第29話 部活対抗リレー〈後〉

 ※

 部活対抗リレーの選手入場が始まり、体育祭委員の誘導に従ってトラックの真ん中へと移動する。

 ルールは簡単。文化部は200メートル、運動部は800メートルを部員で走り切ればいい。


 文芸部の作戦はこうだ。

 まず、立花先輩がスタートダッシュで他の部活を引き離し50メートルを走り切る。その後バトンを受け取ったクロ先輩がなんとか持久し50メートル。そして最後、俺が女子からの歓声を浴びながら100メートルを走り切るという算段だ。


「それでは第一走者は位置についてー」


 第一走者の立花先輩がレーンに並ぶ。

 辺りから「沙織ー!」「立花せんぱぁぁあい!」と歓声が飛ぶ。「立花先輩」と叫んだ男子には後で現実を教えてやらないとな……。

 右手にバトンを持ち、クラウチングスタートの姿勢。いつもとは違う立花先輩の纏う風貌に立花先輩を見ていた皆が息を呑む。


「よーい!」


 次の瞬間、パンッ!とスターターピストルから白煙が立ち上り、一斉にスタートし、再び歓声が上がる。

 スタートした立花先輩は元々運動部だったこともあってか、ぐんぐん他の部活の部員を引き離していく。

 そしてあっという間に50メートル走り切り、バトンをクロ先輩の左手に渡す。


「頼むぞクロ」

「了解」


 久々に見る眼鏡を外したクロ先輩。

「眼鏡を外したら実はイケメンだった?!」というわけでもなく、いたって標準。むしろ、顔で特筆する所がない、というのが特筆する所だろう。

 勢いよく腕を振り、全力疾走するクロ先輩。


「ぉぉおおおおお!!!……あっ!」


 そして猛攻虚しくコケる。こんなこったろーと思ったよ。

 ズデーッと人工芝に顔面からダイブするクロ先輩。なんとかすぐに立ち上がるがその間に他の部活に抜かされ、あっという間に文芸部の順位は最下位に。

 へろへろになりながらも俺が待ち構えるところまで来たクロ先輩。


「……桐生、頼む!」

「任せて下さい!」


 立花先輩とクロ先輩が繋いだバトンを俺が受け取る。

 左手で受け取ったバトンを右手に持ち替え、めいいっぱい腕を振る。前方には五人の文化部員。

 俺とて一介の男子高校生、それなりに運動はできるので、他の部活をあっさりと抜かしていく、が、


「は、早い!」


 俺の3メートル先を走る人との距離がいっこうに縮まらない。

 残り────50メートル。


「はぁぁぁぁぁあ!!!」


 俺はただがむしゃらに、全力で追う。だが追いつけない。

 残り────30メートル。


「負けられないんだよ!俺は!」


 相手の体力が尽きてきたのか、徐々に縮まる距離。だが俺の体力も枯渇しはじめてきた、残りの距離で追い越すことは……。

 残り────10メートル。



「が、頑張って!桐生くん!」



 瞬間そんな声がして、視界の隅に視線を向ける。

 そこには黄色組の応援席があり────


「どっりゃぁぁぁぁあ!!!」


 火事場の馬鹿力とはまさにこの事なんだろう。

 俺は地面を思いきり蹴る。


 好きな人の応援に応えたい。


 ただその想いだけが、俺の背中を押してくれる。

 俺は駆ける。翔ける。駈ける。駆け走る。

 そして次の瞬間、目前に白いラインが見え────


 パンッ!────パンッ!パンッ!


 間を空けて鳴り響いた三発の破裂音。その音で俺は夢心地から一気に現実へと意識を向け直す。


『文化部第1位は文芸部だ!!!!!途中で選手がコケるも、最後は桐生明日人君の怒涛の追い上げで見事1位でゴール!!!』


 俺はまだ少し荒い息を整えながら、黄色組の応援席に向かってピースを向けた。



 ※

 運動部1位は匠と杉本の接戦の末、匠が勝利。サッカー部が1位となった。総合優勝は青組となり、赤組の俺のクラスは2位。黄色組の梔子さんのクラスは3位。

 これにて体育祭は終了。


「ま、クロはズッコケたわけだが、結果は文化部第1位!これで桐生に憧れて入ってくる男子生徒が増えるな!」


 文芸部の部活対抗リレー1位を祝う打ち上げのためファミレスに向かう道中、そんなことを言う立花先輩。

 言わなけりゃな……。欲望を口に出しすぎるから何も叶わないんじゃないですかね。

 高3の先輩達が前を歩き、俺と梔子さんは後ろから追う。


「そういえば梔子さん、応援ありがとう。ちゃんと聞こえてたよ」

「よ、よかったです……!として……応援しないわけにはいきませんから……」


 同じ部活の部員として、か……。

 そこに変な言い回しがあるような感じはしないから、追及することもないのだが……。何か引っ掛かる。

 でも、


「それでも、ありがとう梔子さん」

「……はい!」


 今は純粋に喜んでおこうかな。



 ※


「二人だね」

「……二人だな」


 体育祭が終わって、明日人と匠の3人で帰ろうと思っていたんだけど。いつの間にか明日人は文芸部の先輩に連れ去られてしまっていた。


「まぁ仕方ない。二人で帰ろう」

「うん、そうだね」


 私と匠は二人並んで歩き出す。

 心臓がうるさい。緊張しているのだろうか。胸の辺りがゾワゾワして治まりそうにない。


「まぁ……なんだかんだで色々あったよな、この半年」

「……うん、そうだね」


 匠は決して私の顔を見ない。ただ真っ直ぐ進行方向だけを見つめている。


「変わったな、俺らも」

「……うん」


 明日人が朱里を好きになったこと。私が明日人に告白したこと。匠が私を好きだと知ったこと。実は明日人はバカだったり、朱里が杉本くんと付き合い始めたり────

 春も夏も秋も、初めて知ることばかりで、


「まだ、全然お互いのこと知らないんだね。私たち」

「……そうだな」


 一緒にいる時間はとても長かったけど、私達は全然お互いのことを知らなくて。

 だけど、不思議と知らなくてよかったという気持ちにもならない。


「今年もまだあるし、来年も!」

「そうだな。……なぁ、凛」

「ん、なに?」


 匠が急に立ち止まり、匠より少し前まで行ってしまった私は振り返りながら問う。

 心臓がうるさい。匠の視線が私の鼓動を早くする。



「まだ明日人のこと好きか?」



 ブワッと吹いた風が紅葉を散らし、私と匠の間を流れる。イチョウの合間から匠の真剣な顔が見え、心臓がはち切れそうになる。

 私は、誰が好きなんだろう。誰に恋しているんだろう。

 ただ、はっきりしていることはある。



「私は────」

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