第31話 キスの味
※
十月最終週。
今週末までに進路希望書を出さなければならない。
その日、俺は教室にて部活までの暇つぶしに進路希望について考えることにした。
「でも、どうすっかな……」
俺は一人教室で呟きながら思考を巡らせる。
文芸部にいるということを差し引いても、俺の学力からすると文系だろう。ぶっちゃけ、理系に行ったところで学びたいことがある訳では無い。
というかそもそも、問題はそこじゃないのだ。
理系も文系も
なんであんだよ!
確かに理系は海外の論文とか読みそうだもんな!ニューなんたらいう雑誌とか英文だろうからな!
でも文系にはいらなくね?!いらなくないですかー英語!
これからはグローバル社会、だと言われてしまえばそこまでなのだが……。
誰か相談に乗ってくれないかな……。結局文芸部の先輩達は頼れなかったし。
「なんでいるわけ?」
「……いちゃ悪いかよ」
俺の想いに応えるようにやってきたのは凛でも梔子さんでもなく、市ヶ谷鈴里だった。
「悪いなんて言ってないでしょ、耳鼻科をオススメするわ桐生」
「……」
相変わらずの辛口だが、ここで反論するのはよろしくない。さらにわーぎゃーわーぎゃーと騒がれるだけだ。
俺に得は何一つない。
すると市ヶ谷は俺の隣の席に腰を掛ける。何故?
「そういえば今週末の提出だけど、進路は決めたのかしら?」
「……」
市ヶ谷は自習を始めるわけでもなく、俺に話しかけ始めた。
話しかけてきてくれているのに無視するというのは少しうしろめたいが、俺は当然無視する。
「ねぇ、なんで無視するわけ?あなたの気に障るようなこと言ったかしら?」
あからさまに機嫌が悪くなっているな……。
というか本人は自覚無しにやってるのかよ。実は意図的にやってるものだと思ってたんだが。
「いい加減無視やめなさい!私を嫌いなわけ?!」
「……はぁ、別に嫌っちゃいねーよ。お前こそ俺のこと嫌いなんじゃないのか?」
「は?私がいつあなたのことを嫌いなんて言ったのよ」
え、てっきり嫌いだから噛み付いてきてるもんだと思ってたんだが。
じゃあ何、嫌いじゃないのに噛み付いてきてたってこと?それもう俺のこと好きじゃん。……とはいえ、
カマかけてみるか……。
「じゃあ俺を好きか嫌いかで言えばどっちだ?」
「嫌いね」
即答かよ。それはそれで悲しいんだが。
少しはデレるとか頬を赤く染めるとかのサービス精神はないのか!ないんでしょうね!
「それじゃあ俺行くから」
「ちょ……!」
市ヶ谷が来てしまった以上、どうせもうここでは進路の事など考えられない。
少し早いが、早めに部室に行って待機しながら考えよう。
「待ちなさいって!私の話はまだ……ってわ?!ん……っ!」
「なんだ……ん……っ!」
瞬間、唇に生温かい感触が伝わった。
はい状況を整理しまーす!
俺が立ち去ろうとした所、市ヶ谷が話が終わってないということで俺を引き留めようとした。その結果市ヶ谷は自分が座っていた椅子の脚に足を取られ俺の顔面へダイブ。おでことおでこがゴッツンコだったなら可愛いものだが、現実は唇と唇が触れ合う形になり、今に至るわけだ。
状況整理終了。
つまり、
俺と市ヶ谷は今、キスしているわけで……。
「……っ!ごめん!……じゃなくて、よくも私の唇を奪ってくれたわね!」
「す、すまん……じゃない!お前から突っ込んできたんじゃねーか!俺に非はない!」
「大ありよ!受け止め方だったらもっと他にあるでしょう?!」
まあ確かに現実には俺が転びそうな市ヶ谷を支える体勢であるが。それもこれも市ヶ谷が突っ込んで来なければこうはならなかった訳で……。
「よくも私のファーストキスを……!」
どうやら市ヶ谷にとってはキスするのは初めてだったらしい。もちろん俺もだが。
市ヶ谷は制服の袖で自身の口元を懸命に拭う。それだけ嫌なのだろう。
確かに初めてって大事だし、事故とはいえ、こういう形ってのはよくないよな……。
「よし市ヶ谷」
「な、なによ?」
「お互いに今起きたことは忘れよう。俺もお前もこういう形で、ってのはよくないと思う。だからお互い忘れてなかったことにしよう。それでいいか?」
俺の言葉を聞いた市ヶ谷は少し悩むと「そうね、それが一番いいわ」と言った。
よし、これで万事解決。
俺のファーストキスは、いつの日か梔子さんとキスする時のために残しておくのだ。
「ところで桐生、目を瞑ってそこに立ちなさい」
「なぜ?!」
一件落着したと思ったらなんてこと言い出すんだ!
市ヶ谷は平然と、俺に教室の後ろにある生徒用ロッカーの前に立つように指示する。
いやこの流れはあかんやろ。ここで目を瞑ったらキスされる、ラブコメド定番じゃないか。……って流石にそれは無いか、市ヶ谷だし。伊達に半年間も口撃を受けてきたわけじゃない。
「さっきのキスについては忘れるわ。でもその前に一発だけ殴らせて」
「理不尽だなぁ……」
やっぱり殴る方向らしい。
正直痛いのは嫌だが、これ以上ややこしくなるのも勘弁だ。
「わぁーたよ、一回だけな。優しく頼むぞ」
「それは約束できないわね。私だって初めてやるのだし」
「そうかよ……早くしてくれ」
怖いなぁ……痛いのやだなぁ……。
実はキスされるという可能性を捨ててはないが、殴られるという可能性の方が大きいので、うっすらと目を開けるのすら怖い。
「いくわよ────」
来るなら来い!
俺はグッと目を瞑る。
「ッ!」
と、次の瞬間訪れたのは、頬への痛みではなく、さっきと同じ唇の温もり。
つまり、俺はキスされたのだ。
ほんの数秒キスするとそっと俺の唇から離れる市ヶ谷。俺もゆっくりと瞼を上げ、目の前の市ヶ谷を目視する。
そして、ほんのり頬を赤く染め真っ直ぐ俺を見つめた彼女は、自慢の金髪に指を絡ませながら、未だ状況を整理しきれていない俺に向かって言った。
「今度は忘れさせないわよ」
※
一年生の時から、廊下ですれ違う度にあなたを目で追っていた。
最初はただのイケメンでいけ好かない男だと思って見ていただけだった。
いつしかその思いは、気になる異性になっていて。
多分、初恋だったんだと思う。
二年生になって同じクラスになった時は、嬉しさでどうにかなってしまいそうだった。これでやっとあなたに近づけると思った。
だから四月、あなたが梔子朱里という女の子に惹かれたことが嫌だった。悔しかった。辛かった。
なんであんな子が、私の方がずっと魅力があるのに。なんであなたに選ばれたのはあの子なの?
あなたは私がどれだけ苦しんだか知らないでしょう?
ただ仲良くなりたいと思って接しようとしても、私はあなたをトゲのある言葉で傷付けることしか出来なくて……。
謝りたかった。そして仲良くなりたかった。
もう、それだけでいいと思っていた。
私の初恋は実らないままでもいい、と。
だけど、私の器いっぱいに溜まっていた『好き』という感情は、いとも簡単に溢れてしまった。
初めてのキスの味なんて、動揺しすぎて覚えてないけれど。キスした時の高揚感は今も確かに残っている。
二度目のキスは私からで、もちろん味なんてしなかったけれど。私の心は満たされていた。
そうよ、そうそれ。
私は、あなたの────
────その驚く顔が見たかったの!
〈後書き〉
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