第28話 部活対抗リレー〈前〉

 ※


『さぁて!今年も始まります部活対抗リレー!』

「「「「うぉぉお!!!」」」」


 体育祭本部の放送席からアナウンスが流れ、一気に活気が増した。やはり自らが所属する部活の応援で盛り上がっているのだろう。

 そして歓声が一通り静まると放送席の人は競技説明を始める。


『この競技では各部活から選出された選手数名がリレーを行います。バトンは各部活、その部活を連想させるものになっています。────』


 放送が終わると係員が「いつでも入場出来るようにしといてください!」と選手を促す。俺達文芸部もそれに続いていく。

 もちろん出場する以上、狙うは文化部一位のみ。梔子さんに褒めてもらいたいもんね。

 すると、


「やばい、緊張してきた」


 そう言ったのは立花先輩。「鳥肌やばい!」と掌を腕に擦らせる。

 立花先輩はこういう場面で緊張するような人じゃないと思ってたんだが……。

 すると、


「おい桐生、なんか緊張が和らぐ面白い話しろ」


 んな無茶な。この土壇場でよくそんな無茶を振れますね!

 しかし緊張で萎縮した結果、一位を取れないとなってしまえば本末転倒。俺の話で一位を取れる可能性が高まるのならばやるしかない。


「そうですね……。これは夏休みの話なんですが────」



 ※

 文芸部の夏合宿という名の遊びから帰った一週間後。なんとか精神的に持ち直した俺は部活のため学校に来ていた。


 ……入りたくないなぁ……。


 部室の扉を前にして、夏前の俺ならば絶対に考えないであろうことを考える。それだけ俺はあの梔子さんの言葉にダメージを受けていたということだろう。しかも自分で押し出した部分もあるため、いっそうダメージは大きかった。

 もし中に梔子さんしかいなかったら、なかなかに気まづくなってしまう……。

 しかしここまで来たら入らないわけにもいかない。


「よし……!」


 いざ意を決して中に入ろうとしたその時────


「や、やめてくださいっ!」


 俺が部室の扉に手を掛けると同時、中から甲高い女性のような声がした。

 中から声がするということはほぼ100%部員の声のはず(部員以外がこの部室に入ることはほぼない)。そう考えると可能性としてあるのは梔子さんか立花先輩。しかしどちらもこんなこと言いそうな気がしない。

 すると、


「ぐへへ、いいだろいいだろ〜そんないい身体してんだからさァ」

「さ、触らないで!」


 中にはもう一人いるようだ。低い声だから男だろう。さっきの女の子の声もしたが、しかしやはり梔子さんや立花先輩では無い気がする。

 となると知らない誰かが中でやり取りしているのか。

 ここは触れないで────いや、見過ごすなんてことは出来ないだろう。見知らぬ誰であろうと、俺らの部室聖域を穢すことは許さない!今、部室を守れるのは俺だけなんだ!

 俺は謎の主人公精神を身体に宿す。


「いくぞ────!」


 俺は覚悟を決め、勢いよく扉を開け放つ!


「「え」」


 中に居たのは見知った一人の男性。

 俺はその男性に向けて一言。


「クロ先輩何してるんですか?」

「え、演劇の練習を、ね?」


 いや無理あるだろ。


 ※


「────なんてことがありましてね」


 その件はクロ先輩から賄賂と共に厳重に記憶の中なら抹消するよう言われていたのだが……言ってしまったものはしょうがないよね。

 あれはアイス一本じゃ済みませんよ。

 俺の話を聞いた立花先輩は、


「なぁ、何が面白いんだそれ」

「俺の中での結構な面白エピソードなんですけど」

「面白くない。クロの奴が変態だったってだけじゃねーか」


 えぇ……結構渾身の話だったんだけどなぁ……。

 どうやら立花先輩にはお気に召さなかったらしい。


「なぁ、他にないのか?もっと馬鹿げた感じのやつ」

「馬鹿げたやつですか?……そうですね────」



 ※

 お盆が過ぎると宮崎高校の近くでは少し遅めの夏祭りが開かれる。大きめの公園に所狭しと屋台が立ち並び、近所の子供達で賑わっている。

 そんな中────


「焼きそば青のり多め、かしこまりました!」


 ────俺は一生懸命声を張り上げる。

 何をしているのかと言うと、もちろん屋台のお手伝いだ。白の無地のTシャツにダボッとしたグレーのズボン。まさしく焼きそば屋のバイトに相応しい格好だろう。

 先程から目の前を通り過ぎる女性達から「すごいイケメンいるよ!」と囁かれていることから、俺はこんな格好でさえ着こなせている、ということだろう。気分が良い。


「妄想してんな!注文取れ注文!」

「は、はい!」


 店長から怒られた俺はすかさず次の客に注文を取る。2人組の女性客だ。


「はい、焼きそば普通盛り2個ですね。かしこまりました!」

「あ、あの!」


 注文を取った俺にその女性客の1人がスマホ片手に声をかける。


「一緒に写真撮って貰えませんか?」


 少し気恥しそうに言う彼女に、俺は「はい、喜んで」と答える。

 やれやれ、モテる男は辛いぜ!……とは言いつつも、梔子さんからは一向にモテなかった上にひょっと出の男に取られてしまった。


「ありがとうございますっ!」

「ございますっ!」


 そんなことを考えながら写真に映っていたためどんな表情をしていたか分からないが、いつの間にか撮り終わり、2人組の女性客はパックに詰められた焼きそばを受け取り人混みに消えていく。


 あーモテる男は辛いぜ……!


「黄昏てないで注文取れ!次が詰まってんぞ!」

「ヘイ!」



 ※


「────てことがありましてね」

「いやだから何が面白いんだそれ?オチは?」

「え?最後のは立派なオチでしょう?」

「お前のイケメン認識オチかよ。てか夏の話しかねーのかよ」


 こんなに面白い話なのにわかってもらえないなんて、どうやら立花先輩とは価値観が合わないようだ。

夏の話しかないのは、文化祭では色々あったし文化祭後も色々あったから、うまく説明できないんだよ。


「……って、お前のしょうもない話聞いてたらもう入場じゃねーか!私の時間を返せ!」


 なんという理不尽!

 そして理不尽に抗う俺、カッコいー!……頭おかしくなったかな。


『それでは部活対抗リレーの選手入場です!』


 部活対抗リレーが始まった────!

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