに。予算の少ない中、戦況を打破するために考えた泥団子奇襲作戦が功を奏し、我が軍が破竹の勢いに乗った。その後、私は第1の世界へ行くよう命令を受け、第1を降伏に追いやった。そして第6世界の戦況については、彼らが密かに隠し持っていた呪術魔法で我が軍の被害が甚大になり、後一歩で戦争を勝って終わらすこととができず、同じく泥沼戦になった第8とともに休戦へ。私は再び第2世界に戻ることになった・・・・・のだが。

第2世界へ戻る旅支度をしていると、急に連絡が入った。第4世界に旅行中の両親が列車事故に巻き込まれ、亡くなったという連絡が。急いで第4世界に向かい、両親を探すが、差し出されたのは、血の染みた掌サイズの袋が2つ。表向きはただの列車事故となっていたが、実際は爆発事故だった。噂ではミズガルズの世界を良しとしない第4世界のレジスタンスの仕業だという。私の心がぽっきり折れる音が聞こえた。この人生を──愛するものがいなくなった世界を、まだ生きていかなければならないのかと絶望した。

戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争なんのために?戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争いつになったら終わるの?戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争死ぬまで戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争私の半生は地に塗れ続ける、これからもずっと戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争もう嫌だ・・・


──そんな日々にもう疲れた。

戦争のない平和な世界に行きたい・・・。

もう何もかも嫌になった私は魔法量が極端に少なすぎるが故にどの世界も手出しできない世界、第7世界、否、ニヴルヘイムへ転生することに決めた。

転生魔法は最上級魔法に当たり、転生する世界にも魔力がある程度の濃度がないと失敗する率が高まり、転生できずにそのまま死んでしまう人も多い。また普通に魔法演算に失敗して死ぬこともあるし、そもそも勝手に他世界に転生すること自体重罪で、世界法の取り決めにより、転生魔法を行うと誰がどこからどの世界に渡ったのか分かる魔法システムが作られている。そして特に私がいるこの牢獄には監視がついており、上級魔法以上を使うような膨大な魔力の動きを感知すると、ブザーが鳴り、私を取り押さえるための特殊部隊が1分で駆けつけてくる。・・・多少の自由があるとはいえ、本当に牢獄である。

しかし、その1分を私は有効活用しよう。私なら魔法を発動し、30秒で転生魔法を発動させ、この世界から逃げ出すことができる!

1年前から準備をしてきた。既存の転生魔法を頭の中だけでロジックを組み替え応用し、普通なら20分かかるところを10秒に短縮させた。そして魔力濃度が極端に薄い第7世界に魔力を送付し一時的にこちらと同じ魔力濃度にする術式を新たに考え出し、発動までに10秒。呪文詠唱にそれぞれ5秒。計30秒で第7世界に転送できる。

床に素早く魔法陣を書き出す。転生魔法と魔力送付の魔法が反発しないよう慎重に素早く書いていく。

書き終わった。汗がどっと吹き出る。この後は魔力送付の呪文と転生魔法の呪文を順番ずつ唱えるだけ。心臓が脈打つ。もし失敗したら死ぬことになる。死ぬならまだいい。もし死なずに特殊部隊に取り押さえられでもしたら、私は今後軍に意識を乗っ取られ、戦争兵器として飼い殺されるだろう。それだけは絶対に嫌だ! 絶対に成功して見せる。

震える唇を噛みしめ、私は詠唱を始めた。



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