第32話 キスの後味
※
「今までなんとも思ってなかった人からいきなりキスされた時の対処法?」
「はい」
市ヶ谷から唐突にファーストキスを奪われた俺は逃げるように教室を去り、何処に行くのかと思えば、職員室の来賓用の応接室に来ていた。
「私は小説の進捗に関する相談、と聞いたんだが?」
「これもその一環ですね」
「んなわけあるか!」
俺の正面に腰掛けた如月先生は声を荒らげた。
部活の人は頼りにならないということを学んだ俺は、流石に担任に話すのはどうか、と思ったので如月先生に聞くことにしたのだが……。
「大体な!二十九歳独身に対する仕打ちとして酷いとは思わねーのか!あぁん?!」
誰ですかあなた。
というか、
「先生、独身なんですか?」
「あぁそうだよ!独身だよ!」
すでに結婚してるもんだと思っていたんだが……。
しかし如月先生の一度掛かった独身ヘイトは止まるところを知らず、
「学生時代はモテた、モテたさ!調子に乗って教職についてみたらどうよ?!出会いなんてないし、生徒に手を出そうもんなら懲戒免職!」
如月先生はドンドンバンバンと机を叩く。これ来賓室にあるもんなんだから高級品じゃないの?大丈夫なの?
「右も左も奈落なんだよ!」と声を荒らげる如月先生に俺は、
「だったら婚活すればいいじゃないですか」
「そう言われると思ったよ!でもな、なんか婚活ってガツガツしてる感すごくない?私は別にガツガツしてるわけじゃないからさ……」
「でも結婚したいんですよね?」
「あぁしたい!」
それをガツガツと言わずなんと言うのか。
今の俺にはわからないが、きっともうすぐ三十歳という節目に何かしらの危機感を抱いているのだろう。
ならば俺が掛けてあげるべき言葉は、
「大丈夫です、先生なら選り取りみどりですよ!急いで結婚する必要もないです!するべき時に出来ますって!」
「そうかな……?」
「そうですよ!」
変なことは言わず、とりあえず褒める!励ます!
……って、そんなことを言いに来たんじゃなくて、
「……それで、話は戻るんですけど。どうすればいいと思いますか?」
「ベロチューでもしとけ」
教師やめてしまえ!
※
特に何もない、むしろ無駄に気を遣って疲れた職員室を出た俺は、時間も時間なので部活に行くことに。
俺が部室に向かいつつ、今後の市ヶ谷との付き合い方について考えていると、
「桐生センパイっ!」
「うおっ?!」
後ろからドンッと突進され軽くバランスを崩した俺は、踏みとどまり後ろを振り返る。
「なんだあずさか」
「なんだ、って酷くないですかぁ!」
「ひどいですー!」とポカポカ拳で叩いてくるあずさ。
なんだろうこの小動物感。ずっと愛でていたい。
「ほらセンパイ部活行きましょう!」
「お、おい引っ張るなって……!」
普段凛や梔子さんといった、どちらかと言うと大人しめな女子といるせいか、こういうハツラツ系女子は新鮮さを感じる。
なんて考えているうちに部室に到着した。
「こんにちはー!……って誰もいないじゃないですか!」
「えっ、本当だ。じゃあ今日はナシかな」
文芸部がその日活動するかは部員のやる気次第。所定の時間に部員が集まっていない、もしくは帰ろうと判断すればその日の部活はナシになるという制度。
部活としてどうなのだろうか。しかし、そもそも部活としてマトモに活動していないのでそんなことを言うのは野暮だ。
「センパイ。この部活大丈夫ですか?」
「安心しろ、半年もいれば慣れる」
「いやそれ安心出来ませんよ?!」
あずさは部室内のホワイトボードに『今日はナシ』と書くと「センパイ、帰りましょっ!」と言ってきた。
進路のことを考えてもよかったが、それは家でも出来るしな。
「よし、じゃあ帰るか」
俺はそう言って微笑むと帰路についた。
※
「今までなんとも思ってなかった人から告白まがいのことをされた時の対処法?」
「あぁ」
その帰路、俺はあずさに今日起きた市ヶ谷とのことを相談していた。もちろん事故キスやキスされたことなどは伏せた。
色んな人にこういう個人間の問題を聞くのもどうかとは思ったが、如月先生やあずさなら、市ヶ谷と結びつけることも無いし恐らく大丈夫だろうと踏んだのだ。
すると、あずさは「そんなの簡単ですっ!」と右手の人差し指を胸の前で立てる。
「
「今まで通り?」
俺がイマイチピンと来ていないことを示すと、あずさは「つまりですね」と続ける。
「そのセンパイに告白まがいのことをした人は、明確に告白してないわけですよ!ならセンパイは今までとなんら変わらず接すればいいんです!」
「え、えぇ……?」
「ちゃんと告白してもいないのに、変な接し方をされる方が嫌ですよ!それに本当にセンパイのことが好きなら、ちゃんと告白してくるはずです!」
「そ、そうなのか」
今まで告白してきてくれた子は皆、明確に好きだと、付き合って欲しいと伝えてくれていた。だからこそ俺もはっきりと断ってこれたのだ。
それにまだ市ヶ谷が俺のことを好きだと決まったわけではない。可能性が高いというだけだ。
「センパイが変わらずいることが、その人への優しさなんじゃないでしょうか」
変わらずにいることが優しさ……か。
確かにそれは今の俺と凛のような関係だ。それは俺も凛も無意識にそれを望んでいたから成り立っているのだろう。
「わかった。ありがとうな、あずさ」
「いえいえ!私はいつでもセンパイの相談に乗りますよっ!」
俺の隣を歩くあずさは「えへへっ」と可愛げに笑った。
呼んでますよクチナシさん 澄崎そうえい @soueinarou
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