第30話 新キャラは陽キャ

 ※

 体育祭が終わりしばらく経ち、11月が見え始めた頃。

 文芸部の部室で放課後の暇を持て余していた俺にもひと時の平和が────


「「「桐生先輩いますか?!」」」


 もちろん訪れなかった。わかっていたけどね。

 体育祭直後から廊下を歩くだけで「桐生先輩だ」「かっこいー」「声掛けてみようかな……?」と囁かれ始めた俺。

 しかし、真なるファンはなかなかやって来ないもの。ついに意を決してやって来てくれたようだ。


「ん?俺になんか用か?」


 あえて部室の扉のすぐそばのパイプ椅子に座っていた俺は、「ん?どしたの?なんか用?」と、あたかも何の心当たりもないかのように振る舞う。

 そう、ナチュラルボーンヒーローならぬ、ナチュラルボーンイケメンだ。


「あ、あの!体育祭で桐生先輩が走ってるの見て……!」

「うんうん」


 先程から口元がニヤけるのを抑えるので精一杯な俺。

 こんなのニヤけるに決まってるやろ。


「あ、握手してもらえませんか!」

「そんなことでいいならいくらでも」


 俺は差し出された女子の手を両手で包む。そしてすかさずイケメンスマイル!


「あ、ありがとうございます!!!」

「私もいいですか?!」「私も!」


 両脇に立っていた女子も握手を求めてきたので、俺は順々に握手する。


「「「ありがとうございました!!!」」」


 満足した女子は「もうこの手洗えないよぉ」と言いながら部室を後にして行った。

 めでたしめで……


「今夜は後輩モノだなと決意した桐生明日人くん。気分はどぉだァい?」

「そんなこと思ってないですよ?!てか怖っ!」


 いつの間にか俺の背後にいた立花先輩は、俺の肩に顎を乗せて言った。本来なら胸キュンなシーンのはずだが恐怖しか湧かない。

 本当にこの人ただ者じゃないよ……。


「体育祭が終わって、来るのは皆女子ばかり……!おい男子は?後輩男子はどうしたんだァァァ?!」


 俺の首根っこを掴んでグワングワンと揺らす立花先輩。

 というか来てたんかい。来てたなら教えてくれたりしてもいいのに……。

 そういやクロ先輩が「桐生に憧れて入ってくる男子生徒がいるかもよ?」と言っていたが、結局一人も来なかったのか……。

 それはそれで悲しいんだが。俺に憧れる男子がいないみたいじゃん。


「そんなこと俺に言われても困りますよ」

「うるせぇ!お前の取り柄はなんだ!顔だろ!」

「はぁ……?」

「お前はその顔で女しか釣れねぇのか!なんのための顔だ!」


 女子からモテるための顔ですが何か。


「男も釣ってこい!後輩男子だぞ!肉付きのいい男なんていらないからな!」

「注文多いなぁ……」


 どうせなら、文化祭で来ていたあのタンクトップの男2人でも連れてきてやろうか。


「いいか!絶対だ絶対!最低3人は……。?」

「どうしたんですか?」


 立花先輩が途中で言い淀んだので、気になって聞いてみたら顎で「後ろを見ろ」と促してきた。

 指示された通りに振り向くとそこには、1年生だろうか、うちの高校の制服を着た小柄な女子生徒が立っていた。

 俺達がその女子生徒の存在に気付くと彼女は、


「私、文芸部に入部したいんです!」


 とんでもないことを言い出した。

 もしもしポリスメン。事件です。



 ※


「私、工藤あずさって言います!」

「「は、はぁ……?」」


 トンデモ発言で呆然とした俺と立花先輩は、イマイチ状況を判断しかねていた。

 文芸部にある机を挟むように俺と立花先輩、向かいに工藤あずさと名乗った女子が座る。

 容姿は可愛い部類。ミディアムのふわっとした茶髪がゆるふわ感を醸し出している。身長は百五十と少しくらいだろう。失礼だが、胸は乏しい。

 正面に座る女子に対し俺は、


「えーと、入部動機は?」

「はい!体育祭でのセンパイ達の走りに感激しました!それでこんなかっこいいセンパイ達のいる部活に入りたいと思いました!」

「……そ、そうか」


 ハキハキと淀みなく言うところをみると、勢い任せに来たというわけでは無さそうだ。今のところ満点評価だが……。

 すると立花先輩がずいと身を乗り出し、


「特に誰がかっこよかった?」


 この人、俺って言ったら入部拒否する気だ!気を付けろ!これは巧妙な罠だぞ!


「特にカッコよかったのは立花センパイです!」

「「えっ……?」」


 俺も立花先輩も予想外の返答に思わず声が漏れてしまう。

 まともな人だと思っていたが、立花先輩を褒めるあたりダメな方の人かもしれない。これ以上文芸部に救えない人はいらない。危険因子は予め排除しておくべきだ。

 ここは残念だがお引き取り頂いて……


「でも立花センパイと同じくらい桐生センパイもカッコよかったです!」

「「採用」」


 俺と立花先輩の声は完全にハモった。



 ※

 文芸部に部員が一人増えました。

 高校一年生、工藤あずさ。

 人当たりが良く、コミュ力も高く、成績は平凡で、容姿も良いという、まるで成績が劣化した凛のような感じだ。

 要は、工藤あずさは俺と同じ陽キャ側の人間であるわけだ。


「そういえばお取り込み中の様でしたけど、大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫だよ」


 どちらかと言うと助けてもらった感がすごい。

 というかなんて気配りの出来る子なんだ!

 具体的な名前は出さないが、立花先輩とか立花先輩とか立花先輩と比べると月とすっぽんぽんくらい違うぞ!

 ちなみに心を読む特殊能力を持った立花先輩は、只今お手洗いのために離席中である。

 ここはなんとしても立花先輩に毒される前に仲良くなっておきたいところだ。


「そうだ、趣味とか好きな物とか教えてくれないかな?ほらジャニーズとか」

「そうですねー、ジャニーズは大体どのグループも好きですよ」

「特にこれ!ってのある?俺は結構嵐とか好きなんだけど」


「私は特にSnowManが好きですね!」


 …………スノウマン?雪男?

 あずさから飛び出した初めて聞くグループの名に困惑する俺。最新のJKでは雪男が流行ってるの?


「かっこいいですよね『D.D.』!アクロバットとダンスの融合がなんとも魅力的ですよね!SixTONESもいますけど、私はSnowManの方が好きですね!」

「……」


 一歳差なのに感じる大きなジェネレーションギャップ。

 今のJKは雪男と六つの石が好きなのか。今度凛に聞いてみるか……。

 俺ら世代は嵐なのに……。


「やっぱり校内でも有名な桐生先輩はこういうトレンドにも詳しいんですよね!ごめんなさい、私まだにわかで……」


 いや俺全くわからないんだけれども……。

 困惑する俺を他所に、勝手に謙遜するあずさ。

 しかし、ここで知らないという事実が露呈してしまえば、陽キャのあずさは当然友達も多いので話題にされる危険がある。

 そうなれば俺は廊下で「桐生明日人って最近のトレンド知らないんだってー!」と後ろ指を指されることになってしまう。それだけは阻止しなければならない!


「ま、まぁ?もちろん俺はスノーマンとストーンズについても知ってるが、嵐にも古き良き物があると思うね!」


 く、苦しいか……?

 これで誤魔化せなければ大人しく認めて、口止めするしかない。

 あずさは俺の言葉を聞いて少し黙る。そして、



「はぁ〜深いですね〜。流石です桐生センパイ!」



 なんとか逃げきれたらしい。


 ……スノーマンとストーンズは後でちゃんと調べておこう。

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